心と向き合うマーケティング
自分の心と向き合うことが、他の人の心を少しだけ理解することになる。
たくさんの心と向き合い続けてきたマーケッターが贈る1冊です。
■はじめに
『「心」が分かるとモノが売れる』
どんな本→「心」の重要性を著者のエピソードと実践方法で解説
日経BP 2007年出版
著者:鹿毛 康司
最初にお伝えしておくと自分はグロービス経営大学院で本書の著者である
鹿毛氏のクラスを受講しています。そのため、主観的な紹介になってしまう部分があることをご理解頂ければ幸いです。
鹿毛氏については、講義を受ける前から広告業界人として名前はよく見聞きしていました。広告を出稿する企業側であるエステーの社員であるはずなのに、クリエイティブディレクターとして様々な場所に登場する。
CM制作の現場において自ら時には自分で作曲をし、監督をも務める。直接本人に会うまではなぜ広告業界側の人間に全て任せないのか不思議でした。そこにはお互いに明確な役割があると思っていたからです。
授業で初めてお会いした日にその疑問をぶつけたところ、あっさりと回答をもらうことができました。
「自分が一番いいものを作れる自信があるなら、自分で作った方がいいよね?そもそも昔、企業は自分たちで広告を作っていた時代もあったんだよ」
広告はプロである広告会社の人間が責任を持って作るべき。そんな自分の固定概念があっさり覆された瞬間でした。
生活日用品分野において、エステーが活用しているテレビCM予算は、競合企業の5~15%ほどの予算しかありません。エステーの知名度に対して、予算規模が少ないことに皆さん驚かれるかもしれません。
前置きが長くなりましたが、そんなエステーで予算以上の結果を残してきた鹿毛氏のマーケティングエッセンスが詰まったのが本書なのです。
■学びたい3つのポイント
①心のマーケティングとは?
自分のエゴは封印し、あくまでも、お客様の心の奥深くにアクセスします。そこは、従来のマーケティング手法やフレームワークに頼ってもたどり着けない、潜在意識が支配する場所です。水面に出ている氷山の一角ではなく、水面下に深く潜り、その深層心理の中から人を動かす何かを探し当て、そこに向かって愛情を込めて解決策を差し出す。これこそが、現代に求められているマーケティングのあり方です(P30)
STPというマーケティングの有名なフレームワークがあります。セグメンテーション、ターゲティング、ポジショニングという3つの観点から、お客様に対しての最適なアプローチ方法を考えるというものです。
一般的なフレームワークの有効性は認めながらも、鹿毛氏はそれ以上に人の心に徹底的に向き合う必要性を説きます。体系化されたマーケティングに対して、お客様をひとりひとりの人間として考え、その中のひとりの心を想う。一見遠回りで、非効率的な取り組み方だと思われるかもしれません。
しかし求める答えに近づくためには、目に見える表面的な事象ではなく、その人自身も気づいていない「何か」が必要となります。見えない「何か」を見つける。本書では、そのための心との向き合い方について鹿毛氏が取り組んできた仕事の数々と共に、詳しく解説されています。
②自らを知ることが、他者を知ることになる
この世の中には無数のインサイトがあり、多くの人に共通するものもあれば、一部の人以外には全く当てはまらないものもあります。ただ、重要なのは自分自身のインサイトを導き出す力をつけることで、他者のインサイトを探し当てる力がつくということです。逆に言うと、自分のインサイトも分からないのに、他者のインサイトを理解するというのは到底無理な話だということです(P101)
「自分のことは自分が一番よく知っている」というのは思い込みでしかありません。本書の中で何度も出てきますが、人の行動を制御しているのは本人も気づいていない「感情」や「意識」が95%を占めると言われています。
ある商品を買った理由を尋ねると「今日これを買ったのは、こういう理由から」と誰もが即座に答えるでしょう。しかし、その理由は脳が後付けで考えた、それらしい答えなのです。何かを買う瞬間、私たちの行動は”無意識”に支配されています。
その無意識の心をゆっくり、時間をかけて紐解いていくのがインサイトを探すという行為になります。並大抵の努力では、自分のインサイトを見出すことはできません。自分のインサイトが少しわかってようやく、他者のインサイトを探し始める権利を得ることができるのです。
③その広告は、その企業を背負う覚悟があるか
マーケティングや広告がときどき、軽々しく扱われることがあるように思います。でも企業はその企業名をつけて商品を出したり、広告のような形で情報を打ち出したりするということは、こういう企業人格を込めた重いものだと思うのです。ただ面白いだとか、ただ人の受けを狙うというような安易なものではありません。マーケティングや広告はその企業の器を超えられないのかもしれません。私が心のマーケティングを展開できたのは、当時のエステーを率いていた鈴木会長がいてくれたおかげに他なりません(P151)
この引用部分は、書籍全体からするとわずかな部分ですが、マーケティングに関わる方にとってとても重要な内容ではないでしょうか。商品やサービスを売るということは、企業として社会に責任を負うことにもなります。
話題になれば、商品が売れさえすれば、何をしていいというわけではありません。社会に対して無責任な商品やサービス、そしてマーケティング活動はたとえ一時的に話題になったとしても永く続くことはないはずです。
企業の成長は社長の器を超えることができない、と言われています。同じようにマーケティングや広告もその企業の器を超えることができないのです。
■おわりに
過去に鹿毛氏の暮らすを受講した人間からすると、講義中に語っていたエッセンスを煮詰めて1冊の書籍へと昇華させたと感じています。著者のことを全く知らない方からすると本書を通じて鹿毛氏の講義を擬似的に体験することができると言えます。
この書籍をきっかけに、過去の自分の振り返り(講義が終わった後にクラス内で共有する投稿)を読み直してみました。最終日の講義後に、自分が書いていた内容はまさに本書で語られている内容と同じものでした。
---------------------------------------------------
色んなフレームワークを学んで典型的な
STP野郎&MBA人間になっていたところに
毎週ビンタを食らうことで顔が膨れながらも
改めて人の本質とは何かを考える機会になりました。
このクラスを受講できたことに本当に感謝です。
もう一人の自分、n=1の自分、
はるか昔の時代から変わらない自分、
その商品を買うかもしれない自分、
こんな自分がいることを知らなかったので
これからも少しずつ対話の道を
探してみようと思います。
---------------------------------------------------
今になって読み返すと少し恥ずかしい内容ですが、当時の偽らざる本音です。本書は、改めて初心に戻るためのいいきっかけとなりました。
鹿毛氏の心のマーケティングについては、WEB上の動画や記事でも色々掲載されているので併せて読まれることをおすすめします。