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ご存じですか? ~成長期の小学生、ダイエットの危険

 初潮前や思春期の、いわゆる成長期の子どもの極端なダイエットは、心身の健康に大きな影響を与えることをご存じでしょうか? ダイエットは多くの人の関心事ですが、年齢にふさわしくない「やせ願望」が低年齢化することには大変な危険が伴います。
 
 コロナ禍での2021年の調査で、小学4~6年生の男女に「やせたいと思っていますか?」と聞いたところ、7割近くが「はい」と答えています(国立生育医療研究センター調査による)。しかし初潮前の女の子がダイエットによって失うかもしれない健康は、子どもの将来に渡る大問題になりかねません。ダイエットはメンタルの問題との結びつきが強いことや、親の目線から子どもにできることは何かを、思春期の摂食障害に詳しい鈴木眞理先生に教えていただきます。

【プロフィール】
鈴木 眞理

政策研究大学院大学名誉教授 跡見学園女子大学 心理学部臨床心理学科 特任教授。1979年長崎大学医学部卒業後、東京女子医科大学研修医を経て、1985年~1987年に米国ソーク研究所神経内分泌部門に留学、2002年より政策研究大学院大学保健管理センター教授、2020年より現職。ストレスと脳内ホルモンに興味をもち、摂食障害、骨粗鬆症、思春期内分泌の治療と研究に従事し、家族会を主催。一般社団法人日本摂食障害協会理事長。総合内科専門医、内分泌代謝科専門医。


ダイエット願望の入り口とその先

 2019年と比べて、新型コロナ感染症の流行した2020~2021年は、神経性やせ症、いわゆる拒食症の患者数は2倍に増えました。中でも小学生、中学生の数が増えています。

 大人の方もコロナ禍の時期に「外出せずに家でおとなしくしていると“コロナ太り“になってしまう」などと聞いた覚えはないでしょうか。外で遊ぶことや習いごと、クラブ活動など、大人のみならず子どもたちもいろいろな面で活動を制限された時期です。

 この時期に、例えば家でネットサーフィンをしたり、テレビを見たりする機会が増え、ダイエットの必要性がいわれるのを目にして「私も家にこもっているのでダイエットしなくちゃ」といった光景がみなさんの身近にもあったかもしれません。ネットに触れ続ける環境+コロナの巣ごもり環境といった、ダイエットとは一見関係なさそうな状況ですが、この時期に拒食症の患者さんが増えたことに、大いに関係があると推察されています。

 こういったダイエット願望の入り口は、ふとした外的な刺激からもたらされるものですが、それが深刻化するときには、必ずといっていいほど「心の問題」がからんでいます。単なるダイエット、ととらえる前に、今一度子どもの環境や精神的な状況に目を凝らしてみていただきたいのです。

『ダイエットしたい』、そのきっかけ

 ダイエットのきっかけは、前述したように「コロナ太りをなんとかしよう」という場合もあれば、「この洋服が着られるくらい細くなりたい」「友だちがみんなやせている」「徒競走で勝てるように軽くなりたい」「インスタで見たモデルが素敵なのでその体型に近づきたい」など、誰にでもあるようなちょっとした理由であることがほとんどです。

 しかし、実はそういう子どもたちが肥満傾向かというとそうでもないことが多くあります。大人が、健康診断の結果により肥満を改善しなくてはならない、という例とは違い、多くの子どもは特に健康的になりたくてダイエットし始めるわけではないですね。

 現代の子どもにとっては、美の基準がメディアに出ている著名人のみになりがちで、これは近年のSNSが少年少女のボディイメージに多大な影響を与えていること、特にInstagramにその傾向が大きいことも論文で示されています。

 また、小学生女子でやせ願望を強く持っている子は、そうでもない子たちよりもストレスを強く感じており、そのストレスの原因には「人からどう思われているか気になる」「親に言わない(言えない)ことがある」が上位にあります。ストレスとダイエットには深い関係があることが明白です。

