見出し画像

宅急便を作った伝説の経営者

ヤマト運輸の社長として、幹部の大反対を押し切って宅急便を作った小倉昌男氏による書です。経営者の心構えとあるべき姿が描かれています。

■はじめに

『小倉昌男 経営学』 
日経BP社 1999年出版 著者:小倉昌男
どんな本→運輸業界の常識を覆し、宅急便を成功させた小倉氏の経営学

今では私たちの日常で、宅急便が無いという生活というのは想像できないでしょう。Amazonや楽天、そしてメルカリなど様々なサービスを通じて私たちは家にいながら商品を受け取ることができます。

しかし宅急便のサービスがまず関東で始まる1976年よりも前の時代は、郵便小包を選ぶことが大半でした。それでも配達に数日はかかることが当たり前です。当時の運輸業界では、儲かる荷物=企業間の物流、というのが常識でした。

一般の小口荷物を各地で集荷して、全国津々浦々のどこへでも配達するという発想は、当時からするととてつもないハードルを感じるはずです。ヤマト運輸の社長であった小倉氏はその常識を疑い、確たる理論と成功への道筋を持って宅急便というサービスを開始します。

■学びたい3つのポイント

①サービスが先、利益は後

画像1

宅急便を開始するときに、会議の冒頭でこう言った。「これからは収支は議題としないで、サービスレベルだけを問題にする」(中略)サービスの向上はプラスだが、コストが上がるのはマイナスである。こういう二律背反の条件は、経営をしていると常にぶつかる問題である。プラス要素とマイナス要素を比較検討して、差し引きプラスならば営業所の新規設置は実行する、というのが公式的な答えかもしれない。ただ、はたしてそれが正解だろうか(P132-133)

これは決してすべての物事において、コストよりもサービスが優先されるという話ではありません。当時の宅急便は、しばらく赤字の状況が続くことは見えていました。荷物の密度が濃くなり、扱い数が増えて初めて損益分岐点を超えるのです。

そのことが分かっていたからこそ、近視眼的なコストに関する議論を行うことが不毛だと判断しました。徹底的に利用者目線のサービスを向上させることこそが、黒字に繋がる最短距離であり、社員が進むべき道となります。

その後のヤマトで宅急便に関連する多様なサービスが生まれたのも、この「サービスが先、利益は後」というメッセージが行き届いていたためでしょう。サービス優先を戦略としてトップが打ち出したことで、現場はコストに縛られず自由に発想を広げることができたのです。

②明確な優先順位をつける

画像2

とにかく何でも“第一”の命令が好きな社長は多い。だが、“第二”がなく、“第一”ばかりであるということは、本当の第一がない、ということを表してはいないだろうか。何でも“第一”の社長は、「戦術レベル」の社長である。うちの会社の現状では何が第一で、何が第二、とはっきり指示できる社長は「戦略レベル」の社長である。社長の役目は、会社の現状を正しく分析し、何を重点として取り上げなければならないかを選択し、それを論理的に説明すること、つまり戦略的思考をすることに尽きると思う(P146)

上記の引用に少し補足すると、「品質第一」「安全第一」「利益第一」など企業の中では、その時の状況に応じて様々な〇〇第一が語られることがあります。小倉氏はその安易な”第一”主義に対して警鐘を鳴らしました。

これは小倉氏自身が過去に視察した会社で「安全第一、能率第二」という言葉が張り出されていたことから得た学びです。第一と第二があることで、社員は「安全を優先するためには、能率が少し後回しになってもよい」と自らの行動に優先順位をつけることが可能となります。

先ほどのサービスとコストの話のように、企業活動の中でトレードオフの関係となるものは多くあります。第一目標のみを示していると、結局は曖昧な指示になりかねません。経営者には、第一と第二を比較させることで、社員に対して、より具体的な判断軸を明示する必要があるのです。

③起業家精神を持ち続けているか

画像3

現在、経営者にもっとも求められているのは、“起業家精神”である。企業は年を経るにしたがって大きくなり、同時に古くなっていく。経営者は、企業が新しいとか古いとかに関係なく、常に起業家精神を持っていなければならない。経営者が、攻めより守りの姿勢に変わってきたら、次の世代にバトンタッチする必要がある(中略)まだやれると思っていても、余力を残して引退するのは経営者の心構えである(P278)

この背景には、創業者である父と小倉氏がその昔に経営方針を巡って対立したことがあるかもしれません。創業期から関東のローカルエリアで短距離配送で成功した父に対し、小倉氏は高度成長期に合わせて長距離移送への参入を提言しました。

しかしローカルエリアにこだわる父の説得には時間を要し、同業者に遅れること5年でようやく関西に支店を置いて長距離輸送に参入することができました。しかしこの5年の出遅れは非常に大きく、その後のヤマトは大変な苦戦を強いられることとなります。

この経験から、経営者には常に起業家精神が必要だという結論に至ったのだと推測されます。実際に、現在のような厳しい状況下でも成長を続けている日本の企業を思い浮かべると、経営者が新しい取り組みに挑戦し続けることの必要性をより理解できるかもしれません。

■まとめ

現在「ネットワーク効果」の重要性は広く知られています。あるサービスの利用者が多くなればなるほど利用者の便益が高まり、さらなる利用者を産み出すというものです。古くは電話やFAX、現在ではWEB上の様々なプラットフォームが代表例として挙げられます。

サービスの利用者や参加者が増えることで、そのサービスの利用価値が急速に高まっていくのです。宅急便もネットワーク効果が働くサービスの一種です。小倉氏は宅急便を開発した段階で、小口荷物の物流も一定量を超えると、赤字から黒字に切り替わると予測していました。

小倉氏の予想通りに宅急便の配送個数は、ネットワーク効果によって非常に速いペースで伸びていきます。

初年度:170万個(1976年)
2年目:540万個
3年目:1817万個
4年目:2226万個
5年目:3340万個(1980年)

この5年目の1980年に宅急便はついに損益分岐点を超えて、売上高699億円、経常利益39億円という結果を残しました。

本書は1999年に出版されていますが、小倉氏はこの時点でインターネットによる新たな需要の登場も予測していました。

情報社会では、あらゆる垣根が取り払われて、その結果、ベンチャービジネスが次々に生まれる時代になることは間違いないと思う。ただ、情報が新しいチャンネルを伝わって流れたとしても、物が空中を飛ぶわけにはいかない。そうすると、宅急便はますます需要が増し、宅急便に関連した付帯サービスも需要が増えることは確実である。

まさにEC時代の到来を見抜いていた言葉であり、小倉氏が突き詰めた戦略的思考による慧眼と言えるでしょう。そして宅急便の誕生から45年目となる2020度、ヤマト運輸の扱い個数はECの更なる成長も寄与して、20億8400万個と初めて20億個の大台を超えることが確実視されています。

稀代の経営者による経営学の神髄が詰まった本書は、昭和から平成、平成から令和へと変わっても色褪せることなく、むしろ輝きを増しているのかもしれません。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?