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彼のせいじゃない

昨晩、彼がため息をつきながら帰って来た。私が何か聞く前に話しはじめたので、よっぽど吐き出したかったのだろう。

「20代の若いお客さんが亡くなった。これで、俺が店長になってから3人目だ」

前の私だったら、彼を積極的に慰めようとするあまり、しつこく優しくしたり、温かいお茶を淹れたり、無理に吐き出させようとして話を聞き出そうとしたり。とにかく、余計なことをあれこれしたと思う。彼のせいじゃないよ、と何度も言ったり。

でも、昨晩の私は、やりすぎないように我慢をした。彼が自分から話すことだけを聞いて、返して。私の友人が、前に、彼の店のことがSNSで話題になってるって話してくれたときのことを話した。

彼の売っているものは、楽しくてかっこいいものでもある一方、買った人の使い方によって、買った人の命や誰かの命を奪いかねない危険なものでもある。

以前、友人が「Kさんがお客さんに、買ったものの特徴を説明してるところと乗る時の注意をとても丁寧に教えてるところ、動画で上がってたよ。めちゃくちゃバズってるとかではないんだけど、この辺りのその趣味界隈の人達にはすごく信頼されてるんだね」と、言ってそのURLを教えてくれたことがあった。

その動画を撮ってアップしていたお客さんが女の人(しかも若くて可愛い!)だったので、私は彼を誉めちぎった後で少し嫉妬して「友達が教えてくれたんだけど。あんな可愛いお客さんも来るのね」という言い方をしたけれど。本心では、やっぱりうれしかった。

私は、彼がひたすらに優しく誠実で、命を尊ぶ人であることを、多分、彼のお母さんの次くらいに理解している。

だから、お客さんが亡くなったのは、彼のせいじゃないよということだけは、彼に間違いなく、確実に真っすぐ伝えたかった。

それでも、彼はずっと辛そうで、寝る前まで「今日は気持ちが重い」と言っていて、今朝もいつも以上に起きにくそうにしていた。

人が1人死ぬと、血縁のない人でも、友達でもない場合でも、誰か、傷ついたり落ち込んだりする人がいる。

彼はいつも「楽しく安全に乗ってもらいたい。けがや死とは、一切縁のない楽しみ方をして欲しい。それだけを切に願って売ってるし、お客さんに手渡す前には、何をすると死ぬか、何をしないと死ぬかをきっちりと話すようにしてる」と言う。

同時に「それは、売る側の『俺のため』でもあるんだよ。むしろ、そっちの割合の方が大きいかも」と彼は自嘲気味に言うけれど、私は知ってる。彼は、誰かと向き合うとき、常に自分を優先せず、目の前の誰かを優先する。自分を二の次にする。

だから、若くして亡くなられたお客さんは気の毒だと思う。本当に思う。けれど、彼の手を離れた物をどう扱うかは、もうお客さんと運次第であって。そのお客さんの死は、彼のせいではないんだよと、どうしても思ってしまう。

仕事では「余計なことを聞かない」「詮索しない」が、ほどほどにできる私でも、彼のこととなると一気にポンコツになる。

できるだけ、昨日は彼に話しかけないよう、いつも通りの私を心がけていた。でも、翌朝、気づいたらお弁当に彼の好きなおかずばかり、みっしりと詰め込んでいた。思えば昨晩も、寝る前、執拗に頭をなでていたような気がする。

大事な人が弱っているのに特別なことをせず、ただ見守るとか待つというのは、本当に難しいことだと思う。

前職で、子どもたちが傷ついているとき、話をじっくり聞いたり、抱きしめたり、手をつなぐことは実際に効果があるというのは実感したけれど、それで傷が完璧に癒えたり、寂しさが完全に消えるわけじゃない。あくまで「紛れる」程度のもので、一時的な意味と効果しかないように感じた。

最後の最後の、一番きつく辛い部分は、誰もがいつだって自分で乗り越えるか、飲み込んでいくしかない。アニメや映画と一緒で、大事な場面では自分というものが試される。

彼は、また乗りこえていけるだろうか。


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