君が為シリウスは輝く 第11話

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「みんな、揃ってる?」
「シリウス、何があったんだ」
「わたしたち、どうしたらいいの。こんなのはじめてで」
「落ち着いて、ふたりとも」

 シャウラとスピカの不安をなだめる。アークとナオスは奥にいる。

「すいません、遅くなりました!」
「通信は」
「いまから」

 間を置かずレグルスとシェダルも入室。
 αの全員が揃った。中央のテーブルに備わったパネルを操作して連絡を取る。

「ブリーフィングルームよりアルマへ。アステリズムα揃いました。待機します」
〈あぁ、そうしてくれぇ〉

 流れてくるねっとりした声。数時間前と比べて息が荒い。よほど急いだんだろう。

「カフ、警報は本当なの? ORDERは正常?」
〈正常も何もORDERにばっちり敵が映ってるよぉ。メインもサブも問題なしだ〉

 アルマの全システムを管理しているのがカフだ。戦闘のオペレーション歴も長い。

〈ミモザも見えてるよねぇ〉
〈もちろん、ちゃんと見えてるわよ〉

 ハスキーな女性の声が答える。ミモザもオペレーションの補助をして長い。
 カフとミモザが言うのだから疑いようがない。

「じゃあ、奴らが近づいてるのは本当」
〈もうちょっと待ってくれぇ。βと同期が済んだらそっちにもORDERを送る〉
「わかった。お願い」
〈シェアトよりアルマへ。システムの起動を確認。発進シークエンスへ移行〉
〈アルマよりアステリズムβへ。発進許可〉
〈プルケリマ、先導します〉

 別の通信が飛び込んできて、同時に地響きのような揺れ。
 オケアノスの群れが立てる足音。

〈アルマよりアステリズムβへ。ORDERのデータを送るから確認してくれぇ〉

 しばらくしてテーブルのうえに緑の半球が浮かぶ。
 球面には白いもやがぼんやり窺える。確かにヴァスィリウスの群れだ。

「本当に、映っているのですよ」
「敵影……」
「さっきの馬鹿でかい奴……じゃなさそうだよな。シリウス、何かわかるか?」
「これだけじゃどうにも。こんな短い間隔で奴が来るなんて記録には残ってないし」
「忘れているだけじゃないのかい」
「シリウスにそんな言いかたないんじゃないの」
「それは……」
「ナオ、ベル、やめろ。こんな非常時に」
「そ、そうだよ。アーくんの言う通り、ね? ひとまず落ち着いて」

 全員が浮き足立っている。通常の襲来は二週間に一回のペースだから、いくらなんでも間隔が短すぎる。さっきの巨大なヴァスィリウスのこともある。イレギュラーが多すぎてどうしてもピリピリしてしまう。体のなかからこぼれてくる震えを発散させるには、何か話しておくしかないような雰囲気だった。だからどうしても険のある言いかたになってしまう。
 こんなときにはやっぱり頼るしかない。その名前を呼ぶのに少し喉が詰まりそうだったけれど、どうしても彼女の存在が必要だ。

「レグルス、どう思う?」

 レグルスの肩がぴくりと揺れた。さっきの説教もあるから流暢にとはいかないだろうけど、レグルスなら助けてくれるはず。
 目が合う。頷き合う。

「わたしもシリウスと同じだ。こんなことははじめてだし、何がどうなっているのかよくわからない。だから、シリウスが決めてくれ。指揮官として」

 そのひとことが、わたしの指示に重さを与えてくれる。嬉しかった。

「わかった。みんな聞いて」

 全員の意識がわたしに向いていることを確認して続ける。

「今回の襲来でいちばん大きなイレギュラーは前回の襲来から数時間しか経ってないこと。ふつう奴らの襲来は二週間に一回だからね。二週間っていうのはヴァスィリウスの生物的な習性なんじゃないかって言われてる。でも逆に言えば、奴らだって一応は生物なんだから多少のイレギュラーはつきもの」
「こういうことが前にもあったのか?」

 とアーク。

「さすがに数時間なんて短い間隔の襲来はデータには無いけれど、一週間とか十日とか、二週間の周期からはずれたイレギュラーな戦闘は幾つかデータにも残ってる」
「その戦闘って、どんな感じだった?」

 スピカがちょうどいいところを訊いてくれる。
 スピカとアーク、息がぴったりなんだから。

「ごくごく小規模、普段の十分の一程度の群れだったみたい。今回の敵影も――」

 ORDERをちらりと見て、

「そこまで大きくないみたいだしね」

 刺々しかった室内の空気が丸みを帯びる。

「それじゃあ、そこまで不安になる必要もないってことですか?」
「気を抜くな」
「す、すいませんっ」

 いちばんほっとしているのはのシェダルかもしれない。
 デビューして早々こんな経験をしてしまうのは、運が良いのか悪いのか。

「イレギュラーだけど出撃するのはβだから、いつも通りの要領で待機しておいて」

 そう指示すると、みんなの表情も少しだけ和らいだ。
 真っ暗なところに光が灯るとほっとするみたいに、どうしてよいのかわからないときに指針を与えられると安心する。無駄に焦ったりイライラしたりして体力を消耗することもなくなる。
 これも、指揮官の役割のひとつ。ちらりとベルを見ると、口元を緩めた。

〈よし、きみたち。予定外の出撃だが、いつも通りに行くよ〉

 ちょうどポジションの指示が終わったらしい。つい二週間前とは正反対のお気楽な声で、シェアトがパイロットたちを鼓舞している。シェアトも、いつも通り、と言っていた。こういう非常時こそ、いつも通りが大事だということ。

〈ぬかっちゃだめだからね!〉
〈〈〈おぉー!〉〉〉

 わたしたちアステリズムαとはまた違ったにぎやかさ。散々わたしに嫌味を言ってきたあのシェアトが指揮官だというのに、それについ二週間前戦死者を出したばかりだというのに、これだけにぎやかになれることが不思議で仕方ない。

〈深追いはしないように。そうそう、シリウスも聞こえているんだろう。安心して待機しておくといい〉

 シェアトの挑発めいたひとことにいらっとした瞬間、一段と大きく揺れた。

〈アルマよりアステリズムβへ。注水終了。ハッチオープン〉
〈全機散開〉

 発進シークエンスが終わって、戦闘準備が整えられていく。

「シリウス、シェアトと何かあったの?」
「ううん、この前ちょっと話しただけ。気にすることないよ」
「そう」

 ベルのひそひそ声がよく聞こえる。
 アルマの屋上でオケアノスが歩き回っているとは思えないくらい静かだ。それくらい丈夫じゃないと、戦闘には耐えられないんだろうけれど。

〈しかし……これは妙だな〉

 不穏な空気が流れたのは、シェアトのひとことがきっかけだった。

〈言われてみれば確かにそうだわ。なんなの、これ〉
〈こんなの見たことねぇな〉
〈俺もだ〉

 アステリズムβの全体通信が、にわかに色めき立った。

〈どうしたんだい、シェアト〉
〈カフ、見てくれ。敵の速度が速すぎると思わないかい〉
〈なるほどぉ、確かに……〉

 わたしもORDERを注視した。シェアトの言う通りだった。
 空気が再び険しくなるなか、シェダルひとり戸惑っている。

「あの、すいません。何がおかしいんですか……?」
「よく見てみろ」
「え、えと……」

 ORDER上では、普段より明らかに小さな塊が突き進んでいる。

「考えてみて。出撃がほぼ完了したっていうのに、敵影はどこにいる?」
「もう五キロ……。前回は出撃が完了した時点でもっと近いところにいました」
「ORDERの有効半径と奴らの速度は?」
「半径は二十五キロ、巡航速度は六十キロだから……通常通りなら十キロ地点にいるはず。それなのにもう五キロの地点ということは、いつもの奴らよりも速い……」
「そういうこと」
「でも、普段の戦闘でも六十キロ以上で泳ぎますし、たまたまじゃないんですか?」
「そうだといいんだけどね」

