「今思えば、いつも楽しい」 はらまさかず

ひさしぶりの喫茶ギンガです。
「この時期、嫌なんだよなあ」と、ぼく。
「さむいから?」
「まあねー。
 寒くなると、思い出しちゃうんだよねー。浪人時代。
 で、にがーい気持ちになるんだよ」
ぼくがいうと、マスターはふふふとわらっている。
「浪人時代は無駄だったなー、なんて思ってるんでしょ」
マスターがグラスをふきながらいった。
「無駄でしょ。
 今の子は、浪人なんて、あんまりしないんだってよ」

マスターが、店の奥からみかんを持ってきた。
小さなみかん。
「食べて。小さいのって、あまいんだよ」
と、マスター。
「毎年、にがーい気持ちにならなくてすむ方法を、おしえてあげようか」
マスターは、ぼくの耳に口をよせていった。
「うん。おしえて」
「それはね、浪人時代も、今思えば案外たのしかったなあって、
 思ってみるんだよ。ほい」
マスターが、むいたみかんをくれた。
「楽しくなかったってー。あ、このみかん、あまい」
「ね。だからさ、楽しくなくっても、楽しかったって思ってみるんだよ。
 きのうのみかんの味なんて、おぼえてないんだから」

こんどは、じぶんでむいて、みかんを食べた。
すごくあまい。でも、さっきのと、どっちがあまいだろう。
「もしかして、マスターは現役?」
ぼくはきいた。
「まさか。
 三浪」
「かーっこいい!」
きょうも、ギンガの夜はふけていく。
(喫茶ギンガ 第18話)


大学受験がうまくいかず、1年浪人しました。結局、翌年も希望の大学には合格できず。おまけに1年遅れたせいで、就職超氷河期にあたってしまい…。浪人は無駄だったと、ことあるごとに言ってきました。でも。自分が親になって思います。父と母は、あの1年間にお金を払ってくれたんだなあって。あの頃を無駄にせず、今からでも生かしていかないと。親に無駄金を使わせたくないですもん。宙ぶらりんのあの時期、実は楽しかったのかもしれない。そんな気がしてきました。

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