ひとさし指の世襲【春ピリカ2023】
ららぽーとに辿り着きたいのに、ひとけのない鳥取砂丘がどこまでも広がっている。
スマホの指紋認証が反応しないせいで、Googleマップは使えなかった。
待ち合わせ時間を忘れたのでどれくらい遅刻しているのか分からない。新品のマキシワンピースをたくし上げて大股で地平線めがけて突き進んでいるけれど、方角が合っているかも定かじゃなかった。
あたりは明け方まで春一番が吹き荒れていたのが嘘みたいな凪。砂紋がいちめん描きつけられた鳥取砂丘のあちこちに、鯉のぼりが突き立っている。
「地図あるわよ」
砂の上に紙を並べて正座する女に手招かれたので「ららぽーとどこですか」息急って駆け寄ると、並べられた白い紙に赤く印刷されているのは拇印だった。渦巻き型のものも、さざ波型のものも、どの模様もA4サイズの紙の中で生命力に溢れている。
「これ地図じゃないよ」
女に教えてやると「こいのぼりって、お母さんいないのよ」鳥取砂丘を面白そうに見晴らしながら言って、胸元からおもむろにラジカセを出す。
電源を入れると大音量でオールナイトニッポンのイントロが流れた。パーソナリティーが一言も喋らないせいで、今日が何曜日なのか分からない。
「でも、あかいのがお母さんでしょ」
私がつぶやくと、女がラジカセの音量を上げた。風もないのにむくむくと鯉のぼりが膨らんでいくので不安な気持ち。「これだれの」話題を変えようと並べられた拇印を指すと「全部コアラの」涼しい顔で答えながら、女が正座のまま両手を広げてサンバのリズムを刻み出す。
「ねえ、あかいのは、お母さんじゃないわよ」
笑いながら諭してくる、上半身だけ踊り狂っている女の顔に見覚えがあるような気がして「あなただれ」同じように砂に膝をついて正面からのぞきこむ。鳥取砂丘のそこかしこで、真鯉も緋鯉もサンバに合わせて、いかにも陽気にはためいている。
「わたしたち、そんなところにはいないのよ」
女が満足そうに微笑んだ瞬間、突風で拇印が巻き上がった。「わたしたちは、ものすごく、おおきいの」思わずつむった目を開くと声の主はどこにもいない。一枚残らず飛散した拇印に比べて、砂丘に刻み込まれた砂紋はびくともしないらしかった。
果てしない等高線みたいな砂のひだを眺めるうちに、女が誰なのかを思い出す。スマホの指紋認証画面を立ち上げて砂面にそっと触れさせると、電子音が短く鳴って、すんなりロックが解除された。
Googleマップで「ららぽーと」と検索する。経路の通りに砂丘を登りきると、海を臨んでまっしろなハマヒルガオの群生。指先がむず痒いので手のひらをみると、ひとさし指の先からも小さな花が咲きこぼれている。
「わたしたちは、ものすごく、おおきいの」
母の声を思い出しながら、海の向こうのららぽーとを見つめて指先に息を吹きかける。やわらかい風が鳥取砂丘を吹き抜けて、どの鯉のぼりもくつろいだようすで、健やかになびいている。
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2023.6.5 追記
読んでいただきありがとうございます。
こちらの物語で春ピリカグランプリに参加し、すまスパ賞をいただきました!
ピリカグランプリとは、小説・エッセイ・音声配信などマルチに活躍されているnoterピリカさん主催のnote内での小説グランプリです。
note利用者であれば誰でも参加できるグランプリで、参加作品は知見に富んだ9名の審査員の方々によって選考され、「個人賞」「すまスパ賞」が選出されます。
「個人賞」は審査員の方にとってのナンバーワン作品に贈られる賞、
「すまスパ賞」は審査員全員での投票により選出された作品に贈られる賞です。
この春開催された春ピリカグランプリには111作品が集まり、その中から「個人賞」「すまスパ賞」としてそれぞれ9つずつ作品が選ばれ、審査員の方々の心のこもった講評と共に発表されました。
私の作品は、猫田雲丹さんが講評してくださっています。
猫田さんは、さらりとハイクオリティな作品を(惜しげもなく大量に)公開されているnoterさんです。
こんな素敵な方からの講評、光栄の至りすぎます。
書かれているすべての言葉がスマッシュヒットしたため、「嬉しい」があっという間に許容量越えてサーバー落ちしてしまい、放心状態となりました。
いただいた言葉は心の中でずっと大切にします。
猫田さん本当にありがとうございました。
また、ピリカグランプリの受賞作はいぬいゆうたさんに作品を朗読していただけるという素敵な特典も!
いぬいゆうたさんは、YouTubeで青空文庫やnote作品をされているnoterさんです。むちゃくちゃええ声です。
ピリカさんを始め、運営にあたられた皆々様、とっても楽しいお祭りの開催本当にありがとうございました。
▼春ピリカグランプリ 個人賞
▼春ピリカグランプリ 全応募作品
▼いぬいゆうたさんの朗読