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北島麻里子個展「Hide and Seek」を前に

ギャラリーで作品を見ていると、ピタリと足が止まる瞬間というものがある。巨大な釘で留められたかのように、文字通り釘付けとはこういうことなのだと悟る。
 
2022年の内、無意識的に訪れる何度かあったその瞬間のひとつは、北島麻里子の作品の前だった。圧倒的な画力で濃密に描かれた作品は、どこか不穏さを漂わせ、異彩を放つ。どことも言えない部屋、写実に描写された静物には北島と思われる顔、もしくはその一部が映り混み、こちらを覗いている。その横にはうさぎと思われる漆黒のキャラクターがひょうきんに佇む。それは、風邪で熱を出したときに見るようなチグハグな夢のようであり、重厚な油絵で描かれた密度の高い作品にもかかわらず、どこか虚で、巨大な樹木の櫨(うろ)の深淵に吸い込まれるような引力があるのだ。
 
2022年『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』3月号に掲載された米原康正の特集で、【ブレイク間違いなしのいち押しアーティストたち】のひとりとしてその一端が紹介された北島麻里子。満を時して2023年1月17日(火)から、行われる最新個展『HIDE AND SEEK』を開催する。作風もさることながら、ひときわミステリアスな存在感を放つ気鋭作家の最新個展の場所は、千代田区・帝国ホテルの「MEDEL GALLERY SHU(愛でるギャラリー祝)」。由緒あるホテルの中の現代ギャラリーである。夢と現実の入り混じる北島の世界観をたっぷり楽しめそうなロケーションに期待が高まる。2022年の師走、個展を前に本人にインタビューを敢行。幼少期から、今に至るまでを本人に語ってもらった。


北島麻里子氏

音大か美大か。苦悩の末に

ー絵を描くことは幼少期からしていたのですか?
 
北島麻里子:何かを作ったり、描いたりというのは小さい頃からしていましたね。きっかけは特になくて、手をうごかすのが好きだったんです。ひとりっこだったのでひとりで楽しめるものとしてそういったものを自然とするようになった気がします。
 
ー幼少期はどんな絵を描いていたんでしょう?
 
北島:キャラクターや動物だったかもしれない。カンガルーが好きで、カンガルーを粘土で作ったりしていました。ポケットがついているのが可愛くて(笑)
 
ー小学校、中学校も絵が得意でしたか?
 
北島:そうですね。賞をいただいたりしました。
 
ー当時、何か影響を受けた人やものってありました?
 
北島:母が絵本が好きで、よく読んでもらっていたり、自分でも読んでいたので、影響を受けていたように思います。「エミリー」や「かいじゅうたちのいるところ」とか、あとは「ヘンゼルとグレーテル」のお菓子の家が好きでした。
 
ーそんな北島さんが将来、アートの道に進んでいきたいと決めたのはいつ頃なのでしょうか?
 
北島:高校生のときに美大に進学しようと思っていたのでその頃には決めていましたね。
 
ーその理由は?
 
北島:小学校の頃ピアノをやっていて、中学校は吹奏楽部でオーボエをやっていました。オーボエにしようか、絵にしようか迷っていたんですね。美大に行くか、音大に行くかという感じ。練習が嫌いで、先生に怒られたりするのがすごく嫌だったんです。
 
ー芸術に強い学科だったとかそういうわけではなく?
 
北島:埼玉が地元だったんですが、全然そんなこともなく、小学校も中学校も田舎の普通の学校です。普通に勉強しながら、美術の時間を少し多く選択していたくらい。中学校の先生からは音大を薦められましたが、最終的には美大に進むことに決めました。
 
ー吹奏楽に励む一方で、絵はどのように勉強していたんですか?
 
北島:絵画教室に通っていて、そこでいろいろ描いていましたね。とにかく描くのが楽しかったです。それで美大に決めたというのは大きいかもしれません。
 
ー美大に入るまで、どういったことが大変でしたか?
 
北島:私は美大に入るまでに四浪しています。高校で美大を受けて、そこから4年、予備校に通いました。最初はすごくショックでした。4浪目までは芸大(東京芸術大学)を受け、4浪目で初めて私大を受けて、東京造形大学に入学しました。
 
ー北島さんの作品を見る限り、苦労したというのが想像できないくらい才能にあふれているように感じます。それでも入れないのには芸大受験はやはりそれだけハードルが高いのでしょうか?
 
北島:今思えば、私自身ずっとちゃらんぽらんでしたね(笑)。がんばってなかったんだと思います。というよりは“がんばり方”を間違えてしまったのかな。課題に対しての技術は身につけられるけど、答えの出し方がうまくなかったんじゃないかと。
 
ーでもそれって、受験のための勉強であってそこで苦労されたかもしれないけど、入ってしまえばまた変わるのでは?
 
