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神影鎧装レツオウガ 第百七話

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ChapterXX 虚空 07


『さぁーて、と』
 相変わらずグレイブメイカーなぞ気にする様子も見せず、無貌の男《フェイスレス》は飄々と大鎧装達の様子を確認する。
 まず最初、レツオウガはほぼ無傷。まぁこれは当然だ。何せ無貌の男自身が、直々に手を回しているとあらば。
 こうして装置の経路によってあの術式と繋がっている限り、通常手段でレツオウガにダメージを与える事なぞ、まず不可能だ――もっともカメラアイをピンポイント狙撃されるのは、流石に想定外ではあったが。後の楽しい改良点の一つだ。
 次に、本題である凪守《なぎもり》の大鎧装部隊を見やる。予想していた通り、無傷の機体は一機として無い。
『ち、ィ!』
 赤龍《せきりゅう》は左肩部シールドが損壊しており、M・S・W・Sの弾雨も密度が落ちて来ている。残存霊力が心許なくなってきているか。
『今だっ!』
『了解!』
 そんな赤龍の弾雨を追い風に、果敢に攻め込んでいくのは二機の零壱式《れいいちしき》。片方は左腕へ、もう片方は右大腿部へ、それぞれ浅くない損傷を受けている。だというのに、彼等の戦意は衰えていない。まぁ、流石に銃火器主体の中距離戦闘に舵を切ったようではあるが。
『おッ』
 手摺に軽く身を乗り出す無貌の男。視線の先では重なる疲労か、あるいは機体への蓄積ダメージがためか。連携していた零壱式の一方の動きが、一瞬止まる。当然、その隙を見逃すレツオウガでは無い。
 拳を握り、構える。スラスター噴射と完全同期した踏み込みは、音の領域に迫る撃力を、余す事無く叩き込む――よりも先に、炸裂する閃光がその突貫を逸らさせた。
 後方。砲撃戦闘使用の零壱式が、絶妙なタイミングで援護射撃を割り込ませたのだ。足下で強まる霊力光を未だ気にしている様子ではあったが、だからといって動きを止める理由にもならないという訳か。
『ははは』
 存外、やる。
 それが、無貌の男の率直な戦力分析であった。
 勿論徐々にレツオウガが押している現状、放って置いてもこちらの勝ちは揺るがぬだろう。
 だが、今すぐではない。
 虚空術式《こくうじゅつしき》を始め、装置群ははちきれんばかり。下準備は全て終わっていて、後はスイッチを入れるだけで良い。
 だが、敵は残っている。
 このままでは。
『ははは、はは。あはははッはハハハア!』
『な、何がおかしいのよ!』
『決まってるだろう! 楽しいからさ!』
 声を荒げるヘルガに、無貌の男はそれ以上の大音量で応じた。
『だからこそ僕も――遠慮無く、用意してた手札を切れるってものさ!』
 ぱん、ぱん、ぱん。
 三回。無貌の男は、無造作に手を叩いた。それが合図だった。
 レツオウガの足下、地面を覆い尽くしている術式の一部から、にわかに霊力光のワイヤーフレームがが立ち上り――僅か十秒ほどで、それは大鎧装並に巨大な人型へと変貌した。
 葉脈のような、血管のような。定期的に異様な光の筋を脈打たせる、黒色の霊力巨人。突如としてレツオウガを庇うように現われた、影絵のようにも見えるその異様に、零壱式のパイロットは叫んでいた。
『な、なんだコイツは!?』
『シャドー、と呼んでる。今のトコはね。神影鎧装の簡易生産版を設計するに当たって造ってみた、試作型の一つさ……と、言ってもここからじゃ聞こえないよね』
 そう言った無貌の男が肩をすくめるのと、黒い巨人が動くのは、果たしてどちらが先だったか。光の血管を除いて特徴らしい特徴を一切持たない影絵の巨人は、両腕を大ぶりの刃へ変成させ、凪守大鎧装部隊へ躍りかかった。
『うっ――!?』
 身構える赤龍達へ向かって、シャドーは腕の刃のみならず、足から生やしたスパイク、腹部から突き出るバズーカ、頭部そのものを振り回すモーニングスター、等々。レツオウガとはまったく違う攻め手の数々に、大鎧装部隊の面々は対応が遅れた。
 そしてその隙に、レツオウガは悠々と巨大術式陣の中央へと移動する。それは地上の建物の入り口前であり、転移術式で繋がったヘルガ達が見下ろす壁の、真下であった。
『さーてと』
 腰に手を当て、無貌の男はシャドーの戦い振りを見やる。
 ……中々健闘してはいるが、その理由の半分は向こうが驚いているが故だ。今こうしている合間にも、凪守大鎧装部隊は動揺を秒単位で払拭している。今も後方から援護射撃している零壱式――雷蔵《らいぞう》の乗機――の放つ援護射撃が、シャドーの右肘から先を破砕せしめた。突破されるのは時間の問題だろう。
