君が為シリウスは輝く 第14話

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Guidance is internal.

17

「ベルは、大丈夫なのですか?」
「うん。疲れて寝ちゃったけど。そっちのほうは?」
「シェダルがダウン。ナオスが荒れてる……」

 自室から出ると、ウェズンとアナがいた。
 α全員が休息を指示されているけれど、そう簡単に休めるような気分ではない。

「ふたりはどうなの?」
「わたしたちは大丈夫なのです」
「ん」

 声に元気がないのは明らかだった。

「わたしたちのことよりシリウスのほうこそ、休んだらどうなのですか」
「健康第一」

 それなのに気を遣わせてしまっている。シェダルは当分復活できそうにないし、シャウラとナオスも大変そうだし、何よりベルは心に深い傷を負った。三人がいなくなって、αはこのザマだ。
 どうやったらαを立て直せるんだろう。わからない。レグルスも、アルも、スピカもアークもいなくなって、わたしはどうしたらいいのかわからない。結局あの四人のことを見ながら、指揮官としてやるべきことを探していたのかもしれない。

 そんなわたしに、指揮官を続けることができるんだろうか。
 次期艦長という立場にいていいんだろうか。
 悩んだところで、わたしに選択肢なんてないんだろう。

「わたしも大丈夫だよ。それよりやらないといけないことがあるから」
「こんな状況でシリウスはまだ何かやらないといけないのですか」
「ウェズン」
「あ……ご、ごめんなさいなのです」
「ううん。心配してくれてるんだもんね」

 ウェズンの黄色い頭と、アナの赤い頭をくしゃっと撫でる。あたたかい。けど、物足りない。もっとほかに、前に進んでいると実感できる何かがないと、わたしのなかがどんどん空っぽになっていきそうだった。
 とはいえウェズンの言う通り、いまできることは少ない。屍の調査はもう少し時間がかかるだろうし、新種と思しき奴らの情報がないなかで戦闘データの分析をやっても意味は薄い。

 またトレーニングルームでも行くか。

「じゃあ、わたしはそろそろ行ってくるから。ふたりも寝なよ」
「はいなのです……」
「あ……」
「え?」

 背後にナオスがいた。

「呑気だな。三人も見殺しにしといて、のうのうと生きているんだから」
「ぐっ……」

 いきなり襟元を掴んで壁に押し付けてくる。カイメンの緩衝剤に背中が沈む。

「シリウス!」
「ナオス、それはダメ――」

 割って入ろうとしたウェズンとアナを手で制する。

「ずいぶん乱暴」
「どっちが乱暴なんだよ。あんな滅茶苦茶な指示、僕は聞いたことがない」
「どこがどう滅茶苦茶だって言うの」

 いくら緩衝剤が受け止めてくれるとはいえ、鎖骨の根元に鈍痛が走る。

「三人を見殺しにしたことだよ。あの状態でどうして出撃しなかった。どうして艦長の命令なんかに従ったんだ!」
「艦長の命令が正しかっただけ。アークは接近に気づけなかった。スピカですら押し切られた。レグルスでもあんなに苦戦してた。敵の数だって未知数だった。あのとき準備が整っていた六人の戦力で、どれだけ役に立てると思う」

 楽だ。
 わたしの判断じゃないから。艦長が言っていたことを翻訳しているだけだから。

「そこを指揮でどうにかするのが指揮官の仕事じゃないのか!」
「最悪のパターンを想定するのも指揮官の仕事だけど」
「三人が死んだのは最悪のパターンじゃないのか!」
「あなた、そんなに優しかったっけ」

 ひきつったように喉を鳴らすナオス。展望室の窓みたいに、紺色の瞳が真ん丸だった。そういえば展望室はどうなったんだろう。窓が割れたし、修理する余裕もないだろうから封鎖かな。そうなったら、少し寂しいな。ベルとふたりになれる場所が減っちゃう。

「三人も減ったんだぞ、αのこれからはどうなるんだ! 誰が指揮官になったってこの戦力じゃ奴らの襲来に対応できないじゃないか!」
「ほら、ボロを出す。自分が指揮官になったときの心配をしてるだけじゃない」

