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【『わすれていいから』MOE絵本屋さん大賞入賞記念】大森裕子さん「愛しさだけを描きたかった」

猫の目線から、男の子の成長と巣立ちを描いた『わすれていいから』が、MOE絵本屋さん大賞2位入賞となりました! 今回は入賞を記念して、著者の大森裕子さんに『わすれていいから』制作の裏側を聞きました。


■心が動く物語を描いてみたい

MOE絵本屋さん大賞2位入賞おめでとうございます! 『わすれていいから』は、これまでの作品とは異なるタッチの一冊ですね。

ありがとうございます。猫やパン、くだものなどを細密に描くコドモエの「ずかん」シリーズ(白泉社)を長年楽しく製作する一方で、心が動く物語を描いてみたいなぁと思うようになりました。物語の絵本づくりにはどこか苦手意識のようなものがあったのですが、猫の物語ならきっと猫がいいインスピレーションを与えてくれると思いました。ちょうどそのころ、大学生になった長男が家を出ることになって。巣立っていく長男の姿を想像したとき、少年と猫の物語を描こう! と思ったのです。


男の子と猫のモデルはいますか?

絵本に出てくる男の子は、長男と次男を足して2で割ったような人物です。猫のモデルはわが家のトム。長男が6歳、次男が2歳のとき、母猫とはぐれてしまった、まだ生後2~3週間のトムを保護したのが出会いです。現在は14歳。うちにはいま4匹の猫がいますが、そのなかでもとびきり優しくて大人で面倒見がよい子です。
長男、次男と猫との絆はとても深いですね。お互いを思い合っていて、揺るぎない関係がありつつも、猫はマイペースでちょっとドライないきもの。そんな、猫が持っている独特の距離感が、「巣立ち」をテーマに描く今回のモデルにぴったりだったなと思っています。

モデルのトム(14歳)。とびきり優しくて面倒見がよいそう。

ストーリーはどのように作っていったのですか?

おおまかな構想はあっという間にできました。長男、次男とうちの猫との日常のエピソードは山のようにあったので、それをふくらませてスケッチを描き始めたら、描く手が止まらなくなって。男の子と猫が窓辺にいるシーンを描いたとき、物語が動き出したと感じ、ふるえました。

でも、本描きをはじめたら、全然うまくいかないんです。「ずかん」シリーズのようにディテールまで緻密に描いていたことが原因だと、後から気がつきました。『わすれていいから』は、絵本のなかでとても長い時間が流れていきます。「ずかん」の絵は1つのモチーフにぐっと集中させる絵なので、むしろ時間が止まってしまったんですね。そこに気づき、肩の力を抜いてふたりが過ごした世界の瞬間を切り取るように描いていったら、再び時間が流れ出しました。

表紙にもなったp22、23のスケッチ

■猫の距離感を借りて「愛しさ」を表現した

この本を通じて、読み手にもっとも伝えたかったのはどんなことですか?

「愛しさ」かな。子どもに対する愛しさや、猫に対する愛しさ、猫と子どもがお互いを愛しく思う気持ちを表現したいと思いました。これは「ずかん」シリーズを描くときにも共通している思いで、一つひとつのモチーフに対する愛や感謝の気持ちを作品として表現したいと思っています。『わすれていいから』はストーリーがあるぶん、誰かを愛しく思う気持ちを、よりダイレクトに、純粋に表現できると思いました。


愛情は、ときに感傷や執着などの形になることも。『わすれていいから』の猫のように、子どもの巣立ちを見送れるようでありたいと感じる読者も多いようです。

私は感傷や執着は、愛とは真逆のものだと思っています。感傷や執着は、相手のことを本当に思っている状態ではなく、自分のことしか考えていない状態だと思うのです。じつはストーリーの編集段階で、「ふたりのなわばりは楽しかったな」「新しいなわばりでもうまくやれよ」など、親の気持ちを代弁するような、ちょっぴり感傷にひたるような文章を入れたらどうかという提案がされたこともありました。でも、この物語では、「愛しさ」だけを表現したかった。猫というフィルターを通して猫が見た世界を描けば、感傷や執着は出てこないと思いました。私は、猫は愛の存在だと思っているので。猫ならではの距離感を借りたことが、猫からのいちばんの助け、インスピレーションだったように思います。


『わすれていいから』には男の子と猫のさまざまなシーンが描かれています。実体験に近いエピソードもあるのですか?

はい。物語ですから脚色はしていますが、私の心に残っている長男、次男と猫の関係性が、物語のエッセンスになっています。


ソファで泣いている男の子に寄り添う猫のシーンには、心を打たれました。

入れたいシーンがたくさんあってどれを選ぶか迷いましたが、このシーンは特に入れたかったもののひとつです。
長男が10歳くらいのころ学校で嫌なことがあったのか、暗い顔で帰宅してソファに座り、うつむいたまま黙りこんだことがありました。「どうしたの?」と声をかけても、長男は口を閉じたまま。子どもなりにいろいろあるのだろうと思って、私は少し離れたところで洗い物をしていました。そうしたら、猫が長男のとなりにやってきて、泣いていた長男の涙を舐めたんです。猫としては、顔に水がついていると思って舐めたのかもしれないし、いつもと違う長男の様子を感じとって寄り添ったのかもしれない。猫は言葉を話さないので本当のところはわからないけれど、あれは猫にしかできない、猫だからこそできる寄り添い方。「あ、私の出番ないな」と思ったことを覚えています。

少年と猫の絆が印象的。特に描きたかったエピソードのひとつだそう。

■ラストシーンには明るさや希望を込めたかった

『わすれていいから』というタイトルはどう生まれたのですか?

道端で弱っている猫を見つけたとき、状況を見て保護し、家で看病したあと、里親を探して引き渡すということをたまにしているのですが、あるとき子猫を里親さんに引き渡したその夜、「子猫たちが大森さんやトムのことを探して、一晩中ずっと泣いています」と里親さんから連絡がきたことがあったんです。そのとき思ったのが、「こっちのことは、忘れていいから!」ということ。里親先でたくさん幸せが待っているから、「そっちで幸せになるんだぞ」と心から思いました。その出来事が、タイトルのきっかけになっています。


長男の巣立ちを見送った大森さんから、これから子どもの巣立ちを見送る読者に向けて、伝えたいことはありますか?

長男が引っ越し準備で段ボールに荷物を詰めている姿にさみしくなってグッときたりもしましたが、私の場合は長男の未来を想うと、やっぱり晴れやかな気持ちの方が大きくて、見送りのときも「行ってらっしゃい!」と元気に送り出しました。実際に家から長男が出たあと、4人だったのが3人になっただけなんですが、みそ汁の量がとても少なくてすむことに驚きました。ご飯を炊く量も洗濯物の量もグッと減って、たった1人ぶんなのに「こんなに楽になるんだ!」と。これから子どもの巣立ちを迎える方には、「いろいろなことがびっくりするくらい楽になるから、これからの人生を自分主体で楽しみましょ!」と伝えたいです。

そうした思いもあって、『わすれていいから』のラストは感傷的になるよりも、明るく終わりたいと思いました。物語のはじめ、すみっこが好きな「あにき」の猫は、いつも窓辺やソファのすみっこを、やっぱりすみっこが好きな「あいつ」に譲っています。別れの夕焼けも、男の子が巣立っても、しばらく猫はそこをあけている。でも最後のページでは、猫は自分が大好きなすみっこに座っているのです。そこに別れのさみしさではなく、明るさや希望を感じてもらえたらと思っています。

取材・文:三東社  撮影:澤木央子


【作家プロフィール】
大森 裕子

神奈川県生まれ。東京藝術大学大学院在学中よりフリーランスで活動をはじめる。『おすしのずかん』『パンのずかん』『おかしのずかん』『ねこのずかん』『なにからできているでしょーか?』「へんなえほん」シリーズ(白泉社)、『ぼく、あめふりお』(教育画劇)、『ちかてつ もぐらごう』(交通新聞社)など著作多数。

【書籍情報】

『わすれていいから』
著者:大森 裕子
【定価】1,650円 (本体1,500円+税)
【発売日】2024年02月21日
【判型】A4変形判
【頁数】36頁
【ISBN】9784041134443

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