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フレイムフェイス 第十五話

猛撃のディープレッド (9)


「あ、れは」

瞠目するアンバー。見間違える筈がない。
 巻物スクロール。ギューオの掌中で不穏な魔力光を脈打たせるそれは、彼の傍らに立つクレイルが破壊獣へ変じるのに使った代物と、まったく同じ形状だったからだ。
 そして、ギューオは。

「イグニション……!」

躊躇う事無く、力を発動した。
 竜巻じみて荒れ狂う魔力。スクロールから放たれるそれはギューオの体躯を覆い隠し、尚も伸張。拡大。

「激しいなあ。思ったより激しいなあ」

どこか楽しげなつぶやきと共に、クレイルは渦へ飲まれ消える。同じ乗合馬車《キャリッジ》である以上、何らかの保護なり除外処理があるのはむしろ妥当だ。

しかし、エルガディア防衛隊側はそうもいかない。

「これは……」

止まない、どころかじわじわと拡大を続ける魔力の竜巻。必然、じわじわと後退を強いられるフレイムフェイス一同。
 そうこうする内にアンバーは気付く。部屋の壁が無くなっている事に。

「え……ええっ!?」

二度見しても事実は変わらない。ギューオかクレイルのどちらかがダンジョンの構成情報を操作、奈落を作り出したのだろう。
 その先に何があるのか? あまり考えたくはないが、面白くないものが待っているのはは目に見えている。とにかくアンバーはホロモニタを通じ、隊の全員に情報を共有。短い思考の後、防衛隊のキャプテンが口を開いた。

「特佐、今度こそ攻撃を行います。よろしいですね」
「どうぞ。ただしシールドの維持を最優先にして下さい」
「了解。総員、一斉射撃!」

キャプテンの指示に従い、各員のアサルトライフルが火を噴く。フルオートで撃ち出される弾丸の雨は、主に竜巻の展開前にギューオが居た地点を狙って直進。竜巻に着弾。

そして。

弾丸は瞬く間に引き裂かれ、魔力光となって竜巻に取り込まれてしまった。

「な」

絶句するキャプテンとアンバー。直後にフレイムフェイスが叫んだ。

「総員、シールド出力最大!」

キャプテン含め、防衛隊員達は即座に従う。射撃を中止し、プレートへ音声入力。入隊して最初に教えられるメソッドの一つなのだから、手早いのも当然だ。
 こうした条件反射が、隊員達の身を守った。シールド出力を上げた直後、銃弾が変性した魔力光が飛び戻って来たのだ。

「わ、うわわっ!?」

声を上げるアンバー。無論彼女にもフレイムフェイスにもダメージは無い。ただ弾道を見切って叩き落したフレイムフェイスの動きが凄まじかっただけの話だ。
 そして当然、他の隊員達にそんな真似は不可能だった。

「うぐっ!」「わっ」「うおおっ!?」

全員が十発以上の弾丸を受け、うち二名ほどが後ろに倒れる。アンバーはすぐさまモニタで状態確認。全員シールドのレベルが一以上減衰しているが、それ以外のパラメータに大きな変化は――。

「待って、ちょっと待って」

今し方倒れた二人。それぞれ腕と足に傷を負っている。しかし二人ともシールドは維持されている。
 例えレベル1だろうと、完全に破壊されない限り使用者に攻撃は通らない。それがシールド・ディフレクターである筈だ。
 それが今、覆された。

「そんな……どう、やって!?」

絶句するアンバーの眼前で、ギューオの生み出した竜巻は尚も半径を広げてゆく。
 じりじりと。
 確実に、こちらを磨り潰すかのように。

◆ ◆ ◆

まず最初に、立ち上がっている自分自身をリヴァルは発見した。
 振り返る。今まで座っていたベンチは無い。展開したダンジョンに上書きオーバーライドされたのだ。

代わりにあったのは、夜露に濡れる下生えである。

「オイ、オイオイ」
 
 見回す。高く、長く、我先にと伸びる木々の群れ。見上げれば雨が上がったばかりの月夜へ向けて、樹木の軍勢が槍じみた枝を突き上げている。

鱗槍樹の森。
 忘れる事なぞ出来ないあの夜に、リヴァルは立っていたのだ。

「な、んだ、ここは」

横合いから声。リヴァルは我に返る。
 そちらへ視線を向ければ、全方位を警戒しながら魔導銃を構えるカドシュの姿。

目が合う。
 銃口が、抜かりなくリヴァルを捉える。

「割と上手くやっていけると思ったんだがな。それとも、これがそっちの世界の常識って事なのか?」
「待て待て、落ち着いてくれよニイちゃん。こんなの俺だって想定外なんだからよ」
「でしょうねえ。カドシュ君も、とりあえず銃を下ろしてください」

カドシュの顔の前、唐突に現れるホロモニタ。右腕に固定されたプレートから投射されているそれには、フレイムフェイスのデフォルメアイコンが表示されている。

「……了解」

渋々、と言った体で銃を下ろすカドシュ。そして改めて、素早く周囲を見回す。
 どこからどう見ても、夜の森の中にしか見えない。

森のダンジョン。それ自体にはカドシュも覚えがある。だが十七年前に見たあれは、既存の街並みをまだらに上書きオーバーライドして現れていた。

だが、今回のこれは趣きが全く違う。特に空が奇妙だ。向こう側が見えない上に、白く輝く妙な球体が浮いている。

その球体とは天体であり、いわゆる「月」と呼ばれる衛星なのだが――カドシュがそれを知るのは、まだ先の話だ。
 どうあれカドシュの傍らで浮遊するモニタ内から、フレイムフェイスは問うた。

「はてさて、改めまして。説明して頂けるのでしょうか、スティア・イルクスさん」

角度を変えるホロモニタ。カドシュとリヴァルも視線で追う。
 右手側、木々の開けた広場。差し込む月光に照らされながら、長い髪をなびかせる女が一人。
 スティア・イルクスが、そこに立っていた。

「スティア――! どういうつもりだ!」
「どういう? つもりかって?」

じとりと、スティアはリヴァルを睨んだ。

「まさかこの私が。何の相談も連絡もなくいきなり乗合馬車の裏切りに加担させられた私が。何の不満もなくそれに賛成するとでも?」
「……ああー」

リヴァルは頭をかく。バツの悪い顔になる。

「いや、だって、なあ。もし少しでもギューオに不審なトコを察知されたら」
「『正座』『黙れ』」
「んがっ」

短く叩きつけるスティアの言葉へ、リヴァルは即座に従う。草にも構わず正座し、口も一文字に結ぶ。
 あまりに不自然なその動きに、フレイムフェイスは覚えがあった。

「魔術契約による行動制限、ですか」
「そうよ。そりゃ知ってるわよね」
「ええ。ただ、少し意外でして」
「何が?」
「魔術契約とは、上位の者が下位の者を縛るために存在するものです。乗合馬車の主任であるギューオ・カルハリ氏がアナタがたを――」

ちらりと、フレイムフェイスはリヴァルを見る。
 リヴァルは、何とも言えない顔をしていた。

「――このように行動制限するなら分かります。ですがその強権をアナタも有しているとは、思わなかったので」
「ああ、それは当然。私は『操縦者ドライバー』だからね。主任と同等の地位を与えられてるの。これでもね」
「おや、それは驚きました。僕はてっきりモスター氏がナンバー2だとばかり」
「年だけなら、確かにそうかもね。彼は参謀。しかも主作戦は最初から決まってたから、仕事はトラブルの対処とかだった筈なんだけどね。まさか当人がトラブルそのものになるなんて」

肩を竦めるスティア。カドシュは、リヴァルを横目で見た。

「なんか、アンタ、大変みたいだな」
「――、――っ」

リヴァルは答えない。答えられないのだ。契約に縛られているが故に。

「はてさて。何にせよモスター氏から事前に頂いていた情報によると、作戦時に組む事になる相方もきっと了承してくれるだろうとの話だったのですが」

フレイムフェイスの表示されるホロモニタが、スティアと目を合わせる。
 まっすぐに、見据える。

「その気はない、と?」
「それも、まさか。主任の、ギューオ・カルハリの強攻に待ったをかけられるのなら、それに越した事は無いわ。エルガディアの壊滅は……『海の外』の全ての者が、望んでるわけじゃあないもの」
「無論、アナタもその望まない側の一人と言う事ですね」
「……そうね。そう取ってもらって構わない」

やや目を伏せるスティア。何か思う所があるのだろう。だがそれはフレイムフェイスにはわからない。
 少なくとも、フレイムフェイスである限りは。絶対に。

「では。何故アナタはこのような、ダンジョンを展開したりしたのです?」
「ああ、それはシンプル。とてもね」

顔を上げるスティア。フレイムフェイスを見据える。
 真正面から。半ば睨むように。

「さっきから言ってるけど。結局のところ、気に入らないからよ。あの時とおんなじ」
「あの時?」
「そうよ――」

ぱきん、と。
 スティアは、指を鳴らした。
 途端、空間が揺らぐ。魔力が乱れる。
 ダンジョンの定義が書き換えられ、空が、森が、飴細工のように捻じくれていく。
 明らかな異常事態。カドシュは反射的に銃を構え直そうとする。

「あれ、は」

だが、果たせない。
 理由は二つ。一つは、空間の捻じれがすぐに収まった事。辺りは先程とほとんど変わらぬ夜の森で、スティアも動く素振りがない。だから、こっちは小さい理由だ。

二つ目にして、大きな理由。スティアの背後、夜の森の、更にずっと向こう。
 高く、巨大な、青色の塔が、カドシュの視界に入ったからだ。

「な、んだ?」

そもそも、あれは塔なのだろうか。夜空の、優に三分の一を埋め尽くす巨大な建造物。あまりに大きすぎて遠近感が掴めない。しかも恐るべき事に、どれだけ見上げても頂上部が見えないのである。そしてそれはどんな遠見の魔法を使ったとしても不可能だ。何せこの青い建造物は、この星の空を突き抜けて、遥か宇宙へと手を伸ばしかけているのだから。

「何、って。『海』よ。アナタがた輪海国エルガディアの人間が、毎日目にしている代物。それを外側から見た光景」
「ん、な」
「付け加えるなら。存在するだけで、周囲の国家から大量の魔力を強制的に吸収し続けている魔法特異点でもある。途方もない、途轍もない、超弩級の魔術災害」
「それが、輪海国エルガディア、だと」

かくて大いに困惑するカドシュとは対照的に、スティアの表情は冷たい。

「どう? 少しは思い出せた? マット・ブラック」

そして、ギューオと同様に。
 異なる名で、フレイムフェイスへ呼びかけたのである。

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