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エッセイ「お父さんの気持ち」、楽しいわが家2021年11月号

 全国信用金庫協会さんの月刊誌「楽しいわが家」にて、隔月で(奇数月に)エッセイ「お父さんの気持ち」を連載しています。2021年11月号は連載52回目、タイトルは「髪を切る、切ってもらう」です。
 お近くの信金さんで。無料です。

52 「髪を切る、切ってもらう」
原正和

 「前髪だけ切って」と、娘によく言われる。散髪に行くほどではないが、前髪だけ気になるらしい。百円ショップで散髪用のハサミを買い、切ってやっていたが、これが思いのほか難しい。切りすぎてはいけない。かといって、用心しながら切っていくとちっとも短くならない。パッツンと一直線に切るのは気が引けるし、ガタガタではみっともない。切っているうちに、どこまでが「前髪」なのかも、よくわからなくなってくる。出来上がりに娘が文句を言うことはないのだが、一向に思い通りにいかず、切ってやるたびに自分のなかに不満が残った。
 たとえ前髪だけでも、美容院なり理容室なり、店で切ってもらったほうがこっちは楽だ。しかし、店に行くのが面倒なのか、娘はお父さんの方がいいと言う。そう言われるとうれしくて、つい、張り切ってしまうのである。
くしやハサミを、それなりの値段のものに買い替えた。それらを使うと確かに少し上手くなる。しかし、やはり思ったようにはいかない。インターネットには、前髪の切り方を解説した動画がたくさんあり、それを見て勉強する。見ている時は、コツがわかったような気になるが、いざやってみると上手くいかない。やはり、髪を切るプロはすごいなと思う。
 私は中学生の時、母に切ってもらっていた。私が通っていた中学校は、男子は全員丸坊主という決まりだったから、だいたい3、4週間に一度、母にバリカンで刈ってもらっていた。刈るのは勝手口の外。バリカンで刈った後は、細かい毛がたくさん体にまとわりつくので、私はいつも上半身裸でその上にケープをまとった。夏は蚊に刺されながら、冬は寒くてガタガタふるえながら、早く早くと母を急き立てて刈ってもらった。母は、刈り残しや刈りムラがないか、私の坊主頭を何度もなでながら確かめる。それでも後から、耳のまわりなどに刈り残しを見つけることがあり、私は母に文句を言った。三年間、ずっと髪を刈り続けてくれた母は大変だったろうなと、今更ながらありがたく思う。
 高校生になり、髪を伸ばすようになってからは、一丁前に美容院に行くようになった。以来、私の髪を切ってくれた人はたくさんいるが、一度だけ入った床屋さんまで、髪を切ってくれた人の顔や雰囲気を不思議とみんな覚えている。髪を切ってもらうということは、なにか特別
な、心に残る行為なのかもしれない。
 母は今、どこで髪を切ってもらっているのだろう。少しは上達したので、次に帰った時、母の髪を切ってあげたい。

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