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内閣不信任案はなぜ国会の「切り札」なの?

世界の人々から日本が信頼と尊敬の念を抱いてもらうには、健全な民主政治の確立が不可欠です。宮澤内閣が国民と議会を欺き裏切った、総理大臣がうそつきで、国民が政治不信を高めているという状態では、世界の人々から日本が嘲笑されるのではないでしょうか。
我が国をこうした状態に陥れた宮澤内閣には、国家と国民の運命にかかわる重大な責任があると断ぜざるを得ません。
国民の期待する政治改革の実現を日本の政治の分水嶺として据えることを、今党派を超えてできるかが問われているのではないでしょうか。
私たちのこうした熱い思いは、国民の大多数がもろ手を挙げて賛成してくださるものと確信を持っています。その点を十分御賢察の上、党派を超えて多数の皆さんが私たちの提案に賛同してくださいますよう心から訴えて、提案理由を終わります。

山花貞夫日本社会党委員長
平成5年6月18日 衆議院本会議 内閣不信任案趣旨弁明

不信任決議案とは、総理大臣・大臣・委員会委員長・衆参正副議長などに対し提出される、辞職願いです。

内閣不信任決議案は、可決されると10日以内に衆議院の解散か総辞職を選択しなくてはいけません。

日本国憲法第六十九条
内閣は、衆議院で不信任の決議案を可決し、又は信任の決議案を否決したときは、十日以内に衆議院が解散されない限り、総辞職をしなければならない。

大臣・委員会委員長・衆参議長への不信任案は69条のような法的効力はないため、可決されたとしても辞職が強制されるものではありませんが、憲政史上唯一大臣不信任案が可決された1952年の池田勇人国務大臣不信任決議案の例では、翌日辞職しています。

また、同じく唯一正副議長への不信任決議案が可決された1961年の例では、久保田鶴松衆議院副議長が即日辞任しています。


問責と不信任

「問責決議」と「不信任決議」の違いについても触れておきましょう。簡潔に言えば、不信任は衆議院、問責は参議院である、という違いです。

衆議院の多数政党が「与党」となり内閣を組織するため、基本的に不信任案は可決されることが稀ですが、衆議院と参議院の多数政党が異なる「ねじれ国会」においてはしばしば問責決議案が可決されることがあります。

内閣総理大臣の指名においては衆議院の優越が憲法上定められているため、内閣不信任決議案と内閣問責決議案は明確に違いがありますが、その他の大臣・正副議長・委員会委員長などに関しては不信任決議案と問責決議案に実質的な違いはありません。


不信任案の威力

冒頭紹介した山花貞夫議員による内閣不信任案の趣旨弁明は、結果的に「会派を超えて」賛同され、衆議院解散を導くとともに、細川内閣による55年体制の終わりの引き金となりました。

内閣不信任案が可決された例は、戦後2例しかありません。宮澤内閣不信任案と、大平内閣不信任案です。

大平内閣の政治が、この国民の求めているところにすべて逆行し、国民と全く離反した道を歩んでいることは、いまや明白となってまいりました。
すでに各紙の世論調査を見ましても、大平内閣の支持率は三割を切ってしまい、支持しないと表明する人の率は、過半数を超えているのであります。

大平総理、繰り返すまでもなく、あなたの政権に対する国民的基盤は崩れ去っております。この現実を率直に認め、私たちの不信任案の決議をまつまでもなく、みずから即刻退陣すべきことを最後に申し上げて、大平内閣不信任案の提案理由の説明を終わりたいと思いますが、どうぞ同僚議員各位の御賛同をここにお願いをいたす次第でございます。ありがとうございました。

飛鳥田一雄日本社会党委員長
昭和55年5月16日 衆議院本会議 内閣不信任案趣旨弁明

両例、共に衆議院解散を選択し、直後に選挙が起きています。宮澤内閣不信任案は結果的に政権交代に結びつきましたが、大平内閣不信任案は大平総理の急死により自民党がまとまった、という事情もあり、不信任案が可決されたにもかかわらず自民党の大勝という結果に終わりました。


そもそも、内閣不信任案が可決されるためには、少数与党という珍しい例(羽田内閣は一時期少数与党でしたが、不信任案より前に総辞職しました)を除いて与党が一定程度賛成しなくてはいけません。大平内閣・宮澤内閣の例でも多数の造反・賛成が出た結果可決されました。

これほど可決される例が少ないにもかかわらず、内閣不信任案はなぜ野党の「切り札」と言われるのでしょうか。

「伝家の宝刀?」「竹光?」

内閣不信任案は、野党政局、そして国会闘争の最大の山場とも言え、「切り札」「伝家の宝刀」と言われます。

これは、内閣不信任案が「先決事項」として、他のあらゆる議案よりも優先して採決されるからです。

内閣不信任案が提出された瞬間に、他のあらゆる法案審議はストップし、まず不信任案の採決が行われるため、それだけ国会の日程は逼迫し、野党側の日程闘争にとっては有利になります。

ただし、不信任案は会期中1度しか提出できないため、タイミングが重要です。安易に出してしまうと、野党はその後交渉のカードを失うことになります。


野党側が本当に止めたい、遅らせたい法案があるときは、内閣不信任案だけではなく、法案に関係する委員会の委員長や大臣など、関係しそうなあらゆる閣僚の不信任案が乱発されます。

他方、不信任案は「出すぞ」と交渉のカードに使われているときが効力を発揮するとも言われます。実際に総理を辞職に追い込むことができるケースは少ないため、実際に出されてしまえば「竹光(竹刀=真剣ではない)」と言われることもあります。

また、「とりあえず出しておくか」という感じで出される内閣不信任案は、「年中行事」と言われ、緊張感がない不信任案になってしまうこともあります。


「内閣不信任案=党首討論」?

内閣不信任案の趣旨弁明は、野党第一党の党首によって行われることが通例です。よって、実質的に与野党の党首による国家間や施政方針の演説の対決になることもしばしばです。

近年では、枝野幸男議員が第196回国会で行った不信任案の演説が憲政史上最長、ということが話題になりました。

政治の本質は、与党と野党の戦いではありません。それは、目的ではなく、あくまでも手段であります。権力闘争に勝つという目的のために、社会のモラルや秩序を壊してしまう。本来、民主主義の前提としてなされなければならない、国会でうそをつかない、国会には正しい文書を出す、情報を隠し、ごまかしはしない、こうしたことを壊してしまったのでは、国民生活の、より豊かな暮らし、生活をつくり上げていくという本来の目的に反することになってしまいます。
これ以上、目先の権力闘争ばかりを重視して、国民生活の将来に禍根を残し、うそやごまかしや開き直りを蔓延させてモラルハザードを生じさせれば、必ずや歴史に断罪されると私は確信をしています。

枝野幸男立憲民主党代表
平成30年7月20日 衆議院本会議 内閣不信任案趣旨弁明

民主党・鳩山由紀夫代表の不信任案趣旨弁明など、政権交代後を見据えた不信任案なども含め、与野党が伯仲となれば不信任案で何が語られるか、ということも注視されていきます。

これからも国会の攻防の中で不信任決議案は提出され、様々な形で趣旨弁明が行われるでしょう。不信任案は国会の花であり、最大の山場です。ぜひ与野党の討論に耳を傾けてはいかがでしょうか。


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