『動く指』アガサ・クリスティー「火のないところに煙は立たぬ」の無責任さ

アガサ・クリスティー『動く指』読みました。
早川書房クリスティー文庫37の高橋豊訳です。

『動く指』


マープルものですが、主人公はとある青年。
青年が傷を負って、妹とともに静養のためとある田舎の村に来たところからはじまります。

ところがある日、差出人不明の中傷めいた手紙が届き、噂によると村中で手紙によるいたずらが横行しているそうな。
内容は受取人の不倫を疑うなどゴシックめいたものばかり。
このゴシック、実は嘘なんですが、ここは田舎、そういった手紙の内容はあっという間に広まってしまって、そんなことあるわけないと思いつつも「火のないところに煙は……」という諺に引っ張られてお互いの疑心暗鬼が深まっていきます。

単に誰かがいたずらで、でたらめな手紙を送りまくっているんだろうという推測が立ちますが、それと同時にとある懸念も。

でたらめが、たまたま当たってしまったらどうなるのだろう……。

というところで、自殺が発生するわけです。


アガサ・クリスティーといえば、『ABC殺人事件』『オリエント急行殺人事件』『そして誰もいなくなった』あたりが有名で、本作『動く指』はどちらかというとマイナーです。

ですが上記のあらすじを見ていただいてもわかるとおり、
・田舎町に住む多様な人物
・それらが織りなす複雑な人間模様
・傷を負った主人公という明らかなラブロマンスの伏線
と、アガサ・クリスティー感あふれる設定なわけです。
アガサ・クリスティー、特にマープルものといえば、人間関係を丹念に紐解いていきその中から犯人をあぶりだす、というのが魅力ですからね。

『動く指』は田舎町ということもあって、なかなか一癖も二癖もある登場人物ばかりで、ぴったりということです。

まぁ、マープルものといいつつ、マープルが出てくるのはラスト1/4くらいで、ほんのちょっとだけですが……笑


そういった人間模様の面白さとともに、このお話には「火のないところに煙は立たぬ」という文言が何度も登場します。

手紙によってでたらめな噂を吹聴されるわけですが、それによって別れてしまったカップルや、仕事を追われたお手伝いさんなどもいるわけで。
でたらめなのに、でたらめとわかっているのに、「火のないところに煙は立たぬ」精神によって、単に中傷を受けた以上の被害が出てしまう。

ひどい話だな、可哀そうな話だな、と思いつつも、SNSやネットの恩恵を受けている現代では、決して他人事ではない話なんですよね。

70年も前に刊行された作品ですが、現代にも通じるテーマ性を持った一作。


でたらめなのに、火のないところに煙は……とあらぬ被害をこうむった人。

そのでたらめがたまたま的中してしまったらどうなる?


いやはや。
噂もほどほどに。

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