見出し画像

就活生にとって、時間をかけてIR資料を読みこむのには意味がない理由

就職活動に関する情報サイトやSNSを見ていると、「IR資料をしっかりと見て、まわりに差をつけよう」といった趣旨の情報をよく目にします。しかし、実際の選考の場でIR資料は本当に役に立つのでしょうか。

証券アナリストというIR資料を分析することも仕事で行っている私が、「IR資料に就職活動で使えそうな情報がどれぐらいあるか」という視点で見てみましたが、ほとんど必要ないと感じます。
もちろん、就職活動で役立てることができそうな内容もありますが、膨大なIR資料を読みこむのに貴重な時間を費やすのはムダが多すぎるでしょう。

そこで、就活支援もしている証券アナリストの視点で、IR資料はどこを見るべきなのか、よく言われるアドバイスのどこが危険なのかまとめてみました。
※あくまで就活生向けの情報ですので、厳密には少し違う内容もあるかもしれませんが、わかりやすさ優先で書いています。



IR資料って何?


IRという言葉は「インベスター・リレーションズ(Investor Relations)」の略であり、日本語に直すと「投資家への情報提供」といった意味になります。
この時点でもうお気づきだと思いますが、就活生向けの情報ではなく、「株主や株主になってくれそうな投資家」に向けて発信されている情報なのです。ということは、投資家にとっては必要だけれど、就活生にとってはどうでもいい情報もたくさん含まれているはずです。

IR資料には次のようなものが挙げられます。

・経営者のメッセージ
・有価証券報告書
・決算短信
・決算説明資料
・統合報告書(アニュアルレポート)


IR資料と言われると、決算内容などの数字で書かれたデータに注目が集まりがちですが、「経営者のメッセージ」などの言葉で書かれた情報もたくさん含まれています。

また、私は「数字は数字としてだけでは見ない」、「言葉は言葉だけでは捉えない」といったことを心がけてIR資料を見るようにしているのですが、これは「情報を鵜呑みにしないで自分で考える」という考えによるものです。就活生向けになされている、「IR資料を読みこもう」「売上や利益の推移に注目しよう」とだけしか書かれていないアドバイスについても同様なのではないでしょうか。



IR資料には何が書かれている?


次に、代表的なIR資料に書かれている内容をざっくりと説明しましょう。

①有価証券報告書

有価証券報告書は、金融商品取引法に定められている書類で、上場企業などの企業は開示する義務があります。記載内容も法律で定められており、下記のような内容が書かれています。


1.企業の概況
主要な経営指標等の推移沿革事業の内容、関係会社の状況、従業員の状況


2.事業の状況
業績等の概要、生産・受注・販売の状況、経営方針・経営環境・対処すべき課題等、事業等のリスク、経営上の重要な契約等、研究開発活動、財政状態・経営成績・キャッシュフローの状況の分析


3.設備の状況
設備投資等の概要、主要な設備の状況、設備の新設・除去等の計画


4.提出会社の状況
株式等の状況、自己株式の取得等の状況、配当政策、株価の推移、役員の状況、コーポレート・ガバナンスの状況


5.経理の状況
貸借対照表、損益計算書、株主資本等変動計算書、キャッシュフロー計算書、附属明細書、主な資産・負債の内容


こういった内容の事が書かれていますが、項目名を見るだけでも膨大な量であることがわかるでしょう。実際、規模の大きな会社であれば100ページをゆうに超えることもあります。慣れていないと、読むだけでも数時間はかかるでしょう。

太字にした部分は、就活のために読んでも支障ないと考えられる部分ですが、ほんの少しです。


②決算短信

決算短信は、証券取引所のルールによって、上場している企業が開示しているIR資料です。有価証券報告書よりも早いタイミングで開示されるため、速報性は高いと言えます。

1.サマリー情報
経営成績財政状態、キャッシュフローの状況、配当、業績予想


2.定性情報
経営成績・財政状態に関する分析、利益配分に関する基本方針、事業等のリスク、継続企業の前提に関する重要事象等、企業集団の状況、経営方針


3.財務諸表等
貸借対照表、損益計算書、株主資本等変動計算書、キャッシュフロー計算書


内容は有価証券報告書の簡易版のような感じです。


③決算説明資料

決算説明資料は、株主総会などで決算内容を説明するための資料です。有価証券報告書や決算短信は記載形式が決められているので、どの会社でも同じ形式ですが、決して読みやすいものではありません。


それに対して、決算説明資料は、自社の業績や魅力を投資家に伝えられるよう工夫が凝らされており、見やすいプレゼン資料形式になっているものが多いです。
どのような内容を書くかは各社によって異なりますが、その中でも見るべきは、有価証券報告書や決算短信であげたようなポイントです。


④統合報告書(アニュアルレポート)

統合報告書は、決算内容についての財務情報に加えて、コーポレート・ガバナンスやCSR(企業の社会的責任)などの非財務情報をまとめた書類です。


ここには、企業理念や経営者の思いなども書かれており、財務諸表からは見えない「企業の個性」をうかがうことができます。すみずみまで読む必要はありませんが、経営者のメッセージや企業の将来像に関する部分は目を通しておいてもよいでしょう。

ただ、統合報告書は作成義務のあるものではないため、一部の企業しか作成・公表していません。統合報告書がない場合は、決算説明資料やホームページ、採用ページを見る必要があります。


就活生が絶対に見ておかなければならない「IR資料にしか書かれていないこと」はほとんどない

ここまで説明したように、投資家向けに書かれているIR資料のうち、就活生が見ておいても良いだろうというものは「ほとんどない」と言えます。


極端な言い方をすれば、就活生が絶対にIR資料を読んでおかなければならない理由はありません。IR資料の中で読んでおいてもよさそうな情報は、採用ページや会社のホームページにも書かれているものがほとんどです。IR資料にしか書かれていない内容だったとしても、その会社が提供している製品やサービスについて考えれば想像できることです。

あえて、どれか1つだけ読んでおく価値があるものを挙げるとすれば、「統合報告書」です。熟読までする必要はないです。統合報告書がない場合は、「決算説明資料」をざっと読む程度で良いでしょう。
いずれも、細かい数値にとらわれず、ざっくり状況をつかむ程度で構いません。


「就活生はIR資料を読んでおこう」という話には、価値があるのか?


しかし、就活生向けの情報サイトやSNSを見ると、「就活生はIR資料を読みこむことで、周囲と大きな差をつけられる」という情報が氾濫しています。だから、私がここまで説明した「就活生が読んでおくべきIR資料はほとんどない」という内容に、不信感を抱いたり不安に思ったりする人も少なくないでしょう。


ということで、よくある「IR資料のココをチェックしろ」という内容の危険性についてお伝えしておきたいと思います。


①売上・営業利益・純利益をチェック?

売上や利益の数値を見るときは、必ず時間軸をともなった「推移」で見なければなりません。売上や利益がいくらなのかを覚えておくことには何の価値もありません。最低でも、数年以上の推移で見るようにしなければ意味はないでしょう。


では、売上や利益がどのように推移していれば「よい」と判断できるのでしょうか。


ライザップグループは、2019年3月期まで、ものすごい勢いで売上と利益を伸ばしていました。しかし、売上が上昇している理由として大きかったのが「M&A」です。また、M&Aによって発生する「負ののれん」というものによって利益も大きくなっていたのですが、そのM&A戦略のほころびから、業績は一気に低迷しました。


マネーフォワードは売上の面では急成長していますが、大赤字が続いています。これは悪い内容なのかというと、そういうわけではありません。多額の広告宣伝費や人件費で、将来の成長に向けた投資を行っているためです。2021年11月期のマネーフォワードの決算で言えば、利益が黒字になっていた方が「将来性に赤信号」と判断されるはずです。


就活生のみなさんは、こういったことまでIR資料を見て判断できますか?
就活支援をしている社会人でも、ここまで判断する力を持っている人はほとんどいないでしょう。

それに、売上や利益の推移を見たとしても、就活の情報として価値があるのかと言うと疑問です。企業が求めている人材は、「業績を把握している人」ではなく、「活躍して業績を向上させてくれる人」です。


②IR資料から企業がどのようにお金を稼いでいるかを知ることができる?

「企業がどのようにしてお金を稼いでいるかまで分析するべき」という意見もありますが、これもナンセンスです。決算書を見て、企業のお金の稼ぎ方を正確に判断することは至難の技であり、推測の域を出ません。


セグメント情報など、大きな区分での売上や利益も記載されていますが、それを見たところで「どの事業に力を入れているか」などということはわかりません。「規模が大きいこと=力を入れていること」ではありませんし、実は「その他セグメント」にまとめられている事業が重要視されていることもあります。


例えば、楽天のFintechセグメントに該当する「クレジットカード事業」は、2010年のIR 資料では、EC事業をよりもずっと小さく、成長率の低いデータが書かれています。しかし、楽天が、この頃からECショッピングモールの運営よりも、そこで動くお金の流れを押さえる「金融事業」の方が重要であると考えていたのは間違いないでしょう。


IR資料をここまで読みこむことができるのであれば価値はあるかもしれませんが、そこまでできる能力のある人は、IR資料を全く読んでいなくても、就職活動であっさり内定をもらえるだけの能力を持っていると思います。わざわざそこまでしなくてもいいのではないでしょうか。


③財務状況を競合他社と比較することで企業研究ができる?

「収益力などを比較することで競合他社との力の差を見ることができる」という情報がありますが、はっきり言って「まず無理」です。

IR資料が公表されている企業は、複数の事業を展開しているところがほとんどです。トヨタ自動車であれば、自動車を作っている事業の他に、自動車を販売している会社、家を売る会社、クレジットカード事業を行っている会社なども含めた業績がまとめて公表されているだけです。
それぞれの事業によって収益性も変わりますし、必要な資産も変わります。事業の組み合わせ方や比率によって、利益率や貸借対照表の構成は大きく変わります。実際に証券アナリストなどが株価を評価するレポートなどを作成する際は、どのような事業がどのような割合で組み合わさっているのかまで踏み込んだ分析を行い、そこから他社との比較を行います。


1つの事業しか行なっていない会社同士を比較するのであれば、参考になることはあるかもしれません。しかしその場合でも、ちょっとした違いが、その企業の力とは異なる要因で決算内容の差につながることも少なくありません。

自分なりに分析して、決算内容から会社の違いを見出したとしても、それは自分の推測であり、最後に「知らんけど」がつく程度のものでしかないと考えておくべきです。


④自己資本比率が高い会社は安定した会社である?

自己資本比率が高い会社は、純資産が多く負債が少ないため、安定した企業だと判断することができます。…というのは表面上の話。


自己資本比率が高い会社には2種類あります。それは、「お金を借りなくてもいいから自己資本比率が高い企業」と「お金を借りられないから自己資本比率が高い企業」です。


将来大きく成長できる企業は、逆に大失敗するリスクも抱えている企業とも言えるため、業績が安定している会社とは言えません。ベンチャー企業などがこれに当てはまるわけで、こういった企業は、銀行からの借入が非常に難しく、ベンチャーキャピタルなどから出資を受けて事業を行います。シンプルに言ってしまえば、銀行からお金を借りれば、自己資本比率は下がります。ベンチャーキャピタルなどの投資家から出資を受けると、自己資本比率は上昇します。
上場しても、借入で事業を行うことが難しく、出資を受けて成長を続けようとしている企業もたくさんあります。


日本の五大商社の一角である三菱商事は、自己資本比率約30%(2021年3月期)です。
超優良企業と言える三菱商事が自己資本比率30%程度ということは、自己資本比率が50%を超える会社はとてつもなく安定した企業のように思えます。
それに対して、パズドラで有名なゲーム会社「ガンホー・オンライン・エンターテイメント」の自己資本比率は約80%(2021年12月期)です。


自己資本比率だけで安定している企業かどうかを判断したとすると、「三菱商事よりもガンホーの方が圧倒的に安定している」という判断になってしまいます。さすがにそう考えてしまう人はいないと思いますが、単純に数値だけで比較することに何の意味もないことはわかってもらえるのではないでしょうか。


⑤IR資料から逆質問の内容を考えることができる?

「逆質問をすれば面接官からの評価が上がる」という謎なテクニックが氾濫していますね。ただ、ここはその是非を判断する場ではないので省略します。


IR資料から、逆質問や説明会での質問内容を考えることができるという話があります。これについては可能だと言えます。
しかし、ここまで説明してきた内容から、就活生や就活支援者レベルでIR資料を分析したところで価値ある判断ができるとは思えません。その結果何が起きるかと言うと、「評論家目線の逆質問多発問題」です。


「○○事業の将来性についてどうお考えですか」
「同業他社と比べて収益力が高い源泉は何でしょうか」


こんなことを聞いてどうしたいんですか?
株でも買って株主様になってください(笑)


評論家目線ではない、「働く」という視点で質問ができた場合でも…


「中期経営計画に書かれていた重点戦略は、若手社員が活躍できる場になるでしょうか」


そりゃあ優秀な人なら、重要なプロジェクトに関わらせるだろうよ。


「IR資料に書かれていた○○という課題に対して、今後どのような対策を取られるのでしょうか」


書けることだったらIR資料とかに書いてるよ。書けないことは投資家に対して「まだ言えないこと」だからだし、そんなことを就活生相手に話せるわけないでしょ。


表面的な理解しかできていないのに、IR資料を質問につなげようとすると、こんな悲惨な未来が待っているかもしれません。まあ、質問した相手が、人事や経営中枢に近い人でなかったら、「よく知ってるねー」というお言葉はいただけるかもしれませんが、「よく知ってる=内定に近づく」ではないでしょうね。


IR資料は、あくまで参考程度に読むくらいでOK


以上のように、私の目線から、就活生とIR資料についての考えをお伝えしました。


IR資料を読みこむこと自体は、就職活動にとってプラスに働かせることは可能です。しかし、そんなことまでできる人材はまずいません。そして、そこまでできる人であれば、IR資料を熟読しなくても、企業分析ができるはずです。


ほとんどの人は、そこまでIR資料を活用することはできないでしょう。正直、IR資料を読みこむことにたくさんの時間を使う価値はないと思います。読むとしても、「必要な部分だけをざっと読み、そこからヒントを得て、ホームページを見たり実際の世の中での評価などをみたりして企業分析をする」という程度でよいのではないかと感じます。


みなさんの就職活動に少しでもお役に立っていれば幸いです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?