 果たしてどう言えばいいかと考えていたら、

〈きみたち。敵は新種の可能性がある。充分注意するように〉

 シェアトの指示が入った。承諾するアステリズムβの面々に交じって、

「新種、ですか……」
「群れが通常の巡航速度より速く泳いでいる理由は考えなくちゃいけない。たまたまっていうのがいちばんありがたい答えで、ありがたくないのが新種っていう可能性」
「ついさっき巨大な奴が出てきたところなのに……」

 人類が奴らと戦えているのは、これまでの膨大なデータや知識、経験の蓄積に依るところが大きい。戦術も兵器も、すべてはそういった蓄積のうえに成り立っている。
 新種が現れたとして、そして、これまでの蓄積が役に立たない相手だとしたら。
 それでも、戦って勝利をもぎ取らなければ人類に未来はない。

「そもそも習性が違うかもしれない時点で、ある程度の心配はしなくちゃいけない」

 イレギュラーな状況においては、落ち着かせることが大事なら、緊張させることも同じくらいに大事。安心させるようなことを言った直後でもどかしいけれど、バランスはとらなくちゃいけない。

「性質が違えばいままでの戦いかたが通じないかもしれないから……」
「そう。すべては、初撃がどういう結果になるか」

 敵は射程のすぐそこまで来ている。

〈さぁ、早く終わらせるぞ。レーザー発射!〉

 シェアトの号令とともに、五つの光が放たれた。ORDERにも白い軌跡が走る。

〈直撃!〉

 叫ぶルケ。
 レーザーのタイミングは完璧だった。普段とは敵の進攻速度が違うにもかかわらず、充填率も充分。シェアトの読みには文句のつけようがなかった。直撃を食らった敵集団は大いに混乱し、ORDER上の影もその動きを乱す。

 かに思われた。

「……あれ」
〈おや〉

 わたしとシェアトの声がかぶってしまった。嬉しくない。

〈消えたの? これだけで?〉

 今度はルケ。それ以外の全員はぽかんとしていた。何かに化かされたようだった。
 初撃だけで敵影は完全に消え去った。
 普段は二、三十分続くような戦闘が今日は、イレギュラーとはいえたったの数秒。

〈カフ、OLVISやORDERに異常はないのか〉
〈OLVISまではわからないけどねぇ、ORDERは異常なしだよ。メインもサブも綺麗さっぱりさ〉
〈全機、OLVISを徹底的に確認だ〉
〈ORDERの信用はなしかい〉
〈仕方ないだろ〉

 通信から聞こえるシェアトの声も、わずかな驚きを除けば戸惑いが強かった。
 それから数分に渡って索敵が続けられたものの、深海魚一匹発見できなかった。

〈……戦闘終了〉
「……わたしたちも、あがりましょう」

 戦闘態勢が解除されたものの、喉の奥に何かが突っかかったように気持ち悪い。
 あれだけ警戒したのにこれじゃあ肩すかしもいいところ。いや、本当はそれでいい。無事に戦闘が終了したということなんだから。みんなが無事なら警戒しすぎるということはない。

 でも、これでいいんだろうかという思いは拭い去れない。
 すがるようにベルのほうを見ると、ベルも曇った表情で見返してきた。

「シリウス」

 そんなわたしたちの不安を汲み取るように、レグルスが声をかけてくる。

「どうしたの」
「変な感じがするんだ。全身がぴりぴりすると言うか」
「ぴりぴり、って、しびれてるとか、そういうの?」
「いや、違う。肌が揺らされてると言えばいいのか」
「地震……じゃないか」

 そんなことが起こればすぐにでも警報が鳴るはず。つまりこれは、レグルスの感覚が何かを訴えようとしているのかもしれないわけで。

「ぴりぴり……そうだ、ベル。ベルは何か感じない?」

 訊ねるとベルは、浮かない顔で天井のほうを向いていた。ゆっくりと視線を滑らせながら、んん、と疑問にまみれた声を漏らす。わたしは確信めいたものを抱いた。

「それなんだけど、耳鳴り、みたいなのがしてるような気がする」
「わかった。ありがと」

 わたしはテーブルに戻って通信を入れた。
 まだ終わってなんかいない。


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