 だが、それで十分だったのだ。時間稼ぎのためには。
『さぁーてと。それじゃあ始めようじゃないか。数多の魔術師達が、その生涯をかけて組み上げてきた一大術式。その発動をね!』
 ぱぁん。ぱぁん。ぱぁん。
 無貌の男が三回、先程よりも大きく手を叩く。それが合図だった。
 ごうん。
 壁一面を覆い尽くしている巨大術式装置が、唸りを上げた。今までの半アイドリング状態とは違う、本格的な駆動が始まったのだ。
 装置から伸びる霊力の線が、今までを遙かに超える輝きを放ち始める。先に光を放っていた施設を囲む巨大円は、外周部から更なる光を投射する。
『なっ、なんだ!?』
 射角と射程の都合上、どうしてもその外周円上から離れられなかった雷蔵の零壱式は、足下から立ち上るその光帯をまともに浴びた。
『うわあっ!?』
 そして、捕われてしまった。シャドーの攻撃を辛くも凌いだ隻腕の零壱式が、思わずといった体で振り返る。
『西脇!? クソ、無事か!?』
『じ、自分は無事です! ですが、くっ、機体の制御が……!』
『おや、随分と運の悪い人が居たようだね』
 霊力の光帯により、動作を停止してしまった雷蔵の零壱式。無貌の男は手でひさしを造り、その無様を嘲笑う。
『いや、悪いのは僕も同じか? これじゃ動作に不具合が起きちゃうかもなぁハハハ』
『……』
 そうした一連の仕草に、ヘルガの思考は逆に冷えた。度の過ぎた怒りと当惑が、無貌の男の不自然さを嗅ぎ取ったのだ。
『しかし佳境に入ってきたのは良いが、こっちのフィルタ共は保つのかねぇ』
 キャットウォークから身を乗り出し、階下を眺める無貌の男。視線の先に居るのは、相変わらず無形の霊力を処理させられている哀れな魔術師達。涎どころか血泡を零し始めた彼等の余命は、もはやそう長くないだろう。
 だが、ヘルガは見向きもしない。
 疑念が、渦巻き始めたからだ。
『おっとぉ……いよいよ始まるぞ、本命が』
 流石に少々神妙な口調へ戻りながら、無貌の男は外の光景を、レツオウガを見やる。
 自然体で立ち尽くしていたレツオウガ、その全身へ配置された大小様々な宝珠に似たパーツ――Eマテリアルへ、一斉に光が灯る。
 その光に引かれるが如く、地面をのたうっていた霊力の線が伸長し、レツオウガの装甲上を一斉に駆け上がる。
 葉脈のように、電子回路のように。有機的とも幾何学的とも言い難い紋様を黒色の装甲上に刻みながら、線の群れは一旦Eマテリアル内部へと接続。
 それから一拍おいて――全てのEマテリアルから、強烈な霊力光が一斉に迸る。ヘルガの、風葉《かざは》の、赤龍の、無貌の男の、シャドーの注意すらも一瞬逸らさせるその閃光は、しかし八秒程で集束。そのまま寄り集まった閃光は、レツオウガのEマテリアル上を浮遊する、奇妙な霊力装甲となって固定。
 その姿に、風葉は思わず身を乗り出す。
「あ、れは。タービュランス・アーマー!?」
「や、ザンネンながら違うんだな。でも、うん。参考にはなったのかもしんないネ」
 画面内《かつて》の自分とは対照的な、シニカルな苦笑を浮かべながら、画面外《いま》のヘルガは指差す。
「それに。今気にしなきゃいけないのは、そんなトコじゃないんだよネ」
「えっ」
「ま、見てりゃワカルよ……ホラ、あの模様とか」
 示唆され、視線を戻す風葉。そうして画面に映った光景に、風葉は息を飲んだ。
「あ、れは」
 レツオウガが纏っている、異様な霊力装甲。その表面に、いつの間にか紋様が浮かび上がっていた。
 頭。胸。両肩。両手首。両膝。両踝。機体各所へ分割こそされているが、その特徴的な紋様は、見間違える筈も無い。
「アンカー……!?」
 この虚空領域で目覚めた直後。天井の向こうで今も滾々と輝き続けている巨大術式陣の異様を、風葉が忘れる筈も無く。
「じゃあ、アレは」
 風葉が疑問を差し挟むよりも先に答えは、レツオウガは動いた。
 ゆらり。掲げた両腕へ導かれるかの如く、レツオウガの体上を滞留していた霊力装甲が、一斉に剥離。音も無く隊列を組み、レツオウガの頭上で円陣を組んだそれらは、高く突き出された両腕に合わせるかの如くふわりと上昇。地下と繋がる転移門の前を悠々と通過して――それを確認した無貌の男が、満を持して指を鳴らす。
『さァ! 二回目の接続いってみようか!』
 ぱきん。
 あまりにも軽い合図と共に、空は裂けた。
 ぱぎん。
 そんな音と共に、円陣の中へ区切られていた空間へ、穴が空いたのだ。
『――』
 誰かが息を飲んだ。まぁ、無理もあるまい。
 深淵。そう呼ぶ事すら生温い、宇宙の闇よりなお暗い無の色が、そこに広がっていたