「ファーストチェス理論」と「直感を信じろ」の嘘

QJwebにバージョンアップ版「ゲーム好きならわかる「ファーストチェス理論」の嘘。「自分の直感を信じなさい」とか言うヤツらに気をつけろ」を掲載。

「ファーストチェス理論」っていうのを見かけた。

「ファーストチェス理論」というのは、チェスの名人が「5秒で考えた打ち手」と「30分で考えた打ち手」のうち、86%は同じ打ち手であったことが実証されたことから導かれた理論。

これと同時に、孫正義の言葉が引っ張り出される。

「どんなことでも10秒考えればわかる。10秒考えてもわからない問題は、それ以上考えても無駄だ」

そして、「直感で決めよ」「即決せよ」という結論に向かう。

デタラメである。

「ファーストチェス理論」から「直感を信じろ」などという結論は導かれない。
そもそも、途中で「名人が」という前提が抜け落ちる。
チェスの名人は、膨大な回数チェスのコマを動かしている。何度も何度もトライアンドエラーを繰り返し、配置をチャンク化して記憶し、定石を身につけている。
という状態だから「5秒も考えればわかる」のだ。

それは直感ではない。厳密なルールのなかで、限定された展開を繰り返すゲームのなかで高度に習熟した結果、即決できるようになったのだ。「高度な学習」にもとづいている。

もうひとつ。
“「5秒で考えた打ち手」と、「30分で考えた打ち手」のうち、86%は同じ打ち手”であるということは14%は違うということである。
チェスをやっている人はすぐわかると思うが、この14%が大きい。ここで勝負が決まると言っていいだろう。
チェスを指すとき、たいていはすぐに指し手がわかる。序盤、定石が適応できるとき、相手の手に応じるとき、局面が限定的なとき。
「ファーストチェス理論」が納得できるのは、チェスをやっているとそういう「指し手がぱっとわかる」状況が86%ぐらいはあるからだ(ぼくは、そんなに上手くないのでもっと低いが、うまくなるとそれぐらいだろうなーと想像はつく)。
つまり、「86%は同じ打ち手」になるのは、即決できる局面が多々ある、ということにすぎない。
当然だが、即決してよい局面で試合の勝敗は決しない。残り14%の打つ手によって勝敗は決するのだ。
だから、しっかり考えてもたった14%しか違わないんだから、しっかり考えなくてもいい、なんてことにはならない。
即決できる場面では即決して、そうじゃない場面ではちゃんと考えようという常識的な考え方が導かれるだけだ。
いや、名人の勝負をみると、即決していいと思わせる局面を作り上げて相手を間違った即決に導くという勝負が多々ある。
そう考えると、ファーストチェス理論から導かれる教訓は、「即決してはいけない14%がいかに大切か」もしくは「直感を信仰すると負けるよ」である。

孫正義の名言「どんなことでも10秒考えればわかる。10秒考えてもわからない問題は、それ以上考えても無駄だ」も、「直感を信じろ」と言っているわけではない。
この手のサイトは、コピペしたかのように同じ展開になっていて、「10秒考えてもわからない問題は、それ以上考えても無駄だ」を「10秒考えれば十分だ」の意味に取り替えてしまう。それこそ、直感で、10秒即決で、改変してしまったのだろう。
「それ以上考えても無駄だ」である。無駄なのだ。決めろとは言っていない。
どんな問題でも10秒考えればわかるのだから、10秒考えてもわからない問題は、「問題設定自体が間違っている」のである。問題になりえていないのだ。
だから、できそこないの問題について10秒以上考えるのは無駄だ。そして、即決なんてもってのほかだ。そういうときにすべきは、問題設定を立て直すことだ。

「直感を信じよ」とか「即決して行動せよ」と高らかに歌い上げる人は、そのあとにセミナーなんかの宣伝を続ける。即決してほしいんである。

そもそもファーストチェス理論が、こういった系のサイトでしか出てこない出典がはっきりしない理論だ。検証を積み重ねられている理論じゃないんじゃないか(出典等、知ってる人がいたら教えてください)。

ここから下は50字ほどの貴重で大切な結論が続く。有料コンテンツでたっったの1000円だ。即決して行動せよ!(←冗談なので、しないよーに)

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