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雪の女王

執務室に使用している某ライブラリーから帰宅するには3通りあって、ひとつは日比谷線経由云々。もうひとつが渋谷までバス、さらにバスを乗り継ぐパターン。もうひとつは、大江戸線から云々。最後の大江戸線パターンが最短最速最安なのだが、滅多に選ばない。よっぽど土日など最終営業時間までライブラリーで根詰めて、帰宅する選択肢がないときにしぶしぶ使う。もっとも気に入りは渋谷までバスで帰ることだ。なぜなら、けやき坂をとおって西麻布を過ぎ、最後渋谷駅までの道のりになんとなく小さな旅感があって癒されるのだった。

今年もとうとうけやき坂のライトアップが始まった。これを車窓からゆるゆると眺めることも気に入りのひとつで、いかにもさむざむとした寒色系のブルーとシルバーの灯りが丁寧に樹々に施され、光のまたたく様子が非常に美しい。けれど、自分はけやき坂にこのライトアップが開始されて以降、とても長い間、この寒色系のライトアップが好きになれず、いかにも高慢ちきな冬の光に見えていた。クール過ぎてひとつのぬくもりもないからだ。

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ところが、本当に初めて今年、この灯りがとても心なぐさめ傷みにすーっと浸透するような美しさを持っていることに気が付いた。そう思える眼できらきらとさざめくこの並木道を通ると、ことのほか幻想的に映りこの世のものと思えないようなある種の神秘性すら感じるのだった。そうだ、あれに似ている。アンデルセンの「雪の女王」に。

もちろん、冬のイルミネーションをもっとも美しくする、凍えるような冷たい空気が足りていない。夜更けになるほどに、あの青い光が冴え冴えと冷えてきらめくのには、まだもう少し季節が深まらないとならない。

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