北島:その4年間の時間は自分の中では決して無駄ではなかったと思います。どうやったら絵がうまくなるか、ひたすらそれを追求していました。そういった技術面の土台や、作品との向き合い方ということでいうと得たものは大きかったかなと思います。美大に入ってからは、自分のやりたい作品ができるというのは大きかったですね。そこがいちばん、自分にとっての大きな変化でした。

首を切るということ。身体からの解放

ー北島さんにとって初めて大きく評価された自分の作品や、ターニングポイントはなんでしょうか?
 
北島:大学3年のときの、2012年の個展で出した作品ですね。今の作品にも繋がっているところはあるかなと思います。
 
米原康正(以下:米原):その頃から、“首”をモチーフにしていたの?※首は、北島麻里子さんにとって象徴的なモチーフのひとつとなっている。
 
北島:そうです。自分をモチーフに自分の生首を描いたり人毛や血液、飼っていた犬の骨などを使って作品を制作していました。


2012年個展
2012年個展
「Self-portrait」
70×58×3.8㎝
FRP、血液 1012
「5598」
7.5×7.5×2㎝
FRP、犬の骨、他 2012


 
ーそういった作品の着想元はどんなところなのでしょうか?
 
北島:画材ではないもので作品を作りたかったんです。でも、その素材に自分なりに意味を持ったものが良いと思い、髪や血液、骨を使った作品を制作していました。
 
ーアート以外、例えば映画とか漫画、ポップカルチャーの影響は受けたりしましたか?
 
北島:ホラーやスプラッタものは本当は苦手なんです。嫌だけど見てしまう、そういった作品はありますね。
 
ー具体的にはどんな作品でしょうか?
 
北島:映画だと、トラウマ的に記憶に残っているのですがヤン・シュバンクマイエル監督の『オテサーネク 妄想の子供』ですね。予備校の夜間部で先生がおすすめしてくれたんですけど、実写とストップモーションをミックスした表現がすごく気持ち悪い。そういった引っかかる違和感はいいなと思いましたし、“怖いもの見たさ”のようなものは自分の作品でも意識している部分かもしれません。あとは「シャイニング」の世界観も好きですね。
 
ー北島さんの作品の象徴的なモチーフのひとつである“首”を描くようになった理由もお聞きしたいです。
 
北島:生首を描きたかったんです。首の作品のモチーフとなったのはクラナッハ*の「ホロフェルネスの首を持つユディト」です。
 *ルーカス・クラナッハ(父)※子も同じ名前:ドイツ
 
米原:それを自分の首で表現したのはなぜ?
 
北島:最初は自分じゃない方がいいと思って、実は夫の首だったんです(笑)。
 
一同:(笑)。
 
北島:大学にあった、トレースをするための夫の首の写真のコピーを見た共通の友人が、それを見て笑ってましたね。そこからは自分の首を描くようになりました。後付けにはなりますが、自分で自分を斬る、という行為は一般的には暗かったりネガティブなイメージがあると思います。だけど、私は身体と頭を切り離すことを“自分自身を開放する”というポジティブな行為として描いています。「ホロフェルネスの首を持つユディト」も権力者の首を切っていて、いわば支配からの開放なんです。それを自分自身に置き換えています。
 
米原:指の作品もあるんだけど、北島さんの描く身体から切り離されたパーツって不思議と怖さがないのは、そういうことが関係しているのかもね。
 
北島:指を描きたかったというシンプルな好奇心もあります。そこに指を置いてみたらどうなるんだろうっていう。

「私のこと」
230×140㎝
木製パネル、紙、ぺン 2012
「今日のできごと」
90.5×72.7㎝
キャンバス、油彩 2019


 
ー描くことは観察することでもありますもんね。北島さんはペンの作品も描いていて、以前米さんがWATOWA Gallery(Elephant Studio)で行ったグループ展「属性/魔性」で展示していた作品の中にも大きなペン画の作品はありましたけど、大きさと緻密さに驚きました。大きさはやはり大事ですか?

「始まりの日」1305x1940 F120 木製パネル、紙、ペン 2020

米原:500号とかだもんね。 

北島:卒業制作では自分の大きな生首を描いたんですけど、大きいってバカみたいでいいじゃないですか(笑)。実際にあるものよりはるかに大きく描くといういい意味でのバカらしさ、スケール感が好きではありますね。 

ーペン画から、今は油絵がメインになっています。その変化についてはいかがでしょう? 

北島:色を使いたいと思ったときに、もともとアクリルでも水彩でもなく、油絵で作品を描きたかったんです。ネチョネチョとした質感とか、描いている感触が好きです。


米原康正と北島麻里子の邂逅。逢魔ヶ刻のかくれんぼ

ー北島さんの作品は、圧倒的な画力に魅力を感じるんですけど、カルチャーやストリートアートをバックボーンとするアーティストを扱うことが多い米さんと、トラディショナルな絵画表現を突き詰めている北島さんとのコントラストがすごく新鮮です。出会いはどんな感じだったのでしょうか?
 
