廃名 『菱蕩』 (4)
聾の陳さんは、普段は「陳」の字を省略し、ただ「聾子」と呼ばれている。彼は陶家村で十数年間働いているが、人前で話すことがめったにないので、人々は彼が話すのを聞いてみたいこともあって、からかい半分にそう呼ぶのである。しかしこれは、陶家村に来てからではないかもしれず、陶家村に来る前にはもう他の名を持っていないようでもあった。二郎じいさんの菜園は彼が耕したので、菜園から育った野菜も彼が担いで街に売りに行く。彼は二郎じいさんに信頼されており、帰ってくると一文一文お金を数えながら二郎じいさんに渡す。洗濯女に大根をくださいなと言われ──ちょうど彼は大根畑にいたので、急いで大きな大根を引き抜いて、葉っぱごと手渡した。ねだられた相手の鼻先にヌッと一本の大根を突き出すのだが、彼の大根はあまりかたちのいい大根ではなく、そんなこともあって彼は何も言わず、ただ笑みを浮かべていた。菱蕩圩の大根は実のところ、甘くてうまい。
菱蕩が菱の実[塩茹でにして食べる実で、「水栗」とも]でいっぱいになるころ、しばしばそこには小舟が浮かんでおり(その小舟は一人で背負えるほど)、その小舟を漕いでいるのはいつも聾の陳さんだった。聾子はどこへ行くのか、二郎じいさんも知らない。あるいは二郎じいさんは土手の下の自分の牛が草を食むのを見ているためか、聾子が菱蕩へ入って行くのにも気づかないのだ。聾子は菱の実を担いで家に帰ってくる——聾子は菱の実を摘んでいたのだ!
聾子はいつもこのように菱の実を摘みに出るわけだが、それはちょうど菱蕩圩の菱蕩の水が引いているときだった。
あるとき、聾子は一かごの菱の実を石家井まで担いでいった──石家井は城内でも有名な路地で、その界隈には石という姓が多く住む。両側の塀に挟まれた深い路地で、石畳が敷いてあり、子供らがここを通るときは、わざと足を踏み鳴らしたり、声を響かせたりする。聾子はとある石家の正門の前に来ると、立ち止まって、庭の石榴を見あげた。そうやって人が現れるのを待っているかのようだった。すると、二匹の犬が駆けよってきて、彼の肩のところに飛び移って吠えた。一匹は黒く、一匹は白かった。聾子は目をそらすこともできず、一枚の敷石の上でじたばたしながら、両手でかごを抱きしめ、それは石家の娘が出てきて、犬を叱りつけるまで続いた。石家の娘はかごに入った赤い菱の実を見ると、笑って言った。「うちに売りに来たの?」聾子は呆然としたようすで、一言も発せなかったが、彼は娘に向かって、歯を出して笑った。娘は彼を家に招き入れ、しばらくするとまた彼を外へ連れ出した。彼は足音を立てずそっと出ていった。
その後で二郎じいさんの孫娘とけんかになり、聾子はこう呟いた。
「町の娘さんのほうがどんなによいだろう!」
彼はいつもこんな言い方をするのだ。
〈原文〉
陈聋子,平常略去了陈字,只称聋子。他在陶家村打了十几年长工,轻易不见他说话,别人说话他偏肯听,大家都嫉妒他似的这样叫他。但这或者不始于陶家村,他到陶家村来似乎就没有带来别的名字了。二老爹的园是他种,园里出的菜也要他挑上街去卖。二老爹相信他一人,回来一文一文的钱向二老爹手上数。洗衣女人问他讨萝蔔吃——好比他正在萝蔔田里,他也连忙拔起一个大的,连叶子给她。不过问萝蔔他就答应一个萝卜,再说他的萝蔔不好,他无话回,笑是笑的。菱荡圩的萝蔔吃在口里实在甜。
菱荡满菱角的时候,菱荡里不时有一个小划子(这划子一个人背得起),坐划子菱叶上打回旋的常是陈聋子。聋子到那里去了,二老爹也不知道,二老爹或者在坝脚下看他的牛吃草,没有留心他的聋子进菱荡。聋子挑了菱角回家——聋子是在菱荡摘菱角!
聋子总是这样的去摘菱角,恰如菱荡在菱荡圩不现其水。
有一回聋子送一篮菱角到石家井去——石家井是城里有名的巷子,石姓所居,两边院墙夹成一条深巷,石铺的道,小孩子走这里过,固意踏得响,逗回声。聋子走到石家大门,站住了,抬了头望院子里的石榴,仿佛这样望得出人来。两匹狗朝外一奔,跳到他的肩膀上叫。一匹是黑的,一匹白的,聋子分不开眼睛,尽站在一块石上转,两手紧握篮子,一直到狗叫出了石家的小姑娘,替他喝住狗。石家姑娘见了一蓝〔篮〕红菱角,笑道:“是我家买的吗?”聋子被狗呆住了的模样,一言没有发,但他对了小姑娘牙齿都笑出来了。小姑娘引他进门,一会儿又送他出门。他连走路也不响。
以后逢着二老爹的孙女儿吵嘴,聋子就咕噜一句:
“你看街上的小姑娘是多么好!”
他的话总是这样的说。
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