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【紹介】ちょこっと近代日本文学系譜

 前回の武者小路実篤『友情』の終わりに、さくっと近代日本文学の系譜のようなものを話したので、ここに残しておきます。私の覚えている範囲で、かつ細かいことは端折るので正確性にはかけるかもしれませんが、その点はご容赦ください。

 若き日の森鴎外が軍医として赴いたドイツで吸収してきたのがロマン主義と呼ばれる、美や善といったもののを誇張し、輪郭をはっきりと描くスタイルでした。ところが、19世紀の終わりから20世紀の初めごろに活躍したフランスの作家、エミール・ゾラ(有名な作品は『ナナ』や『居酒屋』など)はロマン主義から脱却し、庶民の喜怒哀楽をありのまま描く自然主義と呼ばれるスタイルを主張しました。それに強く影響を受け、日本に輸入したのが翻訳家であり小説家である坪内逍遥(シェークスピアなどの翻訳を手掛けています)であり、著書『小説神髄』の中でロマン主義に見られる陳腐な勧善懲悪(人間はそんなに単純じゃねえよ!)を否定し、人間の本質を描こうとする写実主義を主張、その後二葉亭四迷らがこのスタイルを確立しました。この写実主義というのは、ロマン主義からの脱却という意味合いでは西洋の自然主義とほとんど同じですが、この後日本国内で広まった自然主義は西洋でいうそれとは若干毛色が違いました。たとえば、自然主義作家として田山花袋が有名です。彼の代表作である『蒲団』では、私小説的に「内情を赤裸々に描く」といった意味合いが含まれていました。これはどちらかといえば、西洋のロマン主義の系譜にあたり、国内の自然主義と区別するために写実主義という呼び分けをしている感じです。そんな中、夏目漱石や森鴎外にはじまり、谷崎潤一郎(耽美派)、芥川龍之介(新現実主義)らが(国内の)自然主義を否定する反自然主義と呼ばれる潮流を生み、また1910年から1920年ごろにかけて大正デモクラシー(普通選挙制度や男女平等を主張する運動)が盛んになった流れを受け、人間の個性や自由を尊重するスタイルが流行り始め、その亜種、と言っていいのかは微妙ですが、武者小路実篤と志賀直哉を中心に発足した白樺派は人間の持つポテンシャルを描く理想主義・人道主義・個人主義というスタイルを主張しました。

 ……こんな感じですかね。
 また別の作品を紹介したときに思いつきで詳しくやるかもしれません。

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