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日曜の夜の望郷

ウィークデーを人並に過ごすことで息も絶え絶えな微弱体力者なので、週末の省エネぶりがすごい。そして何よりもの至福が「眠ること」として数十年生きてきているため、土曜日の屍感もすごい。今週は無理して週末仕事をしなくてもいい、久しぶりの開放感!きゃっはー!と思っていたら、役員から金曜日に月曜の役員会で使うエビデンス資料を集めるミッションがくだる。下々の者としてもちろん受諾しつつ、取り掛かるのは20時を目前とした日曜の夜だ。そう、わたしはそういう人間です。怠惰が服着てあるってる、そんな人間です。

しかも、家でやれば時間の節約もできるというのにわざわざ借りている執務室に出た。金曜日も在宅ワークで外出らしい外出をしなかった身体は、すっかり冷房で体温が固定されており、日曜の夕刻、まだ完全には夜のとばりの下りない日中の名残を色濃く残した外気が、思いのほか涼やかな風を吹かせていることに驚いた。アブラゼミの鳴く声と、家路をたどる家族連れ、のろのろと安全運転をキメるバスがいつかの夏休みの望郷を連れてくるようだ。

この数年は夏を憎々しく感じることしかできないでいて、それはひとえに生活の全体的な不満足によるものだったと思う。今日、ふと夕刻の外気を心地よく感じながら今年の自分は昨年とずいぶん違う場所にいるな、と思えた。そうしていつかの夏、年齢なりの等身大の悩みなど抱えつつも、家に帰れば母親の手づくりの食事やお風呂の順番で争う姉妹などとの暮らしが確かに在ったことなど思いだされ、「あの頃と何がそんなに違うというのだろう」と、自身の来し方など考えてみるのだった。

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