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子供社会


子供社会


 茜射す部屋の中で、三人の男の陰が浮かび上がっている。三人とも個性的な体型で、どの陰が誰のものか、重なっていてもはっきりわかる。
「どうぞ、部長」
「どうぞ」
 太った男の両脇から、二人が何かを差しだした。
「今日は何かな?」
 男は巨体を椅子にねじ込むように座り直して、二人を見た。片方が顔を上げる。おかっぱ頭が特徴的で、ずる賢そうな顔をしている。躰が小さい割に、自信のみなぎった顔で巨漢を見た。「ベーゴマ屋の新作でございます」
 その言葉に、脂肪で垂れ下がった男の瞼が、にわかに開いた。
「新作? 知らなかったなあ」
 言いながら、おかっぱの掌に載った棒状の包みを取り上げた。
「同じく、新作です」
 もう一人の方は、頭を上げず言った。こちらはおかっぱ頭に比べると随分背が高く、坊主頭だ。自信のなさそうな顔が、おかっぱ頭と対照的だ。
「君も? いやあ、いつもながら二人の情報網は素晴らしいね。今度の選挙では二人を推薦させてもらうよ」
 空いた方の手で、男が取り上げたのはプラスチックの容器に入った緑色のものと、スプーン代わりの木べらだった。
 掌から感触が遠のくと、二人とも下がってゆく。
「ありがとうございます」
 おかっぱ頭が言った。口の端を歪めて笑っている。わざとこうしているのだろうか。
「今後とも、お役に立つよう頑張ります」
 坊主頭が初めて顔を上げた。
「頼むよ」
 二人は同時に頭を下げた。頭を上げたときには、すでに男の視線は二人ではなく、二人が渡したものに注がれていた。脂ぎった舌で唇を舐めるのが見えた。
 時計が四時キッカリになったとき、チャイムが鳴った。小学校の下校時刻である。

 大人には社会がある。そして、大人は子供に向かってこう言う。
「今のうちに精一杯遊んでおけ。社会に出たら色んなしがらみがあるのだから」
 子供はわざとわからないフリをして笑う。だが、子供は同時にこう思う――子供にだって社会はあるんだ。内心では、大人が思っている以上に狡猾である。子供流の社会、子供社会とも言おうかそれは、大人顔負けの世界だ。
 世の中は情報が溢れている。子供はその内にいて、そこかしこに転がる情報の断片を拾い、この世の仕組みをすべて理解した気になったり、一人前の自尊心を持った気になる。だが、それがたとえ真実だったとしても、やはりそれは実体の伴わないまやかしであり、本当の理(ことわり)を知るには至らない。そこが、大人社会と子供社会の違うところである。

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