[小説]烏合の衆

本が売れた。

去年小説の新人賞に応募した作品が見事入賞した。本当に嬉しかった。今まで自分がやってきたことが報われたんだと思った。実際そうなんだけどさ。入賞した作品はその出版社が本にして出してくれた。自分の本が本屋さんに並んで売っている時は感激して涙が出てしまった。これでもう立派な作家。これでもうなんの職業をしてるんですかと聞かれても「作家です」と堂々と答えることが出来る。そう思った。

大学を中退してから作家になろうと思い、毎日毎日コツコツと小説を書いてきた。最初はあんまり長編の物語が書けなくて悔しかったけど根気強く毎日書いていったら次第に長い物語も書けるようになっていった。大学をやめて作家になると親に言ったら絶縁されてしまい、付き合っていた彼女の部屋で一緒に暮らしていた。日中は日雇いのバイトに行き、家に帰ってくると小説を書いた。彼女も応援してくれていた。本当に心強い味方だった。

出版社からはたまたま運よく新人賞に入賞した作家しか出版することが出来ない。ものを書くことで食べていくにはそれは現実的ではない。そう思って、電子書籍で自費出版するようになった。SNSは苦手だったけど、頑張ってTwitterなどで自分が出版した電子書籍を宣伝した。動画のSNSが流行っている昨今では文字を読む人は少なくなっているのか、電子書籍は全然売れなかった。それでもこうして活動し続けていればいつか作家として食べていくことが出来ると思っていた。

全く電子書籍が売れない中、彼女に別れを切り出された。とても優しい人で自分のことも応援してくれていたからかなりショックだった。このままだと婚期を逃してしまう、結婚するなら安定した人の方がいいということだった。全くもってその通りだった。自分のようないつか売れるという保証もない自称作家よりも、堅実にどこかの会社で働いていて結婚して子供が出来たらちゃんと養ってくれる人の方がいいに決まっている。

彼女と別れて部屋から出ていってネットカフェで生活するようになった。自分もこういうところまで来たのかと実感した。相変わらず小説は書いていたけど書いても書いても電子書籍は売れなかった。別れた彼女と話し合って納得して別れたつもりだったが次第に怒りが自分の中で積もっていった。やっぱりあの女も普通の女だったんだ。自分を理解してくれてはいなかったんだ。自分のような金のない男を捨てて、まだ自分の中にある若さという武器がなくなるのが怖くてそれが手元にあるうちにそれを使って、金のある男に媚びを売りに行ったんだ。本当は自分がダメな男だから捨てられても当然だってわかっていたけど、彼女への怒りが募っていって自分が作家として有名になって金を稼いで見返してやりたいと思うようになった。自分を捨てたことを後悔させてやると思うようになった。

有名になって金を稼ぐには新人賞を受賞して本を出版するしかない。そう思って新人賞に応募した。別れた彼女と幸せな最期を遂げる小説は見事新人賞を受賞して出版した。

これで彼女も戻ってくるかもしれない。いやいや、そんなことはないって分かっていたけど、そういう期待を捨てきれない自分がどこかにいた。しかし、そんな考えはすぐに吹き飛んだ。新人賞を受賞した作家ということで周りの女性の私を見る目が変わった。ずっと連絡をしていなかった昔の同級生の女の子からも連絡が来るようになった。この時にはもう、なぜ自分が彼女と別れたことをそんなに引きずっていたのかわからなくなっていた。

自分の思考が元に戻るとなぜ自分が新人賞に応募したのかわからなくなっていた。そんな大衆に媚びるようなことをして芸術家として自分の作品は意味のあるものになり得るのだろうか、いや、ならない。ただ今回の新人賞の受賞で自分のネームバリューは世に広まった。Twitterのフォロワーも飛躍的に増えた。これで今まで書いてきた電子書籍も売れ始めるだろう。そう考えた。実際、それまでに書いた電子書籍は今までに比べて飛ぶように売れ初めていた。

私はもう一度、出版社に頼らずに自分が書いた作品を電子書籍という形で自主出版して小説を書いていくことにした。もう自分はしがない作家なんかじゃない、新人賞を取った作家なんだ。もう自分が書く小説は売れると保証されているんだ。そう考えるようになっていった。だから新人賞の担当の編集者から他の小説を出版しないか、と熱心に声がかかったが全て断ることにした。

その後の小説は反比例的に売り上げが落ちていった。出せば出すほど小説は売れなくなっていった。唯一売れているのは新人賞を受賞して出版社から出した小説だけだった。その時に気づいた。自分の力で小説が売れていたわけではない。みんな新人賞受賞というお墨付きがついた小説を読みたかっただけなんだ。いや、みんな買っただけで読んではいないのかもしれない。読んだとしても、きっとその小説の価値がわからなかったんだ。だってその小説と今まで自分が書いてきた小説は何にも変わらない。誰も自分の作品の価値を分かっているわけじゃない。世の中、烏合の衆の馬鹿ばっかりだ。そりゃ、自分だって自分の読者が全員天才だって思っていたわけじゃない。自分だってファットレディーに向けて作品を創作していたつもりだ。だがこの世は私が思っているよりも悲惨だった。こんな世の中、神様はどうして作ったんだ。




彼は遺書を書き、この世を自らの意志で去った。

数年後、彼の長大な遺書は残された家族の意向により、彼の新人賞を担当した編集者のおかげで出版されることになり、大ベストセラーとなって、様々な言語に翻訳されて世界中の人に読まれるようになるのだった。

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