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愛しいものは、なんですか

 ピアノの音、花のすがしい香り、空気に交じる光の粒。誰もいない道でマスクから鼻先を出したときに感じる、季節の濃厚な気配と肺を満たす豊かな空気。
こんなに寒い朝であっても、光に空気に、ごまかしようのない春を感じてしまう。

 愛しいものは、なんですか?

 愛しいものに出逢えたら、認識するようにしている。「あ、自分はこれが好きなのだ」と。そうすることで特別になるからだ。愛しいものは増えたり減ったり、変わったりするので、そのなかでも長いこと番付を失わないでいるものは、自分にとって真のお気に入りなのだともわかる。たぶんそれが個性、自分だけの色になっていく。

房総の花畑から送ってもらったキンセンカ。元気になれる色がまぶしい

 日常のなかに、この愛しいものたちに出逢える瞬間を持てるようにしていくと生活はカラフルになっていく。カラフルな生活は生きることを支えてくれるものだ。生きるって大なり小なり厳しいもんで、かの芥川をして「生きることは息も絶え絶えの大作業」のような言葉を遺させるほどにハードなのだから、こまめに息継ぎして大海を渡れるようにした方がいいに決まっている。愛しいものは、息継ぎになる。顔を出して瞬間的に吸い込む空気が肺に満ちて、再び顔を海原に沈める勇気と思い切りさえ与える。

 愛しいものは、希望になる。

 心をわずかになごませるもの。癒すもの。ときめかせるもの。時には刺激となって胸をざわめかせるかもしれないもの。「たったこれだけ」というものではなく、生活のこまごまとすみずみに、あればあるだけ日々の希望になるだろう。そうしたもので生活を彩り、身にまとえば、愛しいものがくれる希望で、唇の端に微笑が生まれる瞬間もあるだろう。
 

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