06_冥王15_ヘッダ

神影鎧装レツオウガ 第五十一話

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Chapter06 冥王 15


 神影鎧装バハムート・シャドー、その中枢たるフレームローダーのコクピット。
 コンソールを制御する怪盗魔術師は、ひとまず頷いた。
「……よし」
 取りあえず、目下の敵であるオウガと距離を離せた。後はニュートンの遺産の再封印が完了するまで、どうにか時間を稼げれば良い。
 撃墜は不可能だろう。確かにこちらのブレス砲撃――正式名称メガフレア・カノンは、強力な術式だ。当たれば一撃で墜とせる。
 当たればの話だが。
「いかんせん、的が小さすぎるのがな」
 元来メガフレア・カノンは対艦、あるいは広範囲への攻撃を想定した術式だ。更に小回りは効かない、反動は大きい、霊力はバカ食いするという、まぁ典型的な大砲である。
 そして現状の怪盗魔術師にとって、霊力をバカ食いする性質が何より痛い。一発発射する度に、果たしてどれだけの霊力を、記憶を消費するやら。
 危機感はある。だが怪盗魔術師は、あえてその感情を脳裏から閉め出してもいた。
 さもあらん。長い間、本当に長い間探し求め続けた念願の秘宝――ニュートンの遺産が、この手に入ったのだから。
「ふ、ふ」
 霊力損耗抑制のため、意識と感情を極力カットしている今でさえ、怪盗魔術師は歓喜を抑えられない。
 目を閉じれば、すぐさま思い出せる。
 人造Rフィールドが、ニュートンの遺産を包む超重力場を侵食した瞬間を。
 爆ぜ割れた中から解放された遺産を、バハムートが飲み込んだ一部始終を。
 そして目を開けば、今現在急ピッチで進んでいる再封印の状況が、立体映像モニタに浮かんでいる。
 経過は順調だ。正体不明の術式とは言え、所詮は数百年前の代物なのだ。技術格差には勝てぬと言った所か。
 あとはこれが終わるまで、眼前の大鎧装を寄せ付けなければ。
「僕達の、勝ちだ」
 そう怪盗魔術師が独りごちると同時に、大鎧装オウガからにわかに霊力が立ち上った。作戦会議が終わったか。
 だが、覚悟しているのは怪盗魔術師とて同じ。この局面を切り抜けられるなら、記憶がどれだけ失われようと構いはしない。それに再生の礎として最低限必要な記憶は、ハロルドが霊力ネットワークの最奥へ厳重に保管してもいる。
 憂う要素は、何一つ無いのだ。
「さぁて。百発十中の十が中《あた》る瞬間を、お目にかけようじゃあないか」
『GRR……GRROOOOOOO!!』
 怪盗魔術師の確たる決意に応え、バハムート・シャドーが吠える。


 数百年前に打ち棄てられた、正体不明の遺産。その再封印が、まるでマニュアルに沿うように手際よく進みすぎている事実に、怪盗魔術師はついぞ気付けなかった。

◆ ◆ ◆

「――と、いう感じなんですけども」
 手短に、風葉《かざは》は考えた戦法を巌《いわお》へ伝えた。
「……」
 男達に言葉はない。ただ辰巳《たつみ》は目を丸め、冥《メイ》は楽しそうに笑い、巌は無表情に思考を巡らせた。
 逡巡は、しかし数秒。
『……利英《りえい》。バハムート・シャドーの観測データから、今の話を裏付けられるか?』
『もうやってますぜ旦那! そして今終わっちゃったので転送するでござる!』
 またもや唐突に灯った立体映像モニタには、右手でサムズアップしながら左手で高速タイピングという器用な真似をする利英の姿が。『オマエ武士じゃなくて坊主だろ』と冥がツッコむが、当然利英は聞く耳持たない。
『良し』
 モニタへ転送されるデータ。目を通す。風葉の直感が正しい事を、巌は確認。決断する。
『その手で行こう。頼んだよ、ファントム4と5』
「はい!」
「了解した」
 頷く風葉の真正面、相変わらずバハムートを見据えながら、辰巳はコンソールを操作。合体システムのロックが解除され、今度こそオウガとレックウの霊力経路が接続。
 拡張していく術式。それを肌で感じながら、風葉は決然と叫ぶ。
「オーバー・エミュレートモード起動! 神影合体!!」
『Roger Immortal Silhouette Frame Mode Ready』
 鳴り響く電子音声。フェンリルから供給される膨大な霊力が、オウガの全身に配置されたEマテリアルへ満ちていく。タービュランス・アーマー展開の必要量まで三秒、二秒、一秒――ゼロ。
 瞬間、辰巳は叫んだ。
「神影鎧装! 展開ッ!」
 轟。
 爆発にも似た光の洪水が、宇宙を塗り潰す。
 暴力的でさえある光量は、しかし数秒もせぬうちに跡形もなく消える。
 後に残ったのは、灰色がかった白い霊力装甲を纏う、鋼の鎧武者――神影鎧装、レツオウガの姿だ。
『GRRRRR……!』
 警戒するように、バハムート・シャドーが唸る。眼下、地球から放たれている無形の霊力が、ぶわりとうねる。凄まじい質量と重圧。しかし、辰巳は眉一つ動かさない。
「す、ぅ」
 短い呼気と共に、辰巳はレツオウガを操作。鋼の手が、両肩部の霊力装甲に伸びる。一部分がパージされ、それを掴む。
 装甲は瞬く間に形を変え、二振りの直刀に変形。レツオウガはそれを打ち振る。構える。前傾姿勢。
「では、行くぞ」
 背部、炸裂する霊力装甲。タービュランス・アーマーの機能。生じるは爆発的な推進力。レツオウガの巨体を押し出す。流星じみて。一筋。尾を引く霊力光が、夜空に軌跡を刻む。
「GRR……RROOOOOOOOO!」
 その流星を迎え撃つべく、バハムート・シャドーが吠える。キロメートル単位はある長大な身体をくねらせ、山のような尻尾がレツオウガを狙う。
 バハムート側からすれば、それは羽虫を払うような動作。しかしてレツオウガ側からすれば、それは質量を伴う天災そのもの。
 山が、迫って来る。
「山は動くもんじゃねえだろうが、よっ!」
 激突する寸前、レツオウガはもう一度タービュランス・アーマーを発動。大鎧装サイズの鱗が生えた山肌を、稲妻のような速度で駆ける。駆け上がる。直後、巨大質量が足下を過ぎる。どうにか回避。間髪入れずスラスター全開。霊力光を振りまきながら、レツオウガはバハムートの体表上をひたすら飛ぶ。
 目指すはその終点、バハムートの首である。
「モードチェンジ! アッセンブル!」
『Roger Executioner's sword Ready』
 更に飛びながら、辰巳は二刀を接合。合わされた刃の間に、幾条もの紫電が走る。
「GGGRRRRRRRッ!」
 対するバハムートは、体表を駆け上がって来るレツオウガを煩わしそうに睨んだ。
 敵機は体表上に居るのだから、確かに動きは格段に読みやすい。ブレスを放つには絶好の好機だ。
 だが、この射角。仮にレツオウガを撃墜出来たとて、身体に穴をあけてしまう。先程焼いた口とは比べものにならない損害になる上、再封印にも影響が出る。風葉はこれを狙ったのだ。
「やる、ね。だが、万策尽きるには、まだまだ早い」
 つぶやく怪盗魔術師。同時に、バハムートはぶると身体を揺らす。
 レツオウガを払い落とす、と言う訳では無い。そもそも落とすための地面が無い。
 バハムートは外したのだ。レツオウガが這い上がっている胴体の、少し先の部分。幾百枚も生えている鱗、その数枚を。
「む?」
 辰巳が操作する立体映像モニタの中。接合された二刀を土台に、編み上がっていく灰銀色の刀身。