 やせたい、という気持ちの後ろに何が隠れているのか。子ども、特に思春期の子どもには「やせたい」のバックグラウンドを見ていくのも重要なポイントです。

過激なダイエットが引き起こす結果

 ふつうは過激な食事制限によるダイエットをした場合、ほとんどの方がリバウンドという揺り戻しを経験します。これはいきなり摂取する食べ物が減ったことに体が驚き、元に戻そうとするあたりまえの防御反応であり、リバウンドをするのが正常な状態といえます。

 しかし、摂食障害で拒食症に至るような子どもたちのほとんどは、リバウンドすることが恐怖でたまらないという状態です。

 さらに「やせた」という成功体験を一度経験してしまうために、健康な状態であればやせすぎを自覚できて、これはまずいとストップできるものをそこでやめることができなくなります。元に戻りたくないという恐怖や、そもそもの間違ったボディーイメージに囚われており、保護者が食べるように促しても、食べること自体を拒否するようになるなど、その裏に隠されたストレスに目が向かないままダイエットを推し進めてしまいます。そのような状態が続けば、次のような心身への深刻な影響が出てきます。


①<発育への影響>

 9~15歳は身長が伸びる成長期です。成長期に体重が前年より減ってしまっていることは通常はあり得ません。この時期に栄養が十分にとれていないと、体重の減少だけでなく、背が伸びないという影響が現れます。これはほとんどの小学校で行われている「成長曲線」(身長と体重をグラフ化したもの)を見ることによってわかります。養護教諭の先生によっては、これをチェックして本人や親に様子をうかがってくれますが、保護者でも子どもの身長体重がわかっていれば、成長曲線のグラフをおうちで作成することができます。

参考:成長評価用チャートダウンロードサイト

 このように栄養不足は肉体に直接的な影響をもたらします。成長期の子どもには、とくにカルシウムや鉄をとることが必要です。食事制限による栄養のかたよりは、カルシウムの不足で筋肉や骨など体の組織の成長の妨げや、鉄不足で深刻な貧血を引き起こす可能性もあります。

②<初潮や月経への影響>

 通常の体の発育が妨げられるということは、やはりこの時期の成長過程にあるはずの初潮がやってこないということにも現れます。いまどきの女の子の初潮時の体重目安は39~41kg。体脂肪が12.5%を超えている必要があります。身長は順調に伸びていて150cmあっても、体重が35kgではいつまでも初潮がやってきません。そうすると、たとえ中学3年生になっても月経はこないということになります。

 そして、月経がもうある子なら、栄養不足により月経が止まってしまうことがあります。
 一般的に、女性では体脂肪が12.5%を切ると女性ホルモンが低下して80%が無月経になります。脂肪組織から分泌されるレプチンが女性ホルモンを作って月経周期を維持することに必要だからです。

 そして、実はレプチンには食欲を抑制する働きがあります。一定の脂肪組織があることは、月経を起こしてくれて、同時に余計なむちゃ食いを抑えてくれているのですが、それを知らずにダイエットしている方は多いのです。

 保護者の皆さんには、女の子の月経がきちんとくるためには、必要な体重、体脂肪というものがあるということをまず知っておいていただく必要があります。

③<長期的な体への影響>

 長期的な悪影響もあなどれません。日本人女性の場合、15歳ぐらいで骨のカルシウム量の絶対値が決まります。全身の骨の倉庫が体内にあるとして、その倉庫のカルシウム量が15歳までの摂取により、決まってきます。 これは意外と知られていないのですが、女性の一生の健康にとってはとても重要なポイントです。

 つまり、倉庫のカルシウムの備蓄が多ければ多いほど、年齢を経て必ず減っていく時期に、骨粗鬆症(こつそしょうしょう)になりにくいのです。骨中のカルシウムが減り出した時期にいくら追加してもなかなか追いつかないのは、このカルシウム量の絶対値が足りていないためです。

 若い時期のダイエットは、細くありたいがためだけに、大人になってから骨を簡単に骨折してしまうような骨粗鬆症を招くリスクがあるのです。成長期の女の子が手軽く食事制限をしてはいけないのは、こういった切実な理由があります。

子どもが「ダイエットをしたい」と言うときに親は?

 まず原則として、保護者は「肥満や病気など食事制限が必要な健康上の問題がない限り、成長期の子どもはダイエットをすべきではない」ということを頭に入れておいてください。
 
 その上で、「やせたい」と思う子どもの心をいったんしっかりと受け止めてあげることが必要です。

 子どもとの関係性にもよりますが、やせたいと言われたら「ふうん、そうなんだ」とまずはその思いそのままを認めてください。つまり子どもの思いを否定しないということ。思春期の子が一番イヤがるのは否定です。親が賛成も反対もせず、受けとめてそのまま会話ができる関係性であれば、「ところで、なぜダイエットしたいの? だって、今とても素敵な体型だと思うし、これから背も伸びるところだから、なぜやせたいのかなと思って……」と続けてもいいでしょう。

 そのとき子どもの返答がどれほどナンセンスに思えたとしても、その子にとっては重要なことであるというのがポイントです。

 やせて着たい服がある、太ってることで馬鹿にされたくない、やせた方が友達からよく思われるなど、子どもは何かしらやせることのメリットを感じているんですね。それを聞けば、自分のお子さんが今何を感じているのかを知るよいきっかけにもなるでしょう。

 そのとき、前述してきたようなダイエットのデメリットをここぞとばかりに伝えたくなるかもしれませんが、そこはうまく小出しにしていってもいいのではないでしょうか。

 リンゴだけ食べるダイエットをする、というのなら、「そういう食事制限にどういう科学的根拠があるのか、一緒に調べてみようよ、お母さんも知りたい」と言ってもいいですよね。「ダイエットはやり方によっては女性ホルモンを減らしてしまうことがあるけど、女性ホルモンはきれいな艶のある髪の毛やお肌をきれいにしてくれる役割もしているよ」など、お子さんの興味を惹きそうなトピックで会話してもいいでしょう。「お母さんも納得できるダイエットだったら、できるだけ応援するよ」とするのもありです。

 また、まったく運動や体を動かすことをせずに食事制限だけでやせようとする方法には問題があることを伝えたいものですし、子どもなのにハードすぎる運動やスポーツを過度に行うのも体を壊すリスクがあります。

 強硬に食べることを拒否するようなら、「やせたいこと自体は反対しないけど、身長が伸び切ってからそのときにまた考えよう」と言って、「ごはんはちゃんと食べないとダメ」としっかり伝えることも必要かもしれません。

 これらはすべてお子さんとの普段の関係性により、効果のあるなしが決まるといっても過言ではありません。普段からやりとりや会話がちゃんとできていれば、自分の思いを受け止めてくれた、ということで過激なダイエットにひとりで突き進んでしまうことはないでしょう。

大人が自分たちを振り返る機会に

 このSNS全盛の時代に、大人も子どもの偏ったボディーイメージの強化に加担していないか、考えるべきときではないかと思います。

 お母さんも、やせているほうがいいに決まっているという価値観を娘に無意識のうちに押し付けていることはないですか?

 お父さんは「最近ちょっと太った?」などと気安く娘の姿を見て言うことはないですか?

 親だけでなく、世間一般、メディア、学校の先生など子どもに接する大人を含め「やせているほうがいい」というイメージを持って子どもに接していることを省みてほしいのです。 シンデレラ体重、というようなメディアで作られた言葉がひとり歩きしたら、無防備な子どもにはあっさり刷り込まれてしまいます。
 
 やせたい、ということ自体が悪いのではないし、大人でも健康体重の維持は大切なこと。ですからやっぱり時期を選んで、ダイエットは自分の意思で、自分の責任のとれる範囲で取り組むことをおすすめしたいのです。

 自分で選んだ、といくら小学生が思っても、無意識のうちに選ばされてしまっているということを自覚はできないでしょう。ならば私たち大人は、親子でダイエットについて議論が交わせるくらいに学んだらいいいのだと思います。

 もちろん、それでも過激なダイエットに突き進むような行動が見られたり、何も話してくれず、ただ食べない、やせていってしまうというようなときは、かかりつけの小児科に相談してみたり、月経が来ないなら婦人科に相談してみたりといった必要があるでしょう。

 いずれにせよ子どもの精神的な問題は必ず体に現れてきます。小学校高学年ぐらいになると、親があまり身のまわりの世話をしなくて済むようになってくるものですが、意識的に子どもの体と心の変化を見逃さないよう、見守っていってあげたいですね。

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