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神影鎧装レツオウガ 第八十四話

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Chapter10 暴走 05


TRRRRR。TRRRRRRRRRRRR。
「……おっと」
 鳴り響く通信音に、ギャリガンは目を開く。ここはレイト・ライト社執務室――だった部屋だ。今は随分と趣が変わっている。スレイプニルへの変形に伴い、壁から迫り出してきた大小の計器類、特に大型モニタが強烈に自己主張していた。
「ご主人、通信ッスよ」
 どうあれ、少し物思いにふけり過ぎたようである。
「ああ、分かっているとも」
 アオに促され、ギャリガンは大型モニタの前に移動した。
「準備出来たぜ、社長」
 映り込んだのはグレンだ。部屋に備え付けのモニタはレックウに壊されたため、烈荒《レッコウ》のシートから通信して来ている。
「コイツも、そろそろ大丈夫そうだ」
「おふぁようございまふ」
 助手席を指差すグレンに、ペネロペは大きなあくびを返した。つい今し方、デミクサーの反動から復帰したのだ。
 更にペネロペは、烈荒のダッシュボードから一発のライフル弾を取り出した。計画の最終段階を担う、最も重要な一発だ。万が一の破損や紛失を防ぐため、今までここに置かれていたのである。
 その側面には、小さく『Snow』と刻印されているのが見て取れた。
「よしよし、そいつは重畳だ」
 頷き、ギャリガンは軽く指を振る。アオは頷き、クチバシで器用にコンソールを操作。するとギャリガンの右手側に立体映像モニタが展開し、別の場所との回線が接続。
「こっちの準備は出来たぞ。ハワード、そっちはどうだい」
 かくて映りだしたハワードは、今まさにレツオウガの二刀を受け止め、弾き返した所だった。
「おう!いつでも良ィ、ぜッ!」
 ぎぃん。巨大な刃の振動が、モニタ越しですら空気を振るわせる、ような錯覚。
 肌を焦がす闘気。久しく忘れていた感覚に、ギャリガンは片眉を吊り上げる。
「宜しい。では始めようか。最後の、仕上げのフェイズをね……アオ」
「うッス」
 クチバシでコンソールを突くアオ。起動コードが打ち込まれ、エンターキーが叩かれる。
 かくして装置は起動した。
 レツオウガの、レックウのボディ内部へ入り込んでいた、あの装置が。

◆ ◆ ◆

「む」
 アメン・シャドーの鎌を受け止めながら、辰巳《たつみ》は違和感を覚えた。
 霊力が減衰している。レツオウガの可動や、タービュランス・アーマーの使用とは無関係に。
 何故?
 もう幾度目かになる切り結びの後、やや強引にレツオウガは跳び退いた。当然隙は生まれるが、上空の赫龍《かくりゅう》が的確な援護射撃でそれを潰してくれる。
「感謝するぜ」
 言いつつ、辰巳は機体の霊力状況をスキャン。結果はすぐに出た。
「やはり……」
 気のせいではない。想定外の術式か何かが、レツオウガの霊力を消費している。
 而して、原因は何だ? 機体のトラブルか? 敵の奥の手か? それともEフィールドのギミックか何かか?
 肉眼とセンサー、二つを駆使して辰巳は一帯を見回す。が、特に変わったような所は見当たらない。強いて言うなら、心持ちアメン・シャドーの攻勢が鈍ったような気もするが――。
「い、五辻《いつつじ》、くん」
「何だよ、今忙しいんだよ。それにファントム4だっていつも――」
「うし、後ろ!!」
「――後ろぉ?」
 辰巳は振り返った。そして、絶句した。
 辰巳の斜め後ろ、さっきまで冥《メイ》が立っていた辺り。
「こ、これ」
 レックウに跨ったまま、風葉《かざは》は真横に立つ招かれざる客を、震える手で指差す。
「GIGI、GI」
 隙間だらけの口から、軋むような声が漏れる。針金細工じみた霊力光の束が、骨組みを編み上げようとしている。
「竜牙兵《ドラゴントゥースウォリアー》、だと」
 辰巳は呻く。ギャリガンがレックウへ秘密裏に取り付けていた装置。あの中に、術式が組み込まれていたのだ。
 それの発動に伴い、装置はレックウの経路から霊力を吸い上げている。先程の霊力異常はこれが原因だったのだ。
「だが、いつ、どうやって……?」
 渦巻く疑問。きっとレックウで走り回ってる間に、何かされたのだ。
 だが、だとしても何のために――ごく短いその当惑が、状況の明暗を分けた。
「GIGIIIIIIIIIIッッ!!」
 太く短い、トゲだらけの凶悪な棍棒《メイス》。竜牙兵はそれを辰巳目がけ、振り下ろす。
 単純な、しかし強烈な一撃。
「く、う!?」
 脳天を狙うその一撃を、辰巳は防御しようとした。が、いつもの左腕はコンソールに固定されており。
「ん、な、ろ、っ!」
 故に辰巳は、生身の右裏拳で棍棒を迎撃した。
 ほぼ反射的に、かつ無理矢理に放たれた拳打は、どうにか竜牙兵の一撃を受け流した。
 だがその代償として、辰巳の右手は砕けた。ギャリガンが予知した通りに。
「ぐ、あ」
 ぽたり、ぽたり。流れる血に顔をしかめる辰巳。
「GIGIGIIIIIIIIIIIIIIIッッッ!!」
 その目の前で、竜牙兵は再度棍棒を振りかぶる。今度こそ叩き潰す為に。
「調、子に、乗るなっ!」
 無論、二撃目まで許す辰巳では無い。片腕を固定した体勢とは言え、それでも切れ味鋭い背面蹴りが、竜牙兵を強かに打ち据えた。
「GGIIII!?」
「わぁ!?」
 叫ぶ風葉の真横を吹っ飛んでいく竜牙兵。そのまま背面の霊力装甲へと激突、停止。
「GI、GI、GI」
 半壊状態に陥りなりながら、それでも律儀に棍棒を構え直そうとする竜牙兵。
「ち。うっかりしてたぜ」
 舌打つ辰巳。排除ばかりが先立ってしまい、霊力装甲の透過設定を忘れていたのだ。
 辰巳はコンソールを操作し、竜牙兵背面の霊力装甲のみを透過するよう設定。入り込む外気を肌で感じながら、赫龍と戦闘中のアメン・シャドーを警戒しつつ、叫んだ。
「ファントム5! 茶漬けも箒も無いが、客に帰って貰うぞ!」
「え? ……あ。ん、分かったッ!」
 未だふらついている竜牙兵へ、風葉はフェイスシールドを開けつつ振り返る。
 金色の双眸を光らせながら、大きく息を吸う。
「このガイコツ! 出てけぇーッ!!」
 ソニック・シャウト。やる気と出力が比例する攻性衝撃音波を、しかも至近距離から直撃した竜牙兵は、当然ながら粉微塵になった。
 断末魔さえ残す事無く、霊力装甲の外へと吹っ飛んでいく細かな欠片。
「ふ、ぅ」
 一息つき、風葉はフェイスシールドを戻す。
 いや、戻そうとした。
「ん、」
 風葉の背中を、悪寒が撫でた。
 それは視線だ。酷くまっすぐで、迷いなぞ微塵も無くて、しかもどこかで感じた事がある透明な殺気。
 あれは、いつだったか、そう。
「学、校?」
 マリアが転校して来て、禍《まがつ》と一緒に戦ったあの日。あの日の戦端を開いた銃撃と同じ視線を、風葉《フェンリル》は嗅ぎ取ったのだ。
 だが、一体どこから?
 霊力装甲越しに見えるのは薄墨色の海ばかりであり、せいぜい目につくのは抜け殻となったレイト・ライト社ビルくらいなもので。
「……ビル?」
 かくて、風葉は気付いてしまった。ほんの数秒前、グレンの転移術式で屋上へとやって来た、狙撃手の視線に。
 加えて、風葉は認識してしまった。その狙撃手が構えた、長大なライフルの銃撃を。
 ちかりと光った、針のように小さい閃きを。

◆ ◆ ◆

 銃声、銃声、銃声、銃声、銃声が響く。
 一直線に落下しながら、冥《メイ》が拳銃を連射したのだ。直近に立つ柱を足場とした、三角跳びじみた急降下からの精密射撃であった。
「ほっ、と」
 猫のように柔らかく着地する冥。しゃがみこそするが、手はつかない。どちらも銃で塞がっているからだ。
 左手には自動拳銃《オートマティック》。辰巳が装備している物と同型の、ブーストカートリッジが装填されている移動装置。
 右手には輪胴弾倉《リボルバー》。グレンと戯れた時は空だった、硝煙代わりの霊力光を立ち上らせる対大鎧装弾発射装置。
「ふうっ」
 そんなリボルバーの銃口へ、冥は息を吹きかける。
「よもやと思うが。こんなもので僕をどうにか出来ると思っていたのか?」
 立ち上がりながら、冥は消え行く霊力光を目で追う。その向こう側で、ハワードは相変わらず尊大に足を組んでいた。
「……あーららァ」
 腕も組みながら、ハワードは冥の背後を見上げる。対人用の腕部エーテルバルカン砲を展開したまま、タイプ・ブルーは案山子のように突っ立っている。
 ずん。
 ――いや、今両膝を突いた。
 首元、両腕付け根、胸部少し下。装甲の隙間からねじ込まれた対大鎧装弾により、霊力経路が寸断。機能停止に陥ったのだ。霊力装甲が揮発し、タイプ・ブルーは惨めな骨組みへと戻っていく。
「いや、いや、いや。まともな勝負になンねェこた見え透いてたがよォ。まさかここまでたァ思わなかったぜ」
 唸るように賞賛しながら、ハワードはつい先程まで冥が見せた動きを反芻する。
 左の自動拳銃による高速軌道で、タイプ・ブルーの動きを攪乱。隙を造った。
 そして右のリボルバーによる的確な射撃で、タイプ・ブルーの各部を破壊。沈黙せしめたのだ。つくづく恐るべき技量である。
「流石は冥王ハーデスサマ、ってェトコだなァ」
 死者の能力を自身へ転写し、同等の能力を得る冥王特権。以前グレンを翻弄したその能力で、冥はかつて大鎧装との戦闘を得意とした戦士の技量を、自身に宿らせたのだ。
 そしてその技量に支えられた銃口が、まっすぐにハワードの眉間を射貫いた。
「当然だな。こんなガラクタで僕を仕留めたいなら、せめてダース単位でもって来る事だ」
「あァ、まったくだな」
 ハワードは片目を瞑り、両掌を上に上げる。降参のジェスチャーだ。
「……ふむ。その割には愉快そうだな」
「おやァ。分かッちゃいますか」
「分かっちゃいますとも。そんなに口元がつり上がってりゃね」
「おッと、こいつァうっかりだ」
 などと返すハワードであるが、特に口元を隠そうとはしない。むしろ見せつけるように背筋を曲げ、静かに腕を下げた。
「しかし、まァ、なんだ。確かにこいつァオレの負けだ」
 ぱきん。ギャリガンは指を鳴らす。
「そして。オレ達の、勝ちだ」
 右手側、格納状態のグラディエーターにも匹敵する巨大な立体映像モニタが、唐突に横合いへ点灯。その画面を横目に見つつも、冥の銃口はハワードの眉間からまったくブレない。
「一体――」
 何の真似だ。そう続けようとした二の句を、冥は告げなかった。
 正方形のモニタ内、映り込んだのはレイト・ライト本社。未だ幻燈結界《げんとうけっかい》の薄墨色に沈んでいる屋上で、長大なライフルを構える人影が一つ。
 十中八九グレンの転移術式でやって来ただろうその少女の顔を、何よりそのライフルの性能を、冥は知っていた。
 だが、一体何を狙っているのか。
「――まさか」
 この状況で、ああまでして敵が狙う標的なぞ、レツオウガ以外に有り得ない。
 故にその脅威を伝えるべく、冥は転移術式を開いた。
 もとい、開こうとした。
「おぉっ!?」
 ぐぅん、と。
 冥が腰裏のタブレットへ手を伸ばそうとした直前、唐突に床板が盛り上がった――いや、違う。古代エジプト様式の内装をすり抜けて、階下へ格納されていた待機状態のグラディエーターが、リフトアップされて現われたのだ。
 冥の動きを封じるため、ギャリガンが予知した通りに。
「ちぃ!」
 どうあれここには居られない。即座に冥は飛び降り、宙返りしながら着地。かくて冥は、その目に見た。
 等間隔に並ぶ柱の間から、一面に広がる石畳の下から、大量の金属立方体が現われる一部始終を。
「なんだい、まだこんなにあったのか」
 タイプ・ブルー、タイプ・ホワイト、そしてタイプ・レッド。続々と変形する大鎧装部隊を侍らせながら、ハワードは言い放った。
「さァ、在庫一掃処分だ! ダース単位なんてシケた事ァ言わねェ! 全部持ってってェ貰おォじゃねェか!」

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【神影鎧装レツオウガ 人物?名鑑】
アカ&アオ

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