無題

リベルタンゴの「自由」とは?

ヨーロッパの新天地で

1973年後半に心臓発作に見まわれ一時生死の縁をさまよったピアソラは、手術のすえ辛くも生還しましたが、通常の生活に戻るには数か月を要しました。この出来事にショックを受け、これまでの人生を見つめなおしたピアソラは、閉塞感を打開し新たな活動の方向性を探るためにヨーロッパに活動の場を移すことを決意します。この頃ピアソラは52~53歳。

1974年にイタリアに渡ったピアソラはエージェントの勧めで、ラジオ放送向けに一連の3~4分ほどの短めの作品群を書き上げます。(当時の彼の作品は長大化する傾向にあったのでラジオサイズの曲が必要だったのです)
それらの作品が「ビオレンタンゴ」「メディタンゴ」「トリスタンゴ」「アメリタンゴ」‥‥‥そして「リベルタンゴ」でした。
いまやピアソラの代表曲のようになっているリベルタンゴは、もともとヨーロッパ向けのプロモーションの一環として作曲されたのです。
これらの曲が収録されたアルバム「リベルタンゴ」は評判も良く、欧州でのピアソラの知名度を上げる事になります。

ピアソラ自身は「リベルタンゴ」について、「自由への讃歌のようなもの」「新天地での新たな発想への祝福」であると語っています。
Libertad「自由」とTango「タンゴ」の合成語のタイトルは、心機一転イタリアで活動していこうとするピアソラの希望に満ちた想いのように感じられます。

ピアソラ=リベルタンゴでいいのか?

さて、現在では世界中で演奏されているリベルタンゴですが、私には「この曲はピアソラの最も有名な曲であるのは確かだが、最もピアソラらしい作品とは言えない」ように思えます。
この時期までのピアソラの作品の多くは、非常に作りこまれたものが多く、和声も複雑で対位法などの作曲技術もふんだんに使われています。
そして、それは裏を返すとジャズ的な即興演奏には向かないということです。
もちろんピアソラはバンドネオン即興の達人ですし、多くの作品には各奏者の腕の見せ所になる「タンゴ的な」即興パートは多くみられるのですが、それはあくまで楽曲の構成の中にかっちりと組み込まれたものであり、ジャズのように各プレイヤーがコードに沿って「ソロ回し」を行うわけではありません。だからピアソラの作品は「ジャズの影響を受けているが、ジャズそのものではない」のです。

ところがリベルタンゴはそれまでの作風に比べて、おそらく意図的にシンプルな構造になっています

16小節の基本のコード進行に沿って、あの有名なリフが延々と繰り返されるシンプルな構成は、ジャズやロックの印象が強く感じられます。(70年代のピアソラはコンフント・エレクトロニコでの活動が示すようにロック/フュージョン音楽への接近を試みていたことも忘れてはいけません)
そしてシンプルな構成であるために各奏者が個々のインプロヴィゼーションを行う余地が十分にあるのです。従来のタンゴやピアソラ作品とは異なり、様々な演奏の可能性が開かれたまさしく「自由なタンゴ」といえるでしょう。

そしてその自由さの中から力強く浮かび上がり、全体をまとめ上げるのが、ピアソラの代名詞である「3・3・2」のビート‥‥‥「リベルタンゴ」はピアソラが自分の音楽の要素をわかりやすくまとめ、新天地の聴衆に差し出した自らの名刺、自己紹介のような作品なのでしょう。

ピアソラからの小さな名刺

もしかしたらピアソラ自身もこの小品「リベルタンゴ」が、後にここまで世界中で愛奏されるとは思っていなかったかもしれません。
しかしこの作品のオープンな構造ゆえに、ジャズ奏者であってもクラシック奏者であっても、自分の持ち味を生かしつつピアソラのエッセンスを表現することができるユニークで力強い作品であるのは確かです。

ただ、私からあえて言わせていただくと、できたらピアソラのその他の楽曲もぜひ聞いたり、演奏したりして取り上げてもらいたいというのが本音です。
「ピアソラからの小さな名刺」のその先にある、さらなる彼の魅力。ピアソラという音楽家は決してリベルタンゴ1曲では語りつくせない存在です。50年代、60年代、70年代、80年代・・・時代を追って聴きながら、ピアソラの持つ様々な顔をぜひ感じてほしいな~と思っています。

おそらくこれが最もオリジナルといっていい形態でしょう。スタジオの雰囲気からしてテレビ用のテストかもそれません。

こちらはより豪華になったバージョンで各楽器の即興の後にピアソラのバンドネオンが入り、一気に曲の流れが変わっていく様が非常にかっこいいですね。エンディングも派手で面白いですが、このバージョンのエンディングを演奏してる他のミュージシャンはあまりいないようです。

こちらが最も有名で、このバージョンに基づいて演奏している人も多い後期五重奏団による1983年のウィーン・ライブ版。印象的なピアノソロによるイントロ。転調からピアノソロを経て怒涛のエンディング・・・というピアノが大活躍するバージョンです。

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