障害者施設でもいじめられる

3歳半から、療育だけに絞って

毎日、療育に通った。


双子ちゃん達は、

猛烈にパニックを起こす毎日で

自分だけでは、どうにもならなかった。


言葉も、一旦ほとんど消えて

急に壁を向いて、話したり

食べ物の何かに反応して

急にパニックになって泣き叫んだり

夜中も、二人で飛び回って、寝る気配がなかった。


それでも、療育の施設は

むしろそういう子ばかりで

責められることもなく

安心してきていた。


頭を打ちつけたり、双子で激しい喧嘩をしたり

他害や自傷もあった。


そんなある日、

先生から電話があった。

「首に跡があるんですけど???わかります??」

驚くほど、怒っていた。


その声に、びっくりして怖くなってしまい

あまり話せなかったが

それから日々、虐待を疑われ

ちょっと青タンがあると、すぐに電話がかかってきて

怒られる。


扱いも、段々とおかしくなっていった。


その先生や、リーダーの先生の態度がおかしい。


なんとか、二人を私から離そうとした。

施設に泊まるようにしつこく迫ったり

私が抱っこしないように、遮っても取ろうとする。


その度に、殺気を感じるのか

うちの双子ちゃんは、その先生が近づくと

パニックを起こして泣くようになった。



うちが、生活保護家庭だとはもちろん知っているが


冬に

「明後日、プールなんですよね〜。水着、買ってきてもらえます?」

と、それは、意地悪な表情を浮かべたり


検査に、連れていってもらう手伝いを頼んでいたのに、急に当日に

「ちょっと〜、手違いで〜、行けなくなったんですよね〜。」言う。



私が少し出かけると言った日は、

わざわざ、電話をかけてきて

「なんか〜、ちょっとうんちが柔らかいんで、病院に今、連れていってもらえます?」と言う。

下痢かと、聞くと違うと言う。


そんなことばかりで、とても切なかった。


それでも、子供のためと

療育を続けた。



そこからの紹介で障害のある人の相談室に行ったものの、

先輩お母さんだけで構成されており

ずったぼろにいじめにあった。



私には、仕事を与えず、

何もない端っこに8時間、いさせられたり

数人で、

「生活保護の奴らなんて、ダメだよね〜。」と笑ったり

「そんなに給料をもらって、申し訳ないと思っておきなよ。」と笑われる。


自分が、性被害にあった話をすれば、

それからしばらく、性の話ばかりする。


仕事を、なんとかもらうと

子分みたいな女が来て、

全ての資料を持っていって

また机の上に、何もない状態にされ

8時間、座っているだけの刑に合う。


それでも、なんとか

生活保護を脱して、

自分の働きで子供を育てたく

ただ、黙って堪えていた。


すると、段々と自律神経が崩れ出し

耳鳴り、めまい、頭痛が激しくなり

ついには、倒れて意識を失った。


立っていて、いきなり意識がスーッと消えて倒れることが増えた。


ある日も倒れて、全く動けなくなっていき、

自分でタクシーを呼ぶと、

病院に着く頃に、体は動かなくなり

声が出なくなった。


そのまま、救急車で運ばれた。


検査の結果は、脳には異常がなかった。


どんどん寝込むようになり

仕事にも行けなくなってしまった。



それでも、なんとか体調を回復させ、また働こうとしてしまったが

会えなく、上の人に辞めるように言われた。



園長も、「何?弱いわね!」と言ってきたが

とても違和感を感じた。


いじめられた人間を責めると言うのは、切ないものだと思う。



その後、1年半くらい体調が悪かったが

その頃は、自分でヨガをしてみたり

深呼吸をしたり

食べ物を改善したりする術を分かり始めていたので

また回復することができた。


また懲りずに、保育園のボランティアをするものの

残念としか言いようのない現実。


やっと笑った子供に「うわ!気持ちわる!」と罵倒するような人が

その時のトップで


私は、割と子供に人気だったからか、

私まで、その罵倒の対象になり出した。


今回は、学習していたので

すぐに辞めた。


そして、また働くが

1年ちょっと経って、クラスが変わると

また、いじめモードになり始め、

私と一緒にいた子供まで巻き込まれたので

すぐに辞めた。



残念ながら、人は

どんなに仕事ができようが、

誠意を持っていようが

気に入らなければ、意地悪をしてストレス解消をする。




私は、いじめられたらすぐに、その場を立ち去るというスキルを

46歳でやっと身につけた。


多くの人の中にいたこの6年間で

最終的には、

いじめる人はいじめる。

いじめない人は、どんな人にもいじめない、それがよくわかった。


そしてこのような集団で仕事をする場所では

多くの人が、とりあえず一緒になっていじめるか

関わらないようにみないフリをする様子も、

客観的に見ることができた。



ちなみに私も、発達障害の検査をして

障害があると判断された。


先生は、

「あなたのような生い立ちのひどい人は
発達障害と同じような症状が出ることもありますよ。」と言ってくれて

自分の苦しみの原因の一つが

わかったような、

わかってもらえたような気分になり

少し、スッキリした。


感覚過敏が、ひどいことや

HSPであること、エンパスでもあることなど

この6年は自分を知る修行のような期間だった。



今となっては、ここのことは

何も思っていない。


多くの職員やバイト、家族が

色々な問題、障害を抱えていた。


虐待や、性被害に遭っている人も多かった。


多くを知れて、本当に良かったと思う。




私を虐待親だと疑った職員も発達障害
だったし

ここの施設で多くの虐待が発見され

本当に、首を絞めた親もいたようで

職員は、なんとか虐待を暴いて

子供を助けようと思ったのだろうなと思う。


その人に6年無視されていたのは、本当に残念で嫌だった。


他にも、子供をかなり押さえつけて

ゲラゲラ笑ったりする職員に

悩んで、

「もう少し、子供に優しくしていただけないでしょうか。怖がっていて。。」と

つい言ってしまった時も、


その後、激しい職員の無視、嫌味、子供への暴言が1年続いてしまった。




一番に不味いのが、

その状態を我慢しようとする自分なのかもしれない。


本来なら、そこまでされたなら

訴えるなり、

辞めるなり

色々できるのだ。


私は、ただ、自分のせいかもしれないと

その時、まだ耐える自分だったから、

いじめがいつまで経っても、やまないというのは

大いにあると思う。


なんせ、今は、全く耐えることがなくなったから

ひどいことは、法律相談をしたり

解決に向けて動けるようになってきている。




47歳。

それは、周りから見ると

すごく遅い。


何も知らずに、誰にも手を伸ばしてもらうこともなく

よく、生き延びられたなと思う。

そして、案外強いのかもしれない自分を

今は、出来るだけ褒めて過ごしている。

何よりも、子供たちを育てるために

ひたすら、頑張っていると

今、自分を認めてきている。


子供たちの状態もどんどん良くなって

毎日、なんとなくではあるが

しあわせを感じている。


お金がたくさんあるわけでも

健康で、なんでも出来るわけではない。


ただ、自分の中に

何かしあわせがある。




この、子供達が6歳ごろから2年間くらいで

私の性被害への進歩の扉が開くことになる。

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