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神影鎧装レツオウガ 第百十三話

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Chapter12 激闘 03


「来たか」
 スレイプニル、中央制御室。この巨大戦艦どころか、人造Rフィールド内部全てを管理している部屋の中央で、ザイード・ギャリガンはモニタを見やる。
 赤い帳に閉ざされた空を、真一文字に切り裂く機影が一つ。
 機影が灰銀に輝く螺旋を纏っていたのは、しかしほんの十数秒。役目を終えた螺旋――デルタ・バスターは即座に霧散し、姿を現したセカンドフラッシュも構えを解く。
 そうして露わになった特異なシルエットへ、ギャリガンは改めて目を細めた。
「随分と大型の大鎧装……じゃないな。あれは、はは、中々ユニークな外観をしてるじゃあないか?」
 ギャリガンは嘲笑う。スレイプニルを造り上げた彼からすれば、急ごしらえのセカンドフラッシュ・フォートレスなぞ、それこそイカダかカヌーぐらいにしか見えぬのだ。
「ふむ。動揺しているな?」
 船首部分の大鎧装――セカンドフラッシュを拡大すれば、その単眼《モノアイ》が辺りを忙しなく警戒しているのが良く分かった。十中八九、周囲の光景に困惑しているのだろう。くつくつと、ギャリガンは口角を吊り上げる。
 その傍らで控えていたサトウが、おもむろに口を開いた。
「それで、おもてなしはどうしましょうか?」
「無論、盛大にやってくれたまえ。アフリカへ越してきてから、初めてのお客様なのだからね」

◆ ◆ ◆

 デルタ・バスターと同じタイミングで、マリアはフェンリルを解除。モニタで手早くフェンリルの状態を確認する。
「損耗率十三パーセント……これくらいなら」
 マリアは小さく息をつく。この程度なら数分で修復出来るだろう。
 だが何故、こんな手順を踏んでいるのか。それはマリアのフェンリルが、風葉《かざは》のオリジナルと違って断片データであるためだ。
 言ってしまえば、それは燃えさしだ。燃えさしでも火を燃やす事は、即ちフェンリルの権能を行使する事は、今見たように一応は可能だ。だが稼働時間が長ければ長い程、燃えさしは今度こそ燃え尽きてしまう。ただの灰へと変わってしまう。
 故に、マリアのフェンリルは長時間の稼働が出来ない。最大でも数分が精々である上、出力自体が風葉と比べてかなり劣る。
 更に停止した後は、損耗率に応じた修復時間までもが必要となってしまったのだ。
「それを差し引いても、強力な力ではあるんだけど、ね……」
 モニタの端、表示される修復タイマー。じりじりと減衰していく数字の隣へ、更に小さく表示されている数字に、マリアはふと目が行った。
 ごく短い間だが、通っていた日乃栄《ひのえ》高校。今日も夏休みの真っ最中ではあるが、確か今日は登校日だった筈。
「何か、作業をする予定だったっけ」
 知らず口端へ浮かんだ苦笑を、しかしマリアは努めて押し殺す。
 そして改めて状況を、眼下に広がる光景を一瞥する。
「それにしても、これは一体……」
 センサーの反応を信じるなら、これと同じ光景が一帯に広がっている――その事実に、マリアは操縦桿を握る手を強めた。
 地平線すら見える、相当に広大な面積である事が分かる空間。
 その只中に広がっているのは、強い太陽に炙られる大地と、それにも負けず頑健に根を張っている背の低い木々。
 そして、それだけであった。
 赤色に染まったアフリカの、ボツワナの自然風景以外、目視でもレーダーでも確認できるものが無かったのだ。
「……ビックリする程、何もありませんね」
 口ではそう言いつつ、マリアはサイドボード上のマグカップを取り、一口すすった。当然ながら保温機能もバッチリだ。
「いや、そうでもなさそうだな。あれを見てみろ」
 スピーカーから巌《いわお》の声が届くと同時に、センサーが霊力の反応を捉えた。しかもかなり高い量の。
 津波のように押し寄せてくるその方向を確認しながら、マリアはサイドボード上へマグカップを戻す。
「これは、霊力の波が来ます――発信源は、Rフィールド中央! 総員、対衝撃防御を!」
 言うが早いが、かなりの衝撃がセカンドフラッシュ・フォートレスの巨体を揺るがした。マリアの操縦技術と衝撃吸収機構が合わさったため飛行には何ら支障ないが、それでも御しきれない衝撃はびりびりと機体を突き抜けていく。
「く、」
 歯噛みしつつ、マリアはモニタを注視。衝撃の理由を、急激に霊力が昂ぶった原因を、鋭く見据える。
 眼下、赤色《Rフィールド》の帳に包まれた大地。その上を電子回路のように緻密な霊力線が、急速に埋め尽くし始めていたのだ。
「コイツは……」
 巌は眉をひそめた。二年前、レツオウガが暴走した時と同様、どころではない。それ以上の緻密さを刻まれた術式群と、十全にそれを稼働しうる莫大な霊力量が、否応なく見て取れるのだから。
 しかも今回の術式は、地面だけに留まっていない。地平の向こうであるため肉眼では少々判別し辛いが、それでもRフィールドの壁上へ同様の霊力線が這い上がりつつある事は、否応なく見て取れた。
 規模も、完成度も、明らかに向上している。そうでなければ、霊力の励起だけであれ程の衝撃は生じないだろうが。
「……一体、何をするつもりなんだか」
 目を細める巌。通信コールが飛び込んできたのは、丁度その時であった。
「丁度良い。ファントム6、こっちに回してくれ」
「了解」
 マリアはコンソールを操作し、赫龍《かくりゅう》コクピットへ着信を転送。立体映像モニタ上へ点灯した着信ボタンを、巌は躊躇無く押す。
『おはようございます。こちらはグロリアス・グローリィCEO、ザイード・ギャリガンです。お久しぶりですね、ミスター・イツツジ』
「……ええ、お久しぶり。こちらは凪守《なぎもり》所属、特殊対策即応班ファントム・ユニット。その隊長のファントム1……五辻巌です」
 笑顔と、笑顔。
 相対する組織の首魁達は、立体映像モニタ越しに互いの笑顔《てきい》を叩き付けた。おお怖えぇ、と迅月《じんげつ》のパイロットがわざとらしく身震いする。
「さて、グロリアス・グローリィCEO殿。アナタには色々と嫌疑がかかっております」
『ほほう。どのような?』
「そうですなぁ。数え上げればキリも際限も無いんです、が」
 こつん。操縦桿を小突き、巌は一拍間を置く。
「日本の日乃栄霊地襲撃事件への関与、ニュートンの遺産強奪事件への関与、アフリカへの人造Rフィールドの独断生成、標的《ターゲット》Sを用いた世界規模の混乱……」
『何と何と。錚々たる罪状の数々ですな』
「……そして」
 巌の顔から笑いが消える。氷のような無表情が、露わになる。
「そして。アナタは。二年前に起きた霊地暴走事件にも、関与した疑いがあります」
 酷く平坦な巌の言葉が、ギャリガンの耳朶を打つ。
 その恐るべき冷気に、ギャリガンは表情を変えない。
『……』
 ただ、ぴくりと。片眉を動かしたのみであった。
『……成程。それで、あなた方は弊社に何を求めておられるのです? 現在停止している大鎧装部品などの販売契約でしたら、今行っている実証実験が済み次第――』
