ソウルメイト 馳星周
人間は犬と言葉を交わせない。けれど、人は犬をよく理解し、犬も人をよく理解する。本当の家族以上に心を交わし合うことができるのだ。余命わずかだと知らされ、その最期の時間を大切に過ごす「バーニーズ・マウンテン・ドッグ」、母の遺した犬を被災地福島まで捜しに行く「柴」など。じんわりと心に響く、犬と人間を巡る七つの物語。愛犬と生きる喜びも、失う哀しさも包み込む著者渾身の家族小説。
一昨年、母親が亡くなってから気落ちした父親は、すでにインコを飼っているのにTV番組やYouTubeの動画を観て「犬が飼いたい」と我儘をいう。インコ1匹さえ雑な飼い方だし、病院へ連れて行く余裕もないのに、とても犬なんて飼えない。まして室内犬なんて無理。昔外で買っていたアイヌ犬のクロはろくな愛情も注がれぬまま、弟の通夜の晩行方不明になって消えた。父親に任せたら、恐らく家の中は糞尿だらけになる。インコを2匹に増やすという話もあったが、1匹さえ持て余し気味なのに、2匹も飼えない。今インコの水やりも餌の交換も水浴びも私がやっている。可哀想だけど無理です。私の手には負えない。私は猫が好きでも飼えないのに。
第一話 チワワ
夫が定年退職して軽井沢の別荘に定住した夫婦。都会に憧れて生きて来た夫にとって田舎暮らしは不本意だったが、妻の意志は固かった。犬を飼いたいと言った妻が選んだのは、夫が期待していた大型犬ではなく、オモチャみたいな小型犬チワワだった。
かつて不倫をして家族を壊した夫は妻に頭が上がらなかった。娘たちは父親を憎んで何年も寄り付かなかった。最初は気に入らなかった田舎暮らしとチワワが、いつの間にか心を癒してくれていた。
しかし、ようやく心の平安を手にした罪深い夫を待ち構えていたように、ふいに不幸はやってくるのだった…
私の父親は恐らく不倫とは縁がなかっただろうと想像しますが、身勝手さはこの主人公に良く似ています。周囲の人間に対してあまりにも無神経なことをして来た人です。ただそれを自分で止められないことを嘆いてもいるから、少し同情してしまいます。子供の頃に実父を戦争で失くし、実母の生活の為に伯父伯母の家に引き取られたことが性格形成に影響しているような気もします。結果的には兄弟姉妹を二家族分持った父親は、たった一人の弟を失った私より幸運だと思いますが、そんなことを知ってか知らずか、自分の孤独や哀しみにばかり明け暮れて、私の体や苦悩を心配しているようには見えません。いつも自分の楽しさや苦しさばかり口にするのです。
第二話 ボルゾイ
今回の男もあまり好きになれない。自分の大型犬を連れて再婚した学。妻に対しては完璧な夫、義理の息子・悠人にも完璧な父親であろうとする自信家。いけ好かないやつだなあ。物事を迷いなくできる人間を信用しない。最初はそう思いましたが…
二話目を読み出して、これは犬種の性格からストーリーを考えているのかも知れないと思いました。レイラという雌犬の尊大でありながらもきめ細やかな性格が活かされた描写にわくわくして来ます。
学校でいじめに遭っていた息子は、いつもは言うことを聞かないレイラに慰められる。様子の違った息子とレイラの関係を怪しんだ学は…
第三話 柴
東日本大震災によって破壊された原発の危険区域に置き去りにされた動物たちを救助するためにやって来た保護団体。神田はこの場所で母を亡くしていた。しかしあの時、母と一緒にいたはずの柴犬・風太が見つからなかった。ある日、降り始めた雪の中で野犬と化し仲間を引き連れた風太を発見するが逃げられる。神田はチームと離れ、1人で捜索へ向かう…
第四話 ウェルシュ・コーギー・ペンブローク
虐待を受けていたという雄のコーギーを強引に引き取った真波は、怯える犬を飼い慣らそうと焦り過ぎて、とうとう噛まれる。夫の良輔を我が家のボスと認めるダックスフントの雌レイアに嫉妬心を燃やす真波。
てっきりコーギーを手懐けることに失敗すると思っていた結末は意外なラストを迎えた。これはどういう意味だったのだろうか。
第五話 ジャーマン・シェパード・ドッグ
少女時代、犬に噛まれたトラウマを持つ女性メグと、警察犬を引退した雌のシェパード・メグの出会い。都会暮らしから、軽井沢の田舎生活に軸足を移したメグは登山を始める。良く行く山でたびたび出会うようになった男性は大きなシェパードを連れていた。すっかり彼に魅了されていたが、犬が恐くてまともに話すこともできなかった…
第六話 ジャック・ラッセル・テリア
産まれる子供を認めるのが嫌で妻子を無視して仕事と浮気に明け暮れた男は、別れてから家族への想いにかられるようになっていた。
ある日、難しい犬種であるジャック・ラッセル・テリアを飼い始めて上手く行かなかった妻が、犬を引き取って欲しいと言って来た。しかし息子は犬を手放したくないらしい。一計を案じた男は、息子とその犬を預けてくれたら懐かせるようにすると提案した…
第七話 バーニーズ・マウンテン・ドッグ
ソウルメイトを失う家族の慟哭の記録。
記憶が確かなら馳星周夫妻はこのストーリーと同じ犬種のために軽井沢へ引越し、そして別れの瞬間を経験した。恐らくその思い出を描いたのがこの小説ではないのかと感じました。正しいかどうかは分かりません。
この本を読み終えて、昔実家の外で飼われていたアイヌ犬のクロのことをまた思い出しました。彼のことを思い出す度にいつも、人として懺悔の気持ちが湧いてきます。もう少し幸福に生かしてやることはできなかったのかと。何の掃除もされず汚れるままにされていた犬小屋とそのテリトリー。真冬に氷ついた餌の皿のご飯。何度か首輪を外して逃げ出したクロは、愛犬ではなく囚人でした。クロは子犬の頃から気性が荒く、小学生の頃は正直言って恐くて近寄ることが難しかった。だから可愛がったという記憶はありません。今から38年前、弟が車の自損事故起こして亡くなった雪のちらつく11月の通夜。何年振りかにクロは首輪を外して逃げ出しました。当時は弟の死で家族全員がショックに沈んでおり、とてもクロの行方を気に掛ける余裕はありませんでした。恐らく15歳を越えていたクロはそれから二度と家に戻ることはなく、そのまま行方不明になりました。
犬はもう飼わないと思います。飼う資格はないと考えています。
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<(ↀωↀ)> May the Force be with you.