包容の約束
人生どうなるかわからないものだ。
幼き日、親に連れられてドライブに出掛けるのが好きだった私が、まさか自分で車を運転するようになるなんて思わなかったように。
過去の自分には想像できないことが再び起こったのだ。
小さい頃、近所にいた男子は、純粋ではあるけれど、イタズラや下ネタに興味を持つような子たちで、子どもながらにくだらないなと思っていた。
うちの大人の男たちは、家のことはほとんど何もせずにいたし、母と祖母の気が強いせいもあってか頼りなく見えた。
そんな幼少期は、私が人生で唯一モテた時期だったのだが、近所に住む一つ年上の男子に一方的に好かれて待ち伏せされたり、知らないおっさんにすれ違いざまに体を触られたりしたことがあり、男に対するイメージは超最悪だった。
そんな時、私は初めて同性に恋心を抱いた。
ずっと仲の良い友だちだと思っていた彼女が転校することになって、ぽっかりと胸に穴が開いたようになった。
一緒にいるのが当たり前だったのに、もう会えない。
そして、初めてキスしたいなどの感情を覚えたのが、なんと彼女だった。
そんな自分は変なのではないか、周りにバレたらイジメられるなどと思い、それから私は塞ぎこむようになった。
その後、運動部の爽やかな男子に憧れを抱くこともあったが、付き合いたいとまでは思わなく、同性へ淡い思いを抱きつつも誰にも伝えずに学生時代を過ごした。
社会人になり、初めて彼女ができた。
しばらく一緒に過ごしていたが、彼女は将来、結婚して子どもを産むことを望んでいたし、男性とも付き合ったことがあるようだったので、同じ未来は歩めないのかなと離れることを選んだ。
それから三十代を過ぎ、祖父母の葬儀を終えてから私は上京した。
今まで見ないように遠ざけていた問題と向き合う為に。
同性である女性に恋心を抱く時、私の中の男性性を象徴する少年が、心の中に存在していた。
女性の格好をするのも嫌だったし、なんで自分にはチンコが生えて来ないんだろうとずっと思っていた。
その疑問の答えを探す為、私はアルバイト生活を送りながらカウンセリングに通った。
様々な検査を受けた後、診断書を受け取った。
性同一性障害、FTMであると診断する結果だった。
それからホルモン治療に進み、名前も変更した。
元の体を取り戻せるような喜びを感じながら、男性の体に近づいてきた頃、思わぬ出来事が起こった。
今までの性志向が逆転したのだ。
これまでは女性に対して興味を持つことが多かったのだが、ホルモン治療を始めてからなぜか男性に対して興味を持つことが多くなった。
副作用があることは聞いていたが、これは完全に予想外の出来事だった。
自分は男性として女性を好きになるのだと考えていたからだ。
今までは避けていた男性と、どう接していいのかと考えたが、まずは友だち作りから始めることにした。
FTMと呼ばれる人たちは、性自認が男性なので女性を好むことが多い。
しかし、男性の中にもゲイの人もいればバイセクシャルの人もいるのと同じく、FTMの中でもバイやゲイ(メンタル男性同士)の人もいるのだ。
ひとまず、SNSやサイトを通じて何人かの人とやり取りした。
その中で、ある男性と会うことになった。
その彼は、女性らしい人は苦手だけど男っぽいFTMの人なら友だちのような感覚で気楽に付き合えるかなと興味を持って連絡したそうだ。
私は公園の近くのカフェで彼と出会った。
最初はお互い緊張モードで余所余所しい感じだったが、実際会ってみると話しやすく、好感が持てた。
彼は私と変わらぬ背丈でスポーツ刈りの色黒、ガッシリとした体格で、学生時代には柔道をやっていたらしい。
そんな男らしい見た目とは裏腹に、甘いものや可愛い雑貨が好きなところが意外で可愛く思えた。
それからお互いに忙しい中ではあったが、月一くらいで待ち合わせて出掛けるようになった。
オシャレなカフェや公園散策など、見た目には男二人に見えるはずなので、手は繋がなかったが普通のカップルみたいなことをした。
聞いたところ、彼は私より四つ程年上だったが、見た目も若々しく年齢差を感じさせない気さくな人柄で、いつも一緒にいて楽しくて安心できた。
私が大学生の頃、仲良くしていた男子学生はいたのだが、その時の私は、女として見られることに抵抗があり、恋人未満で終了した。
そんな訳で、ずっと女性たちの中で過ごしてきた私にとって彼は、今まで出会ったことのない理想のお兄ちゃんのような存在だった。
誰かに甘えたり頼ることが苦手な私は、人前で泣いたり弱みを見せることができず、自分で乗り越えようと今まで生きてきた。
社会に出て十数年、一人でいることにも随分慣れてはいたが、将来はやはり誰かと一緒に過ごしたいと考えている。
今は実家に戻り、遠距離になってしまったけれど、これから私が自分の仕事を持って自立できた時、もう一度彼に会いに行きたい。
私は今一度自分と向き直ったことで、自分の中の女性性も自分の一部であると認め、受け入れられるようになった。
姿形を変えても完全な男にはなれないのだとわかったし、今の自分を否定し続けるよりも、なんらかの意味があってこの姿に生まれたのだろうと考え、今の自分を認めて愛し、前向きに生きようと、ホルモン治療を止めた。
私は私。
男でも女でもどっちでもいい。
自分らしく生きればそれでいいのだ。
それで認めてくれる人がいるのなら、一緒に歩こう。
男も女も世の中、良い人悪い人いるもんだなあと、今なら思う。
今後の私の人生はまだわからないが、彼みたいな男性に出逢えてよかった。
また会おうね、と約束しながら別れの挨拶を交わしたあの日。
あの笑顔の元へと私が帰りたいと願うように、彼がかけたであろう魔法が今も私の中に残っている。
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