「インプレゾンビ」を追え!
こんにちは。人事部採用Gの渡辺歩希(わたなべ・あゆき)です。突然ですが、「インプ稼ぎ」をご存じでしょうか?SNSで話題となっている投稿の返信欄に、そっくりそのままコピペした内容の投稿や、カタコトの日本語での投稿がずらっと並び、閲覧したい投稿が埋もれてしまった経験はありませんでしょうか?
このように、投稿のインプレッション(閲覧数)を稼ぎ、広告収益分配を得ようとしている行為を「インプ稼ぎ」と呼び、そうしたアカウントが大量に発生している様をとらえて「インプレゾンビ」と呼びます。こういった、意図が不透明な投稿がSNS上に溢れてしまうと、災害時などに情報収集が困難になってしまう場合もあります。
今回は、インターネット空間の身近な危うさをテーマに取材を続ける社会部のスタッブ・シンシア由美子記者にお話を聞きました。
1:ネット記者、誕生
まず、ご経歴からご紹介します。語学系の大学に進学し、どうせ勉強するならと、なんとインドに約1年間の留学を経験します。転職を経て、2017年に読売新聞社に入社。中部支社を振り出しに、警察や行政取材を重ね、本社では社会部へ。現在はネット取材班としてネット空間の不法行為、偽情報の問題などを担当されています。
ネットの発展とSNSの普及が過度に進んでしまうと、情報の偏りが生まれ、「情報偏食」と呼ばれる状態になります。興味のある情報だけに覆われる「フィルターバブル」や、同じ意見の人たちに囲まれる「エコーチェンバー」が代表的な事例です。
このような状態になることは、情報を認知する力がゆがみ、判断が困難になる恐れがあるとして、読売新聞では2023年2月から連載企画「情報偏食 ゆがむ認知」と題して、朝刊1面などで情報の発信を続けています。
扱うテーマは、「デマ」「偽情報」「仮想空間での誹謗中傷」など多岐にわたり、事例を用いながらわかりやすく報道をしています。
スタッブ記者はもともと、2016年アメリカ大統領選挙でSNS上に偽情報が飛び交い、「世論が分断し政治のことが話せなくなるのではないか」と親族で話していたこともあり、偽情報などのデジタル空間における弊害に対して、強い問題意識を持っていたそうです。
社会部に異動して、ある時、「連載やってみる?」と聞かれて取材班に入り、ネット空間を <主戦場> とする記者になっていったのです。
2:能登半島地震で「これは、やらねば」
スタッブ記者は「インプ稼ぎ」については、単語までは知っていたそうですが、その実態まではよくわかっていなかったようです。その問題を強く認識したのは、24年1月に発生した能登半島地震でした。
スタッブ記者の実家は石川県にあり、能登地方には親戚や友人がいて何日間も連絡が取れない状態が続いたそうです。X(旧ツイッター)には救助要請の投稿が溢れ、当初は偽の救助要請に翻弄されました。親戚や友人のことが心配になりましたが、ほかの投稿を見ていくうちに「これは偽物だ」と気づくことができました。「石川県出身者として、なんとしてもこの問題の記事を書かなくてはならないと、使命感のようなものを感じるようになっていきました」
「インプ稼ぎ」によって流される偽情報は、当事者ではないがあたかも身の回りに危険が迫っているのではないかと錯覚してしまうところが恐ろしさの一つだと思います。
私も東日本大震災を経験した際、SNS上で「うがい薬を飲むと放射線に効く」との偽情報に惑わされた経験があります。有事の際は、気が動転しているためか、普段よりも判断力が低下し、結果として、偽情報に振り回されやすくなってしまうのではないかと考えさせられました。
3:打倒、インプレゾンビ
こうして、連載「情報偏食」の第6部「求められる規範」では、能登半島地震の際に急増した「インプ稼ぎ」、注目を集めている投稿にゾンビのように群がる「インプレゾンビ」を取り上げることになりました。スタッブ記者の執念とも言えるほどの取材について詳しく聞きます。
実際に集計された表を見せていただいたのですが、「大変だ、、、」とつい言葉を漏らしてしまいました。作業はスタッブ記者1人で行い、2週間かかったそうです。記事の中では、さらっとしか書かれていなくても、読者に正確な情報を届けるためには、こうした地道な作業の繰り返しが必要不可欠であるとしみじみと感じました。
4:海外取材も認められます
下調べの結果、「インプ稼ぎ」のアカウントはパキスタンやインドからのものが多数を占めることがわかりました。
次は、現地で当事者に直接取材(通称、直あたり)をする必要があります。アカウントをフォローしたり、取材交渉をしたりするため、集計表に上がったXなどの200以上のアカウントにダイレクトメール(DM)を送りました。取材後に警戒されて、会話途中で音信不通になってしまう事もありましたが、最終的には2つのアカウント主への取材が可能となりました。
そのうちの一人の居住地は、パキスタンの首都イスラマバードから車で3時間余り離れた地方都市サルゴダ。取材に応じる意思を示してくれた機会を逃すまいと、スタッブ記者は現地に向かいました。
大学でヒンディー語やウルドゥー語を学んでいたスタッブ記者ですが、現地では、イスラマバードにいる助手の方に4日間付き添ってもらいました。
現地の言葉と英語を使用しながら取材を行っていくと、わかってきたことがありました。パキスタンではXを使用した「インプ稼ぎ」の指南動画が配信されていました。パキスタンの平均年収は1600ドル程度で貧しい人も多く、「インプ稼ぎでもうかった」という話を聞いて、「じゃあ私もやってみよう」という一致団結して豊かになっていこうという雰囲気が見えてきたそうです。
スタッブさんは「ビザの取り方から日程の組み方まで分からないことだらけでした。けれども、たくさんの社会部の先輩方にアドバイスをもらい、なんでも相談に乗ってもらいありがたかったです」と振り返ります。
そのうえで、「読売新聞では、特定の言語を完璧に話せないといけない、特派員じゃないと海外で取材ができないという縛りは全くありません。国内外の興味がある分野で取材したいテーマがあれば、積極的に手を挙げ、会社がそれを認めてくれれば、途上国でも取材に行けるのはとても恵まれていると感じます」と語ってくれました。
5:時には自分を客観視
最後にスタッブ記者から、ネット取材班の記者として求められること、若い世代に知ってもらいたいことを語っていただきました。
6:取材後記
今回はインプ稼ぎについて取材の裏話を聞かせていただきました。パキスタンで取材に応じてくれた2人は、取材後、とても反省していたとのことです。1人は、「自分ができることなら何でもしたい」と、マスコミ他社へのインタビューにも応じ、もう1人もSNSで情報発信する前に、スタッブ記者に「これは正しい情報なのか」と確認する連絡が来るようになったそうです。
この記事は、偽情報に関するシンポジウムなどで紹介されるなど大きな反響があり、苦労の反面、喜びややりがいを感じたと語っていました。このように、取材をして手がけた記事で、「誰かの意識が変わる」、「世の中のためになる」、それが記者として仕事をしていく上での大きなやりがいなのだと強く感じました。
取材・文 渡辺歩希