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「秋を奏でる芸術祭」に参加して

タイトルの通り、「秋を奏でる芸術祭」に参加させていただいた。
企画はこちら。

私の参加作はこちら。

すると、タイムリーに、お二人がご紹介記事を上げてくださったので、こちらに掲載させていただく。

お二人へのお礼のお返事にも書かせていただいたが、なかなか行楽が叶わない今、みなさまの素敵な秋を満喫させていただき、この企画を開催してくださったことに心から感謝している。
そして、ずっと言いたかった。おこがましいが言わせてほしい。この企画タイトル、とても良い!秋を「奏でる」って、なんて良い表現なのだろうと、一目見て参加を決意した。
だいふくだるまさん、yuca.さん、本当にありがとうございました。
まだ読めていない、聴けていない、見られていない作品も、ゆっくり味わいたい。
他の企画の作品も含め、味わえるのは来年になるかもしれないが、とても楽しみだ。

***

あとがきとして、インタビュー相手本人の許可を得て、作品語りをしたいと思う。

インタビュー相手は、何を隠そう我が妹である。監修・カード制作とあったので、ぴんと来られた方もいたかもしれない。

最初に断っておくが、実話に基づいたフィクションである。
実習先や本人に迷惑のかからないよう、細心の注意を払っているが、妹が一つだけ心配していたのは、万に一つ、実習先の先生方が読まれていたら、お気づきになるかもしれないということだ。もちろん、守秘義務に関わることは決して書いていないが、大丈夫かな、と言っていた。読まれていないと思うが、もしもお読みになっていて問題があれば取り下げるのでお申し付けください。

だいふくだるまさんもyuca.さんも、リアルで実体験だとお思いになったそうだ。半分正解である。お二人とも、さすがのご慧眼の持ち主でいらっしゃる。
私自身のことは、少なくとも仕事の中身に関わることについては、今後もおそらく小説にはしないと思う。以前も述べた通り、土地柄マイナーな職業なもので、身バレの恐れがあるからだ。
リアルなのは、あまりに身近で、いろんな話を聞いていたからだ。多分、他の人にインタビューして書いたとしても、私の想像力ではあそこまでリアルには書けないだろう。後、できるだけリアルさにこだわったのもある。その理由は後ほど述べたいと思う。

前置きが長くなったが、本題に入りたい。
妹が実習に伺ったのは去年の夏。ちょうど大変な時期で、彼女の同級生も含め受け入れ先がなかなか見つからず大変だった。
そんな中で決まった実習。妹は、試験勉強の傍ら実習準備に励んでいた。
私は、小学校の訪問授業、中学の職場体験、大学の実習、ボランティアで、別々の高齢者施設に伺ったことがある。とても貴重な経験をさせていただいたが、大変だったのも確かだ。だから、どんな顔をして帰ってくるだろうと思えば、毎日楽しそうに帰ってくるのだ。私は昔から子どもが大好きだが、妹は小さい子になぜか警戒されやすく(顔や声が怖いということはないと思う、たぶん)、小さい子が苦手だと言っていた。それで心配していたのだが、杞憂に終わった。
話を聞いて、園の先生方も、園児の子たちも本当に良い方々、良い子たちで、妹も一生懸命がんばっていて、彼女にとって忘れられない大切な思い出になるだろうと思っていた。そんなところを傍目から見ながら、私も傍らで見守れてよかったと思った。同時に、私の胸に留めるのはもったいなくて、知ってほしいなと思っていた。(これは、妹のことだけでなく、仕事で学んだことでもよくある。)半分本気で、この話はともかく、得た経験と知識をもとにブログとか書いたら、なんて勧めてみても、妹はそういうのはいいと言う。でも、この実習はもちろん、これまで彼女が学んできたことは、実益になるだけでなく、とても素敵で大切なことがいっぱいだった。医食同源という言葉もある通り、食は命の源であり、心身の健康に関わる大事な行為。それに携わろうとするため、あんなに勉強が嫌いだった子が、目の色を変えて取り組む姿を目の当たりにして、こちらまで熱い思いが込み上げてくるのだった。

それから一年三ヶ月ほどして、気づけば趣味がないと嘆いていた私がnoteという趣味を見つけ、偶然にも「秋を奏でる芸術祭」を目にしたとき、下りてきた。今こそ、あの出来事に、光を当てられないかと。私の体験ではないからエッセイにはできないし、妹の体験談として載せると本人に悪いと思い、小説という手段をとった。募集要項の自由度の高さに救われた。

私は、この作品を書くにあたり、いくつか意識したことがあるが、主に三点ある。

①管理栄養士という職に光を当てること
②カード・ワークを生かすこと
③心の動き、細かな出来事を大切にすること

①管理栄養士という職に光を当てること

妹は、まだ管理栄養士にはなっておらず、絶賛勉強中だ。なれるよう心から祈っている。
妹曰く、管理栄養士はまだ広く認められているわけではないという。「医食同源」とは言うものの、あくまで「医」が重視される。「医療」は本当に大変で、すごい仕事だ。特に今、医療従事者の方々には頭が上がらない。私の知り合いにもいらっしゃるが、尊敬している。その上で言うが、管理栄養士という仕事もすごい仕事だ。作品にも書いた様々な職場で、人々の健康を守るべく、学んだ知識、得た経験を頼りに、相手に合わせた献立を作成したり、提案をしたり、場所によって調理も担ったりする。事務仕事も行う。
「食事で誰かを笑顔にしたい」
このような思いで中学生のときに管理栄養士を志した妹の目指す職業が、もっと明るくなればいいなという思いを込め、妹の見てきた仕事を丁寧に、よさが伝わるよう描いた。
また、実際に働く管理栄養士のみなさまを目の当たりにして、妹はより確かに目指す決意を固めていた。その方々への敬意も込めて綴った。
現実には、献立の栄養計算が大変だったり、大量調理は重労働だったりするのを、大学での様子を聞きながら知っているが、それでもなりたいと選んだ仕事には、きっと妹が見出したよさがあるのだろう。どんな仕事も大変で、それでもみなやりがいや喜び、使命感、矜持を持って臨んでいらっしゃると思う。大切なお金を稼ぐためにも。
妹は、管理栄養士のドラマがあったらいいのになと言っていた。私には到底そんな影響力はないが、一人でも多くの人に知ってもらいたいと、良い作品にするよう尽力した。

②カード・ワークを生かすこと
私が傍目から見ていて特にいいな、これが実習限りになるのはもったいないなと思っていたのが、あの行事食カードとそれを用いたワークだ。このカードは、実際に彼女が実習で使った世界に一つだけのものだ。だから、実習先の方が見たらバレてしまうというわけである。
仕事で用いる制作物を「媒体」というそうだ。その媒体として作られたあのカード。妹は幼い頃から折り紙が好きなのだが、他の月で折り紙で作ったものを貼ったのもある。よくできていて、本人も私も気に入っている。
実習では、「献立作成」や「食育ワーク」など、実習先によって課される課題が異なり、妹の場合そのワークだった。ワーク前日まで何度も練習を重ねていて、私も僭越ながら何度か助言をした。
今回改めて、実際のカードと原稿を見せてもらった。本当によくて、よければそのまま掲載したい旨を伝えると、恥ずかしそうに快諾してくれた。ワークで好実が話す内容は、秋に合うように変更した以外は、ほぼ原文ママである。
「行事食」という選択は珍しいらしく、実習先でも、大学での事前実習でもそのテーマは初めてだったそうだ。これは、妹だけの発案でなく、学内グループ実習でのグループ全員での発案だそうだ。個人的には、とてもいいテーマだと思う。姉バカというだけでなく、よくある歯を大切に、や好き嫌いなく食べよう、といった内容ももちろん大切だが、子どもの興味を引きそうな内容で、普段現場の先生方がじっくりするのが難しいと思われる文化的食育をするというのは、意義があると思うからだ。
私自身勉強になったと同時に、純粋に面白いなと思った。そして、これを聞いた子どもたちの中の、一人か二人くらいは、もしかしたら大きくなっても覚えてくれているかもしれない、と思った。私も、幼稚園の頃の印象的な出来事は覚えている。昼食は、瓶牛乳だったことくらいしか申し訳ないが覚えていない。でも、餅つきをしたこと、豆まきをしたこと、など、体験型文化的食育は今でも心に残っている。そんなワークになっていたらいいなと思った。
こういった言い方が適しているかわからないが、すごくドラマチックだなと思い、臨場感が伝わるよう導入した。
※あくまで、子どもたちや先生方の反応などは私の想像によるものである。

③心の動き、細かな出来事を大切にすること
これは、この作品に関わらず言えることだが、今回も大切にするよう心がけた。
小説は、読者の多くが気づかないかもしれないところまで気を配って表現を怠らないようにしなければ、どんなにいいストーリーでも、受けるテーマでも、魅力的作品になりえないと思っている。
妹本人のそのままの心を映しているわけでなく、あくまで私が生み出した好実だったらと考え、心の葛藤や、緊張、意欲、喜びなどを丁寧に描くことに力を注いだ。他の作品でもそうだが、仮にモデルがいても、小説の登場人物はあくまで彼、彼女独自の個性を持っていて、モデルと同一人物には決してならない。好実らしさを大切にした。
そして、出会い、給食現場を覗く場面、行き帰り、食育ワーク、別れなどの大切な場面はもちろん、調理の時間や休憩時間など、大筋には関わらないところにもこだわった。
会話一つ、情景一つとっても、人物造形や作品の世界観に関わるため、破綻のないよう、個々のつながりを大切にする。たまに破綻していたことに後で気づいてこっそり直していたりもする。
①の理念はもちろんあるが、ただの良い話、綺麗な話として、過剰に美化したくはない。現実感をちゃんと描きながら、小説らしい心を揺さぶる希望のある作品として仕上げようとした。
後、だいふくだるまさんも気づいてくださったように、タイトルと最初の描写をリンクさせた。ちょうど秋だ、と思い、あの歌のタイトルを入れ、最後の展開と結びつけ、タイトルに持ってきた。タイトルは登場人物と同じくらい大切にしているので、そこに触れていただいたのはうれしかった。

いつもと違い身内寄りの話でうまく書けていないかもしれないが、このような思いでこの作品を綴った。
嘘がないか確認したら照れるなどと求めていない感想が返ってきたので、ちゃんと試験勉強に励むよう発破をかけておいた。

今回初めて取材をもとにした小説を描いた。
小学六年生のとき子ども新聞記者として地元の大葉農家を取材した記事を書いたり、職場体験で職員の方に聞いた話をもとに体験記を書いたりしたことはあるが、創作に生かしたのは初めてだった。そのときは、とにかく事実を正しく伝えることに気をつけた。
今回は「小説らしく」を大切にしたつもりだが、現実寄りになったり身内びいきになったりしていないか、それにより面白みに欠けていないか、少し心配だ。
でも、企画されたお二人のコメントにとても安堵した。
この作品を生み出せたのは、そんな企画を開催してくださったお二人、妹に機会をくださった実習先の方々、大学の方々、そして妹のおかげである。
改めて、感謝申し上げたい。

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