 今度は口角を不自然に盛り上げる。図星らしかった。ナオスの右腕が上がる。さすがに人に殴られるのははじめてだ。どれくらい痛いんだろう。不思議と笑えてくる。

「この人殺しが――ッ」

 目を瞑るのは何となく嫌だった。でも、万が一目に当たったりしたらちょっとやばいかな。ケガで視力が下がるのは避けたいけど。いざとなったらナノパッチで治るだろうか。

「いい加減にしろ、ナオ!」

 振りかぶったところで、その腕はとまった。シャウラがしがみついていた。

「シャウラ、どうしてとめるんだよ!」
「こっちのセリフだよ! どうしちまったんだナオ、シリウスから離れろ!」
「シャウラこそどうしたんだよ、やめてくれ!」
「しつこいぞ! シェアト、そっち頼んだ」
「わかったわかった」

 シャウラとは反対側から針金みたいな指が伸びてきて、わたしの襟元に絡まっていた強情な指をほどいた。

「シェアト……なんで」
「シャウラに呼ばれたんだよ。ほら」

 面倒臭そうにナオスの腕を放り投げる。支えを失ったナオスの体はシャウラに受け止められた。その体勢のまま次はシェアトを睨む。
 襟を正しながらも、うんざりした。男同士の喧嘩なんて趣味じゃないものを目と鼻の先で繰り広げられるとたまったもんじゃない。

「なんで邪魔するんだよ」
「きみが訴えているのは理想論だ。理想通りに事が運ぶのがいちばんいいのは当然だし、だからこそ理想論を掲げる人間は必要だ。だが、シリウスの判断は正しかった。これは現実だからだ。現実である以上、現実を優先したんだ、シリウスは」
「お前には関係ないだろ、αの問題だ。βの指揮官が、知ったような口を利くな」
「アルマ全体の問題だ。それすらもわからないのなら休め。きみの判断力と思考力はだいぶ落ちている。感情論に流されているだけかもしれないが」

 当のわたしはそこまで考えてなかったけどな。鼻で笑いたくなった。

「納得できるか。シャウラはどうなんだよ。アナとウェズンは、それでいいのか」

 みんなから罵られる覚悟はできている。
 誰も答えない。ある意味それは、答えを物語っていた。
 けれどもナオスは業が煮えたぎっているのか頬が震えていた。

「ベルとシェダルがどれだけ傷ついていると思ってるんだ」
「ベル……?」

 そうだ、ベルはどう思ってるんだろう。あのとき背中にきつく回された腕は、ベルが傷ついていることを物語っていた。実際に訊いたら、どんなことを言うんだろう。

 ――シリウス! シリウス!
 ――うん。シリウスの言う通りじっとしてたから。
 ――シリウス、濡れてる……寒くない?
 ――シリウス、大丈夫?
 ――大丈夫、シリウスは生きてる。生きてるよ。
 ――シリウスは生きてる、生きてるんだよ……。

 わたしの心配をしてくれてはいたけれど、本心ではわたしのことをどう思ってるんだろう。わたしが三人を見殺しにしたことを、どう受け止めているんだろう。
 体のバランスが崩れかけて壁にもたれるしかなかった。

