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「いかに美しく負けさせるかに心を砕いた」 全てを詰め込んだ競馬エンタメ巨編を早見和真が語る

新刊JP」にて現在掲載中の『ザ・ロイヤルファミリー』(新潮社刊)の作者・早見和真さんへのインタビュー。その前編を少しだけ掲載します。

父から子へ。競馬の世界を舞台に、血と夢の継承をテーマにした小説が『ザ・ロイヤルファミリー』(新潮社刊)だ。

税理士の栗須(クリス)は、ビギナーズラックで当てた馬券のせいで、ワンマン社長として有名な馬主・山王の秘書になる。「ロイヤルホープ」と「ロイヤルファミリー」という2頭の馬を中心に立ち向かう者たちを描いた意欲作で、最後のシーンは誰もが手に汗を握ってしまうと同時に、最後のページで本当の希望を見ることになるだろう。

今回は作者の早見和真さんにその物語の成り立ちや伝えたかったことについてお話をうかがった。

(取材・構成・写真:金井元貴)

■モチーフはカズオ・イシグロの『日の名残り』

――『ザ・ロイヤルファミリー』は競馬の世界を描いた小説ですが、まず気になったのが、描かれているそのほとんどが敗北のシーンだということです。レースで勝つシーンはほとんど描かれていません。

早見:そうですね。競馬はそのレースで1頭しか勝者がいないスポーツです。人間も同じで勝つよりも負けることの方が多いと思うんですよね。今回の小説では、いかに美しく負けさせるかという点に心を砕きました。

人間でも格好悪い負け方をする人っているじゃないですか。言い訳をしたりするような。ああいう人が嫌いで、全力を振り絞って負けて、言い訳はしない。そういう格好いい負け方を描きたいということはずっと頭の中にありました。

――もともと私は競馬に全くと言っていいほど興味がなくて、一度友人に誘われて競馬場でレースを観たことがある程度でした。この小説は栗須(クリス)という馬主のマネージャー視点で物語が進んでいきますが、この視点は本当に助かりました。

早見:その感想は嬉しいです。この物語で書きたかったことは「血の継承」とともに、「思いや夢の継承」でした。ただ、この小説は二部構成になっていますが、「継承」を書くにあたって一部から二部にどう移るかという点が一番の肝であり、チャレンジだったんですね。

「継承」をテーマにするにあたり、一部と二部の主人公たちを総とっかえするイメージがありました。作中では、馬はもちろん、馬主も父親から息子に、ジョッキーも憧れられたジョッキーから憧れたジョッキーに主人公が変わっています。となると、誰の視点でこの物語を貫けばいいんだろうと思うわけです。

ストーリーの真ん中にいるのは馬ですが、馬は物語れない。それで『小説新潮』の担当編集者と1ヶ月くらい悩んでいたときに、たまたまテレビでカズオ・イシグロさんがノーベル文学賞を受賞したというニュースをやっていたんですよ。そこで、「これは『日の名残り』だ」と閃いたんです。

『日の名残り』はイギリスの名家に忠実に従事する執事の視点で書かれた物語ですよね。競馬のプロにもアマにも通じる語り部として、適切な役割は誰か。それは、執事的な役割の人だ、と。現代日本において執事的な役割を唯一担わせることができるのは、レースマネージャーじゃないかという確信もありました。

それで編集者に「これ、『日の名残り』だ」とだけ書いてメールを送ったら、数十秒後に彼から「それだ!」という返信があって。一部と二部を貫くたった一人の人間としてクリスというキャラクターが立ち上がった瞬間に、この物語を書けるようになったんです。

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――地の文がクリスの視点ですが、執事っぽく「ですます調」ですよね。最近、この文体の小説を読んでいなかったので新鮮に感じました。

早見:慣れないという意見はきっと出てくるだろうなとは思っていました。

――ただ、30ページほど読んでから一気にスピードが上がりました。

早見:リズムをつかめた感じですよね。それは嬉しいです。

――「継承」というテーマはもともとどのように立ち上がったのですか?

早見:僕はデビューしてから11年経つけれど、いまだに書くことが苦しくて仕方ないんです。でも、憧れる大好きな作家さんたちのインタビューを読むと、「書くことが楽しくて仕方ない」と言ったりしている。
で、ちょうど新潮社の人間3、4人と飲んでいるときに、「彼らが羨ましい。みんな天才で、俺は凡人だ」といつもの愚痴を言っていたら、飲み会に参加していた一人が、「前に出した『イノセント・デイズ』が売れていることだし、ご褒美的に早見さんが人生で一番楽しかったことを書いたらいいんじゃないですか?」と言ってくれたんです。

楽しかったことってなんだっけと思ったときに、思い浮かんだ1つ目は野球。確かに人生をかけてやってきたけれど、野球は僕を幸せにしてくれなかったし、苦しい記憶しかない。2つ目は恋愛。でも、女の子は僕を傷つけてばかりだし、特別に良い記憶はない。そこで浮かんだのが競馬だったんです。

競馬の魅力の一つは「思いの継承」で、一つ前の世代が成し遂げられなかったことが次の世代に託されて、でもだいたいは返り討ちにあう。さらにその思いが継承され…ということが片側にあったとしたら、もう片方には父親と息子の話を織り込めると思いました。これはデビュー以来一貫しているテーマなのですが、表立って表現していたわけではなかったんです。だから、いつかその関係を表のテーマに据えて書かないといけないと思っていたところに、この競馬の魅力と絡み合ったという感じですね。

【続きでは…】
・早見さんが「馬主気分」を味わったという取材方法とは?
・小説の中で取り上げたかなりマニアックなデータとは?
・取材で仲良くなったジョッキーに調査依頼?
・競馬の世界ってやっぱり閉鎖的?

インタビュー前編全文を読む
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