「直ちにRフィールドを解除、全ての武器及び術式を放棄した上で、投降して下さい。あなた方に勝利はありません」
 ぴしゃりと。
 ギャリガンの与太話を遮りながら、巌は通告を叩き付ける。
『――』
 沈黙は、僅かに数秒。
『――。ふ』
 まず最初に、笑いが返って来た。
『いやはや。こちらから仕掛けておいて何ですが……止めましょう、素人の三文芝居は。お互い相手を武力制圧したい、という本音がだだ漏れで演技にならない』
「おや、そうですか? 僕としてはそこそこ有意義な時間だったんですがね」
 続いた巌の嫌味は、しかし半分は本当だ。三文芝居をしている間、セカンドフラッシュ・フォートレスのセンサーはRフィールド内部を手当たり次第スキャンしていたからだ。
『それはそうでしょうねぇ。ですが、こちらとしてはもう続ける理由もありませんのでね』
 だがスキャンに時間をかけていたのは、ギャリガンもまた同様であり。
『これより先は、実力行使とさせて頂きましょう』
 言うなり、ギャリガンは通信を一方的に切断。中々に失礼な行為であるが、セカンドフラッシュの乗員達は、誰もそれを気にしない。
「これは……! 地上と天井で二箇所ずつ、霊力が急激に上昇し始めました!」
 マリアの報告が、その注意を上書きしたからだ。
「場所は!」
「どちらも前方です、位置は……肉眼で見た方が早いかと」
 セカンドフラッシュの単眼《モノアイ》を調整し、現われた四つの地点が見えるよう調整するマリア。全乗員と映像を共有する立体映像モニタの中では、地上と天井に二つずつ、巨大な円陣が今まさに励起していた。
「ぬぅ。二年前を思い出すのう」
 今や赤い帳の全面に広がる幾何学模様。その一部を使った術式陣という光景に、雷蔵《らいぞう》は僅かに眉根を寄せる。
 大きさはそれこそ二年前に秘密施設を囲んだものと同じ……いや、一回り大きいだろうか。
 セカンドフラッシュから見てそれぞれ右下、右上、左下、左上の方向に現われた巨大術式陣は、しかし虚空術式ではない。青色の輝きをたたえる、その術式は。
「フォースアームシステム、だったか」
 巌がそう呟くや否や、世界で最も進んだ転移術式――フォースアームシステムは発動した。
 ごうごうと、びりびりと。空間とRフィールドを振動させながら、現われたのは巨大な構造物。優に高層ビルぐらいの高さと大きさはあるだろうか。グロリアス・グローリィの設備によって拡張されたフォースアームシステムは、かくも巨大な物体を同時に転送する事すら可能としたのである。
「あんなものが、地中に……!?」
「埋まってたんだろうねぇ。いやはや。こっちは何もかもかき集めて、突撃艇もどきをひとつデッチ上げるのが精一杯だったってのに」
 ぼやきと驚き。対照的な声を上げるマリアと巌の眼前で、術式は尚も展開していく。
 どの円柱も下部から爪状アタッチメントを展開し、接地面をがちりと固定。役目を終えたフォースアームシステムが消え去り、それと入れ替わりに下部から幾十本もの霊力線が四方八方へ伸び始める。
 赤色を這う霊力線の隙間を縫いながら、恐るべき速度で広がっていく術式の網。その網を基礎として、円柱よりは幾分小さい――それでも大鎧装よりはやや大きい四角柱の群れが、次々と立ち上がり始めたではないか。
「ほほん。雨後の竹の子、とはよく言ったモンじゃのう」
「降ってないけどな、雨」
 軽口を叩き合う雷蔵と巌。その合間にもビルのような恰好をしたタケノコどもは、凄まじい速度で伸長する。どれもこれもその頭頂部に、一から三門の砲身を備えながら。
「ははぁ、霊力で編み上げた特火点《トーチカ》か! 霊力装甲の親戚みたいなモンなんじゃろうが、よく考えたもんじゃのう」
「だが、これだけでは防衛には足りんだろう。遊撃戦力も居なければ、完全には――」
 指摘する巌へ答えるかのように、最初に出現した四本の巨大円柱が、一斉に側面装甲を展開。内部はある程度区画分けされた空間になっており、マリアは思わずティータイム用のケーキスタンドを連想してしまう。
 しかしてその内部へ格納されていたのは、ケーキのように甘い代物では、断じてない。
 整然と、かつずらりと並んでいたのは、大鎧装ほどの大きさがある鋼鉄の立方体。かつてモーリシャスでそれを嫌と言う程見た冥《メイ》は、その正体を即座に看破する。
「あれは、グラディエーターか!」
 それに応じるかの如く、四本の円柱内部へ格納されていた待機状態のグラディエーターが、次々に変形して発進する。更に地上の特火点から術式陣が点灯したと思うと、何とそこからディノファングが次々と姿を現し始めたではないか。
 ずしり、ずしり、と大地を踏み締める恐竜じみた巨体。その生成の一部始終を見た巌は、かつて日乃栄で見たリザードマンはあれの試作品だったのだろうかと訝しむ。
 どうあれ、ファントム・ユニットは窮地に立たされた。
 立ち塞がるは数十――いや、数百に上るであろう禍《ディノファング》と大鎧装《グラディエーター》の大部隊。それらが対峙する一部始終をモニタ越しに眺めながら、ギャリガンは小さく口角を吊り上げる。
「さぁ……この物量を相手にどう闘います? ファントム・ユニットの皆さん」

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【神影鎧装レツオウガ 用語解説】 
超巨大術式陣

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