8月のアボカド《 7 》
「またアボカド?」
出勤前の一樹に笑われながら、イズミがアボカドをたっぷりのせたトーストをがぶりと頬張る。
先週からリビングに生けられている桃の花の、かたく瞑っていた蕾が解けて、枝先からほころび始めていた。
ソファーに置かれた、付箋のはみ出た育児百科。新品の腹帯。カウンターの籠の中には、今もアボカドが積まれている。
「姉妹って、変なところ似るからね」
トーストを皿に置いてパン屑を払い、この数日で急に膨らみ始めた腹に、イズミは両の手のひらを当てた。
「会いに行くのはいいけど無理するなよ」
「うんありがとう。新大阪まではハシジマさんが迎えにきてくれるって」
「スイちゃんがママとか、まだ実感わかないなぁ。お義母さんはいつまで大阪にいれるんだっけ?」
「昨日九州に帰ったよ。でも、ハシジマさんのご両親が近くに住んでるから」
「ああ、なら大丈夫だね」
無邪気に遮って安堵する一樹を見上げて、イズミは含み笑いながら、自分の腹をそっと撫でる。
「スイ、慣れない土地でほんと頑張ってると思う。ともだち全員から信じられないって言われてるらしいよ」
明るく言葉を続けたイズミの、包み込むような笑い声が響いて、ゆっくりと僕はまぶたをひらく。
ここで聞こえる音の中で、笑い声がいちばんいい。
気持ちがいいので勢いをつけて思いっきりでんぐり返って、いつか触ったふくふくした白い手を思い出しながら、イズミの腹を強く蹴る。
側で過ごしたことをきっと忘れる。
全部忘れて、今度は生まれる。
生まれたら、いちばん始めにイズミの名前を強く呼ぶ。
それから全部の力を使って、イズミをぎゅうと抱きしめる。
(了)
ヘッダー画像はMelemさんの作品を使わせていただきました。
ありがとうございました!
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