神影鎧装レツオウガ 第七十七話
Chapter09 楽園 14
殺《と》った。
全力駆動、機体重量、スラスター推力。この三つが噛み合った己の太刀に、サラは必殺の確信を抱いた。
いかに迅月《じんげつ》が頑丈な盾を持っていようと、防御はもはや間に合うまい――事実、その判断は間違ってはいなかった。
「モードチェェンジ!」
がぎり。
「、え」
雷蔵《らいぞう》の叫びと、刃を縫い止める金属音が聞こえるまでは。
「ぐ、る、る」
縫い止めたのは迅月の牙だ。より正確に言えば、ビーストモードに変形した迅月の顎《あぎと》である。
モードチェンジの際、大口を開けた顎の奥からヒューマノイドモードの顔が迫り出す変形機構。雷蔵はそれを応用し、ビーストモードに変形した頭部の牙で太刀を防いだのだ。
無論、ただの牙にライグランスの全力斬撃を止める事なぞ、到底不可能だったろう。
「タ、イ、ガァァァ」
だが。ビーストモードの迅月の顎には、対象の霊力と強制接続して炸裂術式を叩き込む必殺武装、インペイル・クラッシュが搭載されており。
「かみ、つきぃィィィ……!」
頭部以外の箇所もビーストモードへと変形させながら、迅月はいっそう深く牙を太刀へと食い込ませる。
「マズ、いッ!?」
切瑳に太刀を捨てようとするサラだが、ライグランスの手は柄を握り締めたまま放れない。放せないのだ。牙から流れ込むインペイル・クラッシュの霊力が、ライグランス腕部の灼装《しゃくそう》ごと太刀を絡め取っているために。
「ボン、ぶぁっ!?」
しかして、インペイル・クラッシュが起動する一秒前。降り注いだ一筋の光線が、ライグランスの太刀をまっすぐに撃ち抜いた。
爆ぜ折れるライグランスの太刀。同時にインペイル・クラッシュは目標を見失い、暴発。生じた爆煙へまともに巻き込まれ、迅月の動きがしばらく止まる。
「い、ま、ッ!」
即座にサラはスラスターを全力稼働。ライグランスは飛び退り、迅月との間合いを大きく開ける。
「……ふう。助かったよペーちゃん」
「ういうい」
通信機越しに返ってくるのは、いつもの気が抜けたペネロペの声。しかしてその照準が導くメガフレア・ライフルは、真逆の鋭さで本来の標的たるディスカバリーⅢ部隊を追い詰めていく。
ペネロペが照準する。メガフレア・ライフルが吼える。二号機の頭部が蒸発。
ペネロペが照準する。メガフレア・ライフルが吼える。一号機の左腕が爆砕し墜落。
ペネロペが照準する。メガフレア・ライフルが吼える。四号機の脚部が撃ち抜かれて転倒、しない。
「おんや」
呟くペネロペ。その双眸は、ディスカバリーⅢ四号機が構えている丸盾を見ていた。
四号機の全身を覆う、半透明かつ円形の防御シールド。その発生基点となっている丸盾は、無論四号機の装備ではない。引金を引く直前、横合いからいきなり割り込んできたのだ。
その正体は、やはり迅月が装備していた盾の片割れである。今しがたビーストモードに変形した迅月が、基部のブースターごと四号機へと射出。四号機は切瑳にサブアームを展開し、掴み取り、防御シールドを発動したのだ。
「いー反応スね。だったら」
射出元を先に潰すべし、とスノーホワイトは銃口を迅月へと向ける。
だが当の迅月はジグザグ軌道で照準を攪乱した後、あろう事か四号機が構える盾に上半身を隠してしまった。更に下半身へ装着しているもう一枚の盾で防御シールドを展開し、即席のトーチカを構築してしまう。
「あらー」
流石のペネロペも息をついた。これでは狙いようが無い。
出力を上げるべきか――そう思考した矢先、視界がぐらりと揺れる。
「う、うー」
やはりサラを助けた無理が祟ったか。頭を振るペネロペだが、視界のブレは収まらない。
何せ分霊経由でスノーホワイトを遠隔操作している上、ヴァルフェリアの能力を引き出してもいるのだ。負担がかからない筈が無い。先程のサラはこれを危惧していたのだ。
「寝られりゃ一番良んスけどね」
ぼやきながら、ペネロペは分霊とのリンクを一時切断。視界がスノーホワイトのコクピットから、薄暗い部屋へと戻ってくる。
そこは冷たく控えめな照明に照らし出される、小さな一室だった。
壁際には大型ライフル、グレイブメイカーの収まったケース。その横に、銀色のスキットルが乗ったサイドテーブル。
更にそのサイドテーブルの横、丁度この部屋の中央に、大きな椅子が据え付けてあった。
白色を基調とした、大鎧装の操縦席にも似た無骨な椅子。その外観通り、この椅子は分霊による遠隔操縦の補助装置だ。
そんな装置との接続を一旦解除したペネロペは、上体を起こしながらテーブル上のスキットルを手に取った。
蓋を開ける。一気に傾ける。こくり、こくり。小さな喉が鳴る。
「ぷふァ」
口元を拭うペネロペが飲んだのは、無論酒では無い。調整されたデミ・エリクサーだ。グレンが飲んだ物のような即効性は無いが、気絶する程の強烈さも有り得ない。
「うーん。効くっスねえ」
二度、三度。ペネロペは頭を振った。視界のブレが収まる。ヴァルフェリアの力を行使し続けた疲労が、じわりと溶けていく。
いずれ完全に溶け消える事を見越しながら、ペネロペはもう一度椅子に身体を預け、目を閉じる。
その五秒後、ファントム・ユニットの一人が駆るバイク――レックウが猛スピードで廊下を駆け抜けて行ったが、ペネロペは身じろぎもしなかった。
「さ、て。状況は……?」
再びリンクしたスノーホワイトのカメラアイで、ペネロペは一帯を見回す。
時間にすれば二分弱。あまりにも短い、だが戦況が動くには十分過ぎる空白。
けれどもそんなペネロペの懸念に反し、状況はまったく動いていなかった。
迅月と四号機はまだ盾の影に隠れており。
ライグランスは未だ損傷した両腕をだらりと下げており。
ディスカバリーⅢ各機は損傷部分から火花を散らしたまま動けず。
ついでにスノーホワイトは栄養補給のためしばらく席を外していた。
ペネロペが戻って来るまで、奇妙な拮抗状態がここにあった訳だ。
「……少し寝ててもよかったくらいスね」
呟いて、ペネロペはとりあえずサラへ通信を繋いだ。
「えーと。大丈夫スか、サラ」
「ええ、大丈夫ですよペーちゃん。それに、丁度良い所でした」
口元の笑みから解る通り、操縦者のサラ自身に問題は無い。それでもライグランスが動かなかったのは、両腕の状況が芳しくないためだ。
ペネロペの機転で直撃こそ避けられたが、インペイル・クラッシュによるダメージは、やはり軽くなかった。
現状、ライグランスの両腕の霊力経路はずたずただ。全壊でこそないものの、戦闘に耐えうる状態ではない。
よってサラはこの二分間、再構成した前腕の灼装を、指先に至るまで念入りに再構築していたのだ。破損箇所のバイパスとするために。
親指。人差し指。中指。薬指。小指。サラの思い通りに稼働する、炎を纏った五指。その反応に頷きながら、ライグランスは太刀を再構成する。
止まっていた戦端が、再び開かれようとしている。
而して同時刻、凪守《なぎもり》側もまた戦法を調えようとしていた。紅茶の香りと共に。
「ふぅ。うーん、おいし」
未だ防御フィールドを発している丸盾の裏、ディスカバリーⅢ四号機のコクピット。そこに座るマリア・キューザックは、悠々と紅茶を嗜んでいた。ティータイムである。
紅茶は操縦席の後ろから出て来た。据え付けの小さなキャビネットから、マリアは術式で保全されていたティーセット一式を取り出したのだ。
乾いた唇を潤す為に。何より膠着したこの状況で、自分の精神を落ち着ける為に。
そんなマリアの精神統一《ティータイム》をモニタ越しに眺める雷蔵は、ひたすら首を捻るしかなかった。
「……ディスカバリーⅢにそんな装備があったとはのう。知らんかったわ」
「一九四五年以降、イギリス軍は紅茶を造る装置を標準装備として義務づけていますからね。BBB《ビースリー》のディスカバリーⅢがそれを踏襲してるのは、むしろ当然の成り行きです」
「……成程。そう言えばイギリス陸軍のチャレンジャー2も、そんな機能を積んどったのう」
まだ自衛隊の所属だった頃。閲覧した戦車データ中にそんな記述があった事を、雷蔵は思い出した。
そうこうする内に人心地ついたのか、マリアはソーサーにカップを置いた。
「さて、どうしましょうか。恐らく現状の趨勢が決まるまで、あと五分……も、無いと思うんですよね」
「そうさな。それは儂も同意見じゃ」
頷く雷蔵。二人の確信の根拠となっているのは、出立前に利英《りえい》が解析した灼装のデータがためだ。
灼装の稼働時間は短い。恐らく五分あるか無いかくらいだろう。バハムート・シャドーと戦う前、襲いかかってきたライグランスの挙動と性能。それを解析した結果、利英は前述の考察を導き出したのだ。
事実、その考察は正しい。灼装は確かに強力な装備だが、それ故霊力の消耗は膨大だ。結果、どんなに節約しようとも、原動力となるEプレートをごく短時間で燃やし尽くしてしまうのだ。
改良自体は今も続けられているが、Eプレート無補給で継続できる戦闘時間は、最長でも約五分。ライグランスとスノーホワイトが戦闘開始直前まで光学迷彩マントで隠れていたのは、これが理由だった訳で。
「そんな灼装搭載機共が、惜しみなく姿を現したと言う事は、即ち」
「短期決戦要員を投入してでも、防衛したい何かがあるという事で……」
轟。
そんなマリア達の予測を裏付けるかのように、幻燈結界《げんとうけっかい》そのものが軽く鳴動する。
そして『防衛したい何か』は、厳かに姿を現した。
「な、」
何じゃあれは。そんな単純な疑問符を、雷蔵は言い切る事が出来なかった。
モーリシャス本島、レイト・ライト本社。空を突くその鉄筋コンクリートビルの左右から、黒く高い塔が轟音と共に生えてきたのだ。
「塔、なのか、あれは」
呟く雷蔵だが、その疑問ももっともである。何せ形状が奇妙なのだ。
高く聳えてこそいるが、何というか、抉れているのである。さながら縦に割ったペットボトルのように。
「何だか、大鎧装用の接続ジョイントに似てるパーツが並んでますね」
更にマリアは指摘する。割ったペットボトルの内側、丁度レイト・ライト本社ビルを挟み込むように、接続ジョイントが一直線に並んでいるのを。
「そうじゃの。さりとて、あのサイズに対応するマシンなぞどこにも」
見当たらん。そんな雷蔵の機先を制するように、レイト・ライト本社ビルから巨大な接続ジョイントがいくつも突き出した。
「……なんと」
雷蔵はまたもや絶句した。
壁面がまったく壊れていない所から察するに、恐らくあのビルは二重構造になっているのだろう。
幻燈結界に飲まれていたのはあくまで外側だけ。その内側では除外処理を受けた施設が、虎視眈々と戦況を伺っていたのだ。多分、幻燈結界が展開される以前から。
そうした事実に硬直している雷蔵達を眼下に、スノーホワイトは安定脚を解除して屋上から跳躍。スラスターを噴射し、レイト・ライト本社の斜め上で滞空。
そしてそれを待っていたかのように、左右の塔が轟音と共にスライドする。レイト・ライト本社を、窪みの中へ囲うように。
「えっ、まさか、本当にビルと?」
マリアの驚愕を肯定するかのように、二つの塔はビルを包みながら一つになる。内側の接続ジョイントも、本社ビルのそれと全て結合する。
噴出する余剰霊力。黒い装甲の上に、金色のラインが血管じみて浮かび上がる。
かくして完成したのは、スペースシャトルのように艦首を空へ向けている、レイト・ライト本社ビルより一回り巨大な戦艦であった。
幻燈結界の薄墨が、霞んで見える程に真っ黒い装甲。その黒を鮮やかに縁取りつつ、霊力の鳴動に合わせて明滅する金色の輝き。
全体のシルエットは剣か、あるいはロケットのように鋭角的。だが艦橋等は見当たらない。丁度雷蔵達に船底を向けているからだ。
「なんとまあ、実にダイナミックな引っ越しですねぇ……どうしましょうか、ファントム2」
「うむぅ。仕掛けるべきなんじゃろうが、そこなライグランスと、狙撃手の存在を考えるとのぅ」
カップをソーサーに置くマリアと、所在なく髭を弄ぶ虎顔の雷蔵。
二人が迷っている内に、戦艦はスラスターを点火させた。接続ジョイントの調整が終わったのだ。
轟。
爆音、爆煙、爆光。莫大な余波を撒き散らしながら、戦艦は浮上する。もぬけの殻となった本社ビルと、相変わらず滞空しているスノーホワイトを置き去りにしながら。
そうしてレイト・ライト本社ビルの上空へ浮上した戦艦は、おもむろに方向を転換した。船首を水平に、アフリカ大陸へと向き直ったのだ。
「おおぉ……」
知らず、雷蔵は呻った。全容を現した黒い塔、もといグロリアス・グローリィの切り札たる霊力戦艦――スレイプニルの全容が、雷蔵を感嘆させたのだ。
灯台のように辺りを睥睨する艦橋。船体左右側面、甲板と思しき細長いブロックと、艦首側先端に装着された大型砲。他にもレーダーや様々な火器が所狭しと甲板に並んでいて。
そんなスレイプニルは、雷蔵達に構う事無く船尾部スラスターを点火する。霊力が集中を開始する。
「ははぁ。さては、オーバーブーストでモーリシャスから一気に離脱するつもりかの」
「だったら、あのスラスターを破壊すれば……」
一瞬身を乗り出したマリアだが、すぐさま首を振った。
「……や、無理ですよね。それをさせないために、そちらのライグランスや、今しがたビルの屋上に戻った狙撃手がいらっしゃるのですから」
眉根を寄せながら、マリアはEフィールドの方を振り返る。赫龍《かくりゅう》の射撃能力があれば、あるいは攻略も可能だったろう。だが現状、Eフィールドはグロリアス・グローリィの手によって通信封鎖されている。向こうの状況がどうあれ、連携は望めまい。マリアはそう見ていた。
だが。それを見透かしたかのように、雷蔵はにやと笑った。
「のうファントム6。ひとつ賭けをせんかの?」
【神影鎧装レツオウガ 用語解説】
グレイブメイカー
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