 米原:俺からTwitterでDM送ったんだよね。怖い絵を描いてる人を探していたんだよ。怖いって言ってもホラー的な怖さがなくて、絵としての力というか、北島さんの作品に畏怖に近いものを感じたの。本人はそんなこと思ってないんだろうけどね。聞いたときは、「怖いですか?」ってケロっとしてた(笑)。
 
 
ー怖いものを描こうとして意識しているわけではない?
 
 北島:そうですね。作品によって、怖い雰囲気に近づけることはしますけど、それは自分の作品を描き切る、作り上げる、という前提のもと。集中しているから、怖そうな作品でも、自分自身ではあまり怖いとは思っていないんですよね。
 
ー僕も米さんと同じように、怖さを感じつつもどこかポジティブな魅力を北島さんの作品からも感じます。北島さんの中のユーモラスな部分がフックになっている気がするんですが、そういった目論見も米さんにはありましたか?
 
米原:アカデミックなアートをしっかり勉強してきた北島さんの作品を、アニメとかファッションとかポップカルチャーにふれている人が観たらどう感じるんだろう、というのはひとつ狙いとしてはあったよね。怖さだけじゃなくて何かを感じ取ってくれるんじゃないかなと。
 
ー北島さんは「こんな風に作品を観てもらいたい」「こんな人に観てもらいたい」という願望はありますか?
 
北島:特にないんです。見てもらえるだけで嬉しいし、幸せです。
 
ー北島さんは米さんと一緒にグループ展をやってみていかがでしたか?
 
北島:新しい領域の人たちと接して、刺激になりましたね。
 
米原:いろいろな表現をする人たちの中に北島さんが入ると、他の参加者がもう気になっちゃったりしてさ(笑)その反応も面白かった。
 
ー僕も今日お会いするまで北島さんはどんな人なんだろうという楽しみがあったんですけど、北島さんの作品に、本人らしき顔が映り込ませてあるのもより想像力を掻き立てられるんです。あれはいつ頃から取り入れたんでしょう?
 
北島:去年の3月くらいですね。金魚鉢のなかに映り込んでいるのが最初ですね。
 
米原:あれ見て、俺すごいなーと思ったんだよね。この顔はなんなんだろう?って想像させるのが面白い。自画像なんだよね?

「なにも信じない」903x903 木製パネル、麻布、油彩 2021


 
ーなんで自画像を入れようと思ったんでしょう?
 
北島:映ってるんだけど、そこに自分はいないっていう構図が面白いなと思ったんです。写真を基に絵を描くんですが、自分が映っている写真と映っていない写真を2枚合わせて絵にしています。ありえるようでありえない、そんな不思議なズレ、違和感のある作品を描くのが面白い。
 
米原:北島さんは作品に対してすごくピュアで、首も、自画像もどうすれば絵が面白くなるかということと向き合って、そういった仕掛けを盛り込んでいるんだけどそれを見て、僕らはいろいろなことを想像してしまう。
 
北島:そうなってくれるのはすごく嬉しいですね。“自分自身”をテーマにしていて、絵の違和感を通じて、鑑賞者が自分を考えるきっかけになってくれたら。

「Acorn hut」(左)「Winf flower」(右)
 803×606mm 木製パネル、麻布、油彩 2021


 
ーうさぎのキャラクターも米さんの提案から着想を得たと『Numero TOKYO』のインタビューで話されていましたね。
 
米原:なにか今までやっていないことで世界観を崩すことなくキャッチーなフックがあるといいなと思ってアドバイスさせてもらったんだけど、北島さんの写実的な表現とポップなキャラクターのコントラストがいいよね。
 
ー北島さんはこのうさぎを、どうやって生み出したんですか?
 
北島:粘土で立体を作って、デザインしました。色に悩んだんですけど、小さい頃に飼っていて、いなくなってしまった黒いうさぎをモチーフに、黒にしました。

「どこかにいるどこにでもいる私」
91.5×65㎝ 
キャンバス、油彩
2021

 
ーこれから描いてみたい作品はありますか?
 
北島:静物を描くことが多いですが、風景画を描いてみたいと思っています。今のスタイルで風景を合わせたものを描いたら、面白いんじゃないかというのは構想としてありますね。
 
米原:北島さんにとって、こうなったら、画家としてゴールみたいな目標はあったりする?
 
北島:どうあっても、今のところ絵は描き続けたいですね。
 
ー絵のこと以外でもいいんですが、北島さんが今後実現したいことはありますか?
 
北島:高校生のとき家族で行ったフランスに、今行ってみたいですね。大人になって、いろいろ見える景色も違うのではないかなと思います。
 
 
実際に話す北島は淡々と、身体から首を切り離したように冷静に俯瞰する。それでいて、心地良く嫌な感じがしない不思議な大らかさを兼ね備えていた。作品同様、不可思議な魅力を感じさせる北島の、切り離された頭部は今後も、作品のどこかに投影されるはず。
 
『HIDE AND SEEK』=かくれんぼというタイトルが据えられた今回の個展。寓話と写実、光と影が交わる中で、きっと鑑賞者は北島を探すことになるだろう。そして作品を通じて見えてくるのは自分自身の姿であり、心持ちなのかもしれない。北島の作品を見つめる時、作品もまた、私たちを覗いているのだ。
 
 
Text by Tomohisa“Tomy”Mochizuki

北島麻里子個展「Hide and Seek」

2023.1.17(火)~29(日)
MEDEL GALLERY SHU
11:00am~7:00pm(Last day ~5:00pm)
東京都千代田区内幸町 1-1-1
帝国ホテルプラザ2F

 「Scene」 
130.3×162cm 
キャンバス、油彩 
2022


 私は「Self」というテーマで制作しています。自分自身という不明瞭な存在の中には、氷山の一角のように水面上に見えているひとりの「私」と水面下に隠れている大勢の「私」がいるように感じます。それは身の回りの物の中に映り込んでいたり、形を変えていたり、見ているものすべての内にふと気付くと存在している。
今回はその隠れている大勢の「私」を「私自身」が見つけ出していくこと。「Hide and Seek(かくれんぼ)」という展覧会名にしました。この展示を通じてそれぞれの隠れている自分を発見するきっかけになるのではと考えています。
                                                                   北島麻里子

北島麻里子個展開催にあたって
彼女の絵のモデルは彼女自身だ。たまに彼女自身のこどもである2人が登場することもあるが、彼女の絵はだいたいが彼女の肖像だ。
肖像画ってどこが? と思われる方もいると思う。だけど、作品をじっと見つめてもらうと、透明なガラスでできた花瓶の後ろ側や、その脚の中に彼女は確かに存在する。そんな絵を描くことは「自分自身を確認するための日常的な行動」と聞いて以来僕は彼女の作品をずっと眺め続けている。彼女の作品を通して感じられる恐怖に似た感情は、他人という存在を考えることなくひたすら自分自身に向かう彼女の意識を僕が理解できないせいでもある。でもその時僕は彼女の作品に突き動かされて自分自身を覗く自分に気付かされるのだ。
       キュレーター(+DA.YO.NE.代表 米原康正)


北島麻里子氏 (写真はすべて米原康正撮影)

北島麻里子プロフィール
https://www.instagram.com/mariko_kitaj/
2014年東京造形大学造形学部美術科絵画専攻卒業。
自分自身とは何者なのか。
北島による表現は、北島自身に向けられているとともに、鑑賞者の内に呼び覚まされる「自分自身」にも向けられている。2014年 東京造形大学卒業制作展「ZOKEI展」ZOKEI賞受賞、2014年 アートアワードトーキョー丸の内2014「倉本美津留賞」受賞

略歴

1987 埼玉県生まれ
2014 東京造形大学造形学部美術科絵画専攻卒業

■個展
2019 「夢見る屍」/GALLERY KOGURE(東京)

■グループ展
2022 +DA.YO.NE. presents 「顔のない表情展」/MDP gallery(東京)
2021 「娑婆気」 / GALLERY KOGURE (東京)
   「妖‐AYAKASI 」/GALLERY KOGURE(東京)
「属性/魔性」Curated by YASUMASA YONEHARA /     WATOWA GALLERY(東京)
JAZNIN BEAN POP-UP EXHIBITION 「R U     Looking 4Me Now」Currated by +DA.YO.NE.     Histeric Glamour Shibuya (東京)
2014 「卒業制作展―造形展」/東京造形大学(東京)
「アートアワードトーキョー丸の内2014」
    行幸地下ギャラリー(東京)
「螺旋人間」/LOWER AKIHABARA.(東京)

■受賞
2009 トーキョーワンダーウォール2009「入選」/東京都現代美術館
2014 zokei展「zokei賞」
   アートアワード東京「倉本美津留賞」

■アートフェア
2014 ART TAIPEI 2014
2015 ART TAINAN 2015(台南/台湾)
   ART OSAKA 2015(大阪)
   ART TAIPEI 2015(台北/台湾)
2016 ART FAIR PHILIPPNES (マニラ/フィリピン)
2019 ART TAIPEI (台北/台湾)
2020 ART FAIR PHILIPPINES (マニラ/フィリピン)
2021 ART FAIR TOKYO 2021 (東京 /日本)
 

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