「ベルはレグルスとも仲良かったのに。どれだけ傷ついたか」
「ベルのことを勝手に言わないで!」

 自分でも驚くくらいの声が出た。

「それはお前のほうだろ。どれくらいベルのことをわかってるんだよ」
「わたしは……っ」

 いろいろな光景がフラッシュバックした。
 海上に誘われたこと、アルのお葬式のあとのこと、黒曜鱗を受け取ったこと。

 そうだ、わたしはベルのことを何もわかっていなかった。どうして太陽を見に行きたいと思ったのかも、ベルが何をしたいのかも、全然わかっていないんだ。

「わた、しは……」
「あぁ、もういい加減にしろ」

 視界が陰に入る。

「どけよ」

 ナオスの声がくぐもる。

「いいやどかないね」

 シェアトの声もくぐもっている。

「どけったら」
「ナオスが退いてからだ」

 やけに遠くに聞こえた。

「あぁー……。なんだかぁ、大変なときに来ちゃったみたいだねぇ……」

 さらに遠くから、間延びした口調が近づいてきた。空気がころっと変わった。

「カ、カフ……?」

 ナオスに至ってはすっかり毒気が抜けてしまっていた。

「はいはい、みんな抑えて抑えてぇ。ナオ、君はラボに行ってくれないか。どうも手が足りなくってねぇ」
「わ、わかりました」

 カフの言葉に素直に従う様子は、さっきまでのことが嘘みたいだった。
 小気味いい足音がどんどん小さくなっていった。

「それとぉ、シリウスを借りてもいいかなぁ」
「わたし……?」

 視線を上げるとシェアトの背中があった。
 顔を出すと、そうそうそう、とカフが頷いていた。

「どうしてわたしが?」
「詳しい話はあとでするよぉ。そういうわけだから、みんな帰った帰ったぁ」

 だぼだぼな白衣の余った袖をぱたぱたさせて、人払いする。
 アナとウェズンが何か言いにくそうにしていたので、努めて笑顔で視線を送ると、ふたりは沈んだ表情で頭を下げてから帰って行った。
 シェアトは何も言わず、一仕事終わったように息を吐いて去って行った。

「シリウス、悪い。正直なところわかんねぇんだ」
「そんなものでしょ」
「……悪い」

 シャウラは後ろ髪を引かれるように、重い声と足取りだった。

「うちのナオスが悪かったね」
「別に、それほどのことをされたつもりはないよ」
「助かるよ」

 さすがに直属の部下のことをいろいろ愚痴るほど落ちぶれてもいない。

「なかなか深刻だねぇ。三人一気に……ほとんど四人同時みたいなもんだけど」
「何とかなるかな」
「わたしにはわからないよぉ。指揮官の経験なんてないんだからさぁ」

 すがろうとしていたものが根元から抜けたみたいで気が重くなる。
 並んで立ってみると、彼女のクリーム色の頭はかなり低いところにあった。

「それもそうか」
「だけどぉ。いまからわたしが言うことは君にとって悪くないことだと思うよぉ」
「どういうこと……?」

 ほんの少しばかり黄色みがかった瞳は、久しぶりに見るとやけに頼もしかった。

「ついておいでぇ。移動しながら話そう」

 だぼだぼな白衣姿を追いかける。

「知ってる通り、我々科学班は先の巨大ヴァスィリウスと、そしてORDERに映らなかった不可視ヴァスィリウス、二種類のヴァスィリウスの屍を調査している」

 本業のことになると口調が急に凛々しくなる。さすが、科学班を率いる大人。

「うん。それは知ってる。どんな感じ?」
「まず巨大ヴァスィリウスだけど、あいつは従来の種とほとんど同じだった」
「そ、そうなの?」

 データにない巨体はてっきり新種か何かだと思っていた。

「スキャンやら解剖やらにかけてみたけど、従来種をそのまま大きくしたような感じだねぇ。当然内臓の比率とかは微妙に違うが、これといって従来種と区別するような特徴もなかった」
「じゃあ、突然変異みたいな?」
「あ、もしくは従来種が子供で、巨大種が大人か」

 慌てた様子でそら寒いことを言いながら、カフは廊下を曲がった。

「わからないけどねぇ。今後の戦闘ではサイズで区別することになると思うよぉ」
「今後も出てくる可能性が?」
「もちろん否定できない。武器の改良も急がないとねぇ」

 アステリズムの全火器を集中させてもこれといったダメージはなかった。どれくらい強化すれば奴の鱗を貫けるんだろうか。それとも新しい武器が必要なんだろうか。

「といっても、それはメカニックの仕事だぁ。巨大な奴に関しては、あとは鱗の強度とかを計測して終わりだねぇ」
「じゃあ、いちばんの問題は――」

 エレベーターに乗り込んで、下の階を押す。

「もちろん、不可視ヴァスィリウスだよ。それをシリウスに手伝ってもらいたい」

 必要とされていることに心臓が早くなる。でもそんな興奮も一瞬。

「手伝うって……。わたし、専門的なことは何もわからないけど」

 これでもカフは、わたしの二倍生きている。知識量だって雲泥の差がある。
 そんな状態でわたしに何ができるんだろうか。

「何、簡単なことさぁ。けど、シリウスしかできないことだよ」

 カフがにやりと笑うと、エレベーターのドアが開いた。


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