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覘き小平次 京極 夏彦 角川文庫【読書感想文】

死んだように生きる幽霊役者と、生き乍ら死を望む女。小平次とお塚は押入襖の隙間からの目筋とこの上ない嫌悪とで繋がり続ける――山東京伝の名作怪談を現代に甦らせた山本周五郎賞受賞作。

 京極夏彦はこれより先に「嗤う伊右衛門」という四谷怪談を題材にした作品があり、同様に有名な怪談を作者独自の新たな視点で小説化しています。「嗤う伊右衛門」読了後、この「覘き小平次」も読んでみたくて、恐らく二十年以上古本が出て来るのを待っていましたが、それだけ経ってやっと初めて売っているのを見かけたくらい珍しかった。
 京極夏彦は人気ありますが、それにしても良く待ったなあ。ようやく買って手にした古本「覘き小平次」の文庫を見ると、なんと山本周五郎賞受賞作。さらに「嗤う伊右衛門」も知らないうちに泉鏡花文学賞を受賞していました。どうりで古本に並ばないわけです。
 正直、昔出版されてすぐに読んだ「嗤う伊右衛門」は、いつものように読みにくく、それほど面白いとは思いませんでしたが、当時は読解力が足りなかったか、本を沢山読みすぎて飽きていた時期だったように思います。
 今回は集中して思ったより楽しめました。

 前半の途中から少し様相が変わりました。「嗤う伊右衛門」にはそのような仕掛けはなかったと思いますが、「覘き小平次」は京極夏彦のスターシステムが使われており、直木賞も受賞したあの有名なシリーズのキャラクターが出て来ました。つまりこれは冒険推理小説風の時代劇。
 ただの怪談話ではありません。幽霊はあくまでも生きた人間であり、大根役者が唯一他人に負けない自然体の役柄。その神懸かった幽霊演技を利用して犯人を自白させる。面白い演出です。

このシリーズの主役が断片的に登場します。「巷説百物語」とは、京極夏彦の描く「必殺仕事人」みたいな連作です。ドラマ化されたキャストの画像をみれば分かりやすいと思います。直木賞も受賞している人気作であり、この作品のスピンオフ的に描かれた「覘き小平次」が山本周五郎賞を受賞したのも当然のことかも知れません。面白さは折り紙付き。

 京極夏彦は昔から作家一筋に書いていたわけではないようなことを読んだ記憶があります。以下Wikipediaより抜粋。

北海道小樽市生まれ。グラフィックデザイナー・アートディレクターとして桑沢デザイン研究所を経て広告代理店に勤務し、制作部副部長となる。体調不良によりやむなく退職し、その関連で知り合った関係者と共に独立して小さなデザイン会社を設立。

しかし、バブル崩壊後の不景気で会社の仕事はあまりなく底冷えが続く。そんな中で思いついた企画書をいくつか作った後の暇な時間に、何となく小説『姑獲鳥の夏』を書いた。そして休日に出かける金もない1994年のゴールデンウィークに、「会社で小説書いちゃったから印字代などがもったいない」という軽い気持ちで「出来れば原稿に使った用紙とインク代の元だけでも稼げれば」と、威張った編集者に門前払いをされることも期待しながら講談社ノベルスの編集部に電話をかけた。編集者は返事には数カ月から半年かかると伝えたが、箱入りで届いた『姑獲鳥の夏』の原稿を読み始めると、予想外に読みふけり1日で目を通し終え、まず「著名な作家が編集部のリテラシーを試しているイタズラでは」と感じたといい、また原稿を送って僅か2日で返事を貰い「まさかのドッキリではないか」と思ったという。
この作品は、上記のように仕事の合間の暇つぶしに書かれたもので、小説の執筆は京極にとって初めてのことであった。作品の構想は10年前に考えた漫画のネタという。

Wikipediaより

 こんな人がどんどん人気作を上梓して、さらに著名な賞までとりまくるのですから、創作においての必死の努力なんて豊かな才能には全然敵わないという良い例です。

「覘き小平次」の物語は、後半意外な方向へ展開して行き、ちょっと驚くようなエンディングを迎えます。これはハッピーエンドと言って良いのでしょうか。不思議な余韻を残す終わり方でしたが、正直初めて京極夏彦が面白いと思いました。彼の作風はみっしり詰まった内容の濃さと複雑な文体、その長大な厚みで、読み終わる頃にはすっかり疲弊して、面白かったのかつまらなかったのか良く分からなくなってしまっていました。
 今作ではそれらの特徴が非常にバランス良く練り込まれており、上質なミステリーあるいはスリラー、冒険推理小説として楽しめました。
 慣れない人には読みにくい小説かも知れませんが、京極夏彦の作品としてはお薦めできる一冊だと思います。

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<(ↀωↀ)> May the Force be with you.