【おすすめ詩集】中村明美『ひかりの方へ』~青森・ブラジル・人間観
こちらの投稿で、中村明美さんの「いつか冬になる前に」という詩をご紹介しました。その詩が収録されている詩集『ひかりの方へ』をご紹介します。
この詩集は、“自分”という枠組み、もっと言えば“自分”という命の重荷からちょっと解放してくれるような詩集ではないかな、と思います。ファンタジーなのか、現実なのか…、そんな不思議な魅力にどっぷり浸かり込んで、しばらく出て来れなくなるかも(笑)。青森のご出身で、ブラジルで暮らしたご経験のある中村さんならではの世界観を、下記にご紹介いたします。
▶「人はどこから来て、どこへ行くのか」を“感じる”詩集
まず、冒頭の2篇「家を曳く」「釣りびとが帰って」を、ちょこっとご紹介します。
「家を曳く」は、中村さんの子ども時代の実経験がモチーフでしょうか。住んでいた家を駅前から地蔵堂の隣へ曳家(※)によって移転したことと、その地蔵堂の情景を描いた作品です。
(※曳家(ひきや):建物を解体せずにそのまま引っ張って移動すること)
次の作品「釣りびとが帰って」は、私たちがはるか昔に魚だった頃、海だった頃の記憶を呼び起こさせるような作品です。
この冒頭の2作品はともに、「人はどこから来て、どこへ行くのか」という問いを、読む者に静かに投げかけてきます。この詩集の全体像を暗示するような作品です。
この「人はどこから来て、どこへ行くのか」という問いは、続く作品「新月」「六月に」に登場する人物(死んでいるのか生きているのかわからない人たち)によって、徐々に答えのようなものを提示していくのですが……、私がいろいろ言ってつまらなくなったらいけないので(笑)、ぜひお読みになっていただけたらと思います。
この詩集は、“考える”より“感じる”要素の強い詩集だと思いますので、五感を研ぎ澄ませて、存分にお楽しみいただければと思います。
▶ブラジルと日本の情景を、高精細の絵本のように描く
また、この詩集の大きな特徴の一つは、ブラジルの景色や小物がたくさん登場すること。中村さんは11歳~14歳、21歳~22歳を、ブラジルで過ごされたようです(奥付より)。
中盤の3作品「ベレンで」「雄鶏考」「娘へ」では、ブラジルの景色が臨場感豊かに描かれます。
絵本のように眼前に広がる、異国情緒あふれる情景。それは楽しいだけでなく、ブラジルの大自然と密接に共存しながら生きる人たちの人間観を、語らずとも伝えてくれているようです。私がこの詩集を“感じる”詩集だと思う、一つの大きな要素です。
▶つながる・めぐる、人間観・死生観
ブラジルのことがメインに描かれた作品は、この詩集の全18作品の中で上記の3作だけですが、とてもインパクトが強く、この詩集の核を成しているように感じます。それはこれらの作品から、この詩集全体に漂う、「人の命は自然の一部であり誰のものでもない」というような人間観をもっとも強く感じるからかもしれません。
例えば、下記。
私はこの、人の命を親や子といった関係に縛り付けることなく、過大評価することも過小評価することもない、またそうあろうとするような感覚がとても好きです。
また、始まりと終わり、誕生と死亡は表裏一体なのだと感じる表現も大好きです。
この詩集にはそのような、自分の命を時間的にも物質としても俯瞰できる詩が満載で、私は読んで、とても解放された気分になりました。そんなに深刻に“自分”とか“個”であろうとしなくても、すべては巡って繋がっているのだから大丈夫かな…と。それはこちらの投稿で一篇全文をご紹介している「いつか冬になる前に」にも通じることです。
ぜひ詩集のすべての作品に触れていただいて、つながる・めぐる命を“感じて”いただけたら、と思います。