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クリスマスの魔法

師走。今年もこの季節がやってきた。

冬のボーナスでオモチャを買え、ケーキやチキンを食卓にエンゲル係数をあげよと誘ってくる魔法のイベント、クリスマスだ。バレンタイン、イースター、ハロウィンなど、海外の文化であるはずなのにいつのまにか日本でも大賑わいのイベントになっているものは他にもある。しかし、クリスマスはとりわけ親にとって複雑だ。なぜなら、「サンタがプレゼントを持ってやってくる」演出をしなくてはいけないからだ。

我が家には、5歳、3歳、1歳の子どもがいる。そろそろ我が家の方針を決めないといけない。
サンタは24日の夜に来るべきなのか、次の日に支障があるから土曜日から日曜日にかけてくるべきなのか、寝ている間にサンタがトナカイのそりに乗って持ってくる設定なのか、サンタに委託されて親が用意する設定なのか……。そもそもうちは仏教徒だ、サンタは来ない! と言ってしまえば楽なのだが、そういうわけにもいかない。

私は、何を心配しているのだろう。子どもたちの喜ぶ顔が見られたらそれでいいじゃないか。

それはそうなのだけれど……。

クリスマスはシンデレラの魔法みたいだなと思う。魔法にかかっている間の幸せなひととき。そして、12時の鐘が鳴り終わるとき、魔法のドレスもかぼちゃの馬車も白馬も御者も、みな消えてしまう。

そう、魔法が解けた時のことを今から心配している。いつかやってくる、サンタの正体を知る瞬間。

サンタの存在は各家庭によって異なる。私は小学校高学年まで、本気で信じていた。毎日のように遊ぶ友達も、第一子が多かったからか10年以上魔法にかけられたままだった。今思えば、地域ぐるみで魔法をかけてくれていたのかもしれない。

しかし、ある日事件が起こった。お姉さんがいる同級生の家にサンタが来なくなったのだ。
「夢がないなぁ」
「サンタさんはいるにきまってるじゃん」
みんなでその子を非難した。

小学生だった私には、サンタは親じゃないと確信があったのだ。ひとつは、一番下の弟が産まれてからのクリスマス。母はおっぱいだけで弟を育てていたのに、サンタさんはミルクの缶をプレゼントしてきた。サンタでも間違えることはあるんだなぁと思った。また、こんなこともあった。当時、ディズニーの101匹わんちゃんのVHSをサンタさんにお願いしていた。本当に欲しかったから玄関から空に向かってお祈りしたのを覚えている。お願いした通り、そのビデオは枕元に届いた。けれど、母は同じものの英語版を買っていた。サンタさんが希望通りプレゼントを持って来なかったときのために買っておいたのだという。今なら間違って買ってしまったのだと容易に想像できるのだが、信じ切っている子どもの思考回路はファンタジーそのものだ。お母さんも心配だったんだね、と安心するとともに念のため用意してくれたことに愛情を感じたものだった。

「サンタはお母さん……!?」
12時の鐘は突然鳴った。ある年のクリスマスプレゼントは、今までと違っていた。大きな包みではなくクリスマス用にラッピングされた封筒にピーターラビットの図書カードが1枚。そして手書きのカードが入っていた。
「クリスマスおめでとう!」
丸みのあるきれいな字。紛れもなく、母の字だった。

確かめるのは子どもなりに野暮だと思った。小さい弟たちはまだファンタジーの中だ。この出来事を私はひとりで抱え込んだ。信じていたのに裏切られた気分だった。子ども扱いしないでよ、と悔しくなった。恥ずかしくて、登校中どんなプレゼントをもらったのか話題にできなかった。夢がないなぁ、とバカにしたあの子に申し訳なくなった。

シンデレラはその後、落とした片方のガラスの靴を頼りに幸せになる。かぼちゃの馬車はもう要らない。でも、魔法があったからこそ、そのあと本当の幸せを手にしたのだ。

サンタの魔法もいつか解けてしまう。それでも、ワクワクした記憶は、本物だった。ちゃんとテーブルクロスを敷いて、ナイフとフォークを並べ、よくわからないけど日本っぽくないいつもと違う夕食に、ツリーのきらめき。誰の誕生日でもないのにケーキを食べて、おなか一杯になってワクワクしながら眠る素敵な夜。そして翌朝プレゼントを目にした時の最高の喜び。

サンタさんの存在について、我が家の方針に悩んでいたけれど、なんとなくわかったことがある。魔法にかかったことがなければ、魔法をかけることはできない。あの魔法が解けた時の寂しさも、成長だったのだ。12時の鐘が鳴った時、寂しくて悔しくて、我が子にはそんな思いをさせたくないなと思った。だから悩んでいた。でも、違うんだ。今思い返せば、あの鐘は直接言わずに伝えてくれた、大人の階段を一歩のぼらせてくれた、温かい音色だった。

だから、決めた。いつか魔法は解けるけど、それまで全力で魔法をかけよう。魔法が解けた時の寂しさは、いつか味わうべきものなのだ。


「サンタさんがみえるように外にもキラキラつけたい!!!」
今日もイルミネーションを増やすようにおねだりする5歳の娘をなだめながら、私もワクワクしてきた。魔法使いのおばあさんの気分だ。

さぁ あなたからメリークリスマス
わたしから メリークリスマス
Santa Claus is coming to town♪

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