 その構築状況から目を離さねばならぬ障害を、レツオウガのカメラアイが捉えた。
「ゆ、UFOがたくさん!?」
 風葉が声を上げたのも無理はない。レツオウガの進路を塞ぐように、幾枚もの回転する円盤が浮いていたとあれば。
「違う、あれはバハムートの鱗だ!」
 即座に辰巳が看破した通り、その円盤はバハムート・シャドーから剥離した鱗であった。
 その数、実に二十七枚。
 バハムート本体からすれば髪の毛一本にすらならないこの鱗は、その名をスケイル・カッターと呼ぶ。先程ばらまいた霊力爆雷と同じ、バハムートに備わった自己防衛機能という訳だ。
 かくて分離したカッターは、レツオウガを粉砕すべく一直線に殺到。巨大すぎる刃の直撃を受ければ、いかに利英謹製の霊力装甲とてひとたまりもあるまい。
「当たれば、なっ!」
 加速、減速、急旋回。全身のスラスターとタービュランス・アーマーの瞬発力を用いて、レツオウガはカッター群の隙間を強引にかいくぐる。
 今までのような打撃は用いない。質量差でこちらが弾かれる事は明白な上、そもそも今のレツオウガはブレード・スマッシャーから手を放す事が出来ない。
 利英の調整によって安定化こそしたものの、術式としての本質――高圧縮をかけられた霊力塊である事自体は、まったく変わっていない。
 振り抜く事で発動するこのブレード・スマッシャーは、言ってしまえば剣の形をした爆弾だ。切り払いや受け流しに使える代物では無いのだ。
 故に、辰巳は回避に専念する。専念せざるを得ない。例えその挙動を、怪盗魔術師に笑われたとしても。
『GRGRGRRRRッ!』
 巨大な口が三日月を描く。乱杭歯の隙間から、ちろちろと霊力光が洩れる。怪物の笑みとはかくも凄まじいものであるのだと、辰巳は初めて知った。
「思い出し笑いでもしてるのかね……?」
 歪な三日月を睨みながら、辰巳はスラスターを噴射。レツオウガの軌道が僅かに曲がり、鱗の刃が陣羽織の端を僅かに掠める。
「うわ、わっ!?」
 風葉の呻きを置き去りに、レツオウガは進む。前へ、前へ、ひたすら前へ。バハムートの体表上を滑空しながら、終点の首元へブレード・スマッシャーを叩き込むために。
 だがそれは前述の通り、怪盗魔術師からすればあまりにも容易に読める挙動であり。
 進行方向を調整するように、バハムートは少しずつ鱗の数を増やす。
 レツオウガもどうにか回避し続けるものの、その挙動は徐々に狭まり始めて。
 そして首元まであと一歩と迫ったタイミングで、怪盗魔術師は仕掛けた。
『チェックメイト、だな』
 五秒後、レツオウガが飛び込んで来る地点。そこを囲むように、怪盗魔術師は今までよりも遙かに多くのスケイル・カッターを配置。あと四秒。
 更にダメ押しとばかりに、霊力爆雷を囲いの中へ散布。あと三秒。
 対するレツオウガは、やはり追い立てられるばかりで何も出来ない。あと二秒。
 ブレード・スマッシャーを携えたまま、蹴撃の気配すら見せずにレツオウガは囲いへ突き進む。あと一秒。
 かくしてスケイル・カッターが殺到し、霊力爆雷が宇宙を焼く――その直前に、辰巳は叫んだ。
「――ここだッ! タービュランス・アーマー! リミッターアウト!」
 叫ぶ辰巳。直後、タービュランス・アーマーが一斉に爆ぜる。爆ぜた霊力は渦となり、烈風となって前方を薙ぎ払う。
 かつてオーディン・シャドーを束縛した、即席の烈風術式。辰巳はそれを応用し、眼前の囲みを吹き飛ばしたのだ。
『GRROOOッ!?』
 驚嘆するバハムート。その眼下である鱗は吹き飛ばされ、ある鱗は揉み潰され、またある鱗は霊力爆雷に誘爆。
 かくして二度目の白光が、宇宙を激しく焼き尽くした。
『しまった、カメラが……!』
 焦る怪盗魔術師。強烈すぎる爆光のため、映像がホワイトアウトしてしまったのだ。
 すぐさま補正、怪盗魔術師はレツオウガを探す。
 どこだ。どこだ。敵はどこだ――居た。
 バハムートの頭上、丁度フレームローダーが収まっている、額の少し手前。
 閃光を隠れ蓑にそこへ至ったレツオウガは、満を持して今まで携えた灰銀色の刃を、解き放つ。
「ブレードォッ! スマッシャァァーッ!」
 轟。
 三度目の強烈な霊力光が、宇宙を焼く。それは奔流となり、バハムートに直撃。激烈極まる熱エネルギー塊は、堅牢な筈である鱗の守りを、根こそぎ吹き飛ばす。
『GGGRROOOOOOOッ!?』
 巨大なバハムートの頭が、ぐらりと傾ぐ。巨大な拳で殴られたかのように。
 遠目から見れば、その額からもうもうと立ちこめる煙が見えただろう。破壊され、構成を失った霊力が吹き上がっているのだ。さながら血のように。
『やって、くれる』
 舌打つ怪盗魔術師は、すぐさまバハムートの首を引き戻す。霊力の噴出は途切れている。破断箇所への霊力供給を止めたのだ。
 そのためバハムートの額に開いた大穴からは、中身がすっかり見えていた。
 トンネルのように巨大な空洞と、内壁へみっしり書き込まれた精密回路の如き術式。そしてそれらを背景に、レツオウガを睨み据える一台の巨大車輌、フレームローダーの姿が。
 さながら車庫に収まっているようなフレームローダーを見下ろす辰巳。同時に、レツオウガへも異変が起きた。
 陣羽織の裾が。接続を解除された二刀が。更にはコクピットを保護する霊力装甲までもが。陽炎じみて、揺らぎ始めたのだ。
 ライグランスとの戦闘、霊力装甲を用いた幾度もの緊急回避、そして今し方のブレード・スマッシャー。度重なる激しい戦闘によって、レツオウガの霊力が切れ始めたのである。
 これも、巌が天来号の主砲を要請しかけた理由の一つだ。肝心なタイミングで動けなくなれば、元も子もないからだ。
 そして当然、怪盗魔術師はその隙を見逃さない。
 霊力爆雷は全て散らされ、スケイル・カッターを使うには間合いが些か遠い。だがバハムートには最大攻撃が残っている。
 故に、バハムートは口を開く。メガフレア・カノンでもって、動けぬ敵を焼き払うために。
 だが。
 こうした霊力切れの状況もまた風葉が、ファントム5が予測した範疇であった。
「流石に限界だな――ファントム5、頼むぞ!」
「ん――! セット! フェンリルファング!」
 風葉の叫びに応じ、レツオウガがぴしりと指を指す。バハムートの鼻先に落ちている、自身の影を。
『Roger HellGate Emulator Etherealize』
 利英が調整したお陰で、電子音声にノイズはない。影の中へ走る術式の格子模様は、日乃栄《ひのえ》の時よりも速やかに充ち満ちる。
 そして、発動する。
 にゅう。
 この場に空気があったなら、きっとそんな音が聞こえただろう。それくらい滑らかに、レツオウガの影は、フェンリルは立ち上がった。
 バハムートの鼻先に立つフェンリルは、相変わらずのっぺりとした外見だ。目も鼻も無く、ともすれば宇宙へ溶けてしまいそうなくらいに真っ黒い。
 だが、だからだろうか。自己主張するように開かれた巨大な口が、前回よりも赤かったのは。
 ともあれその赤が、ぞぶりと貪った。数分前まで人造Rフィールドを構成していた、霊力の残滓を。
 にゅううと、フェンリルは水飴のように首を伸ばし続ける。かくて未だ辺りに漂っていた霊力のきらめきは、ものの数秒で根こそぎ喰らい尽くされた。
「ぃよし!」
 急速充填される霊力に、大きく頷く辰巳。
「おつかれ」
 役目を終えて霧散する魔狼に、小さく手を振る風葉。
『面白い手品をっ!』
 そんな二人を焼き尽くすために、怪盗魔術師はバハムートの口腔をレツオウガへ向ける。
 閃。
 メガフレア・カノンの光と熱が、宇宙の黒を斬り裂いた。
 だがその射線上に、レツオウガの姿は無い。直撃する三秒前、タービュランス・アーマーによる加速でもって逃れていたのだ。
「手品はそっちの専売特許じゃないのさ」
 そのまま辰巳は機体を制御し、バハムートの鼻先へと降り立つ。
 そして突き付けた。右刃の切っ先を、フレームローダーのフロントグリルへと。
「王手詰みだな、怪盗魔術師。十秒以内に投降して貰おうか」
 辰巳は立体映像モニタにアラームを呼び出し、本当に十秒と設定。
「でなけりゃそのクルマをバハムートから切り落とす」
 言って、辰巳はモニタを操作。あまりにも短い猶予が、無慈悲に減り始める。
『そうですか、そうですか、そうですか。それは、それは――』
 希薄な意志の中で、それでも感情を表すべく、言葉を繋ぐ怪盗魔術師。
 引き延ばしか、と訝しむ辰巳。だが、残念ながらそれは間違いだ。
『――ありがとう、ございます!』
「なに?」
 この時両者の顔が見えていたなら、辰巳は怪盗魔術師の笑みを見ただろう。
 バハムート・シャドーに課された、最も重要な役目。ニュートンの遺産の再封印は、七秒時点で終わっていたのである。
 際どい所だったが、これで終わりだ。
 勝利を確信した怪盗魔術師は、最後の仕上げとなるスイッチを入れた。
 これにより、フレームローダーはレツオウガの斬撃に頼る事無く、バハムートから切り離される。そのまま奥へ飲み込まれるように胴を通り、解凍が完了した遺産ごと尻尾から射出。
 そうして地球へ突入し、行方を眩ませる――。
 そういう、手筈であった。

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【神影鎧装レツオウガ 用語解説】
フェンリルファング

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