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8月のアボカド《 4 》

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スーパーマーケットで好きな場所は、野菜と果物の売り場、特に赤と黄色と緑のピーマンが並んでいるあたりがいちばんいい。

すべすべ光っていてカラフルで、撫でたり齧ったりしたら気持ちよさそうだといつも思う。
うっとりしていると知らないうちに立ち止まってしまっていることが殆どで、そんなときは、ずっと先の方を歩いているイズミを慌てて追いかけることになる。

イズミが緑みの残るアボカドを二つ手に取って比べていると、後ろから歩いてきた親子の子どもの手が、スカートをひらひらと撫でた。
スカートの裾が膝の裏を掠め、イズミは斜め後ろを振り返る。
目が合うと、小さくて丸い子どもの顔にえくぼが二つ現れた。

「あ、こら、お姉さんのスカート触らないの」

気付いた母親が嗜める。慌てて母親の後ろに隠れた子どもは、けれどイズミを見て微笑んでいる。

「いいんですよ、かわいいですね」

言いながら笑って、イズミは子どもに手を振った。
それから比べていたアボカドのひとつをかごに入れ、ひとつを棚に戻し、買い物のメモを開く。

今日なにたべようかー?

前を歩く、さっきの親子の母親の声に、イズミはふと顔を上げる。 

ハンマーグ。
え、またハンバーグ?
ハンマーグ、だいすき。
ママは今日おさかながたべたいなー…    

手をつないで歩いて行った親子の、会話はそこで聞こえなくなった。
メモをしまい、アボカドの近くに並んでいたトマトを三つかごに入れて、ナスをゴーヤを、丁寧に選んで、イズミは買い物を終えてスーパーマーケットを後にした。

大きな袋を片手に下げて、昼間の熱気の立ち籠める交差点まで歩き、横断歩道で足を止める。車の多く行き来する道路なので、青信号が短く、赤信号が長い。信号を待っているのはイズミひとりだった。

「きょう、なにたべようか」

大きな音を立てて、バスが横断歩道を通り過ぎる。
見上げると、イズミは正面を向いたまま、口元を少し綻ばせている。

「えー、またハンバーグ? 昨日もハンバーグだったじゃん」

さっきよりもはっきりと言って笑い、袋を持たない方の手を開いて、ほんの少し体から浮かせる。突然差し出された手に驚いて、握ることができずに、赤信号を見つめるイズミの顔をただただ見上げる。

「でも、いいよ。ママも、ハンバーグだいすき……」

イズミが自分の手の先へと、ゆっくりと目線を移した。
優しく和らいだイズミの顔。見えていないしここにいることを知るはずがない。思いながら、けれどイズミの手のひらに、そろそろと手を伸ばす。

瞬間、ビーッ!と大きなクラクションが交差点に響き渡り、黄色いタクシーがものすごいスピードで通り過ぎた。

イズミは反射的に顔を上げて、タクシーの後ろ姿を目で追って、それから開いた手のひらを閉じて腕をだらりと元に戻した。赤信号が青に変わる。イズミは何事もなかったように、いつもの帰り道を、いつも通りに帰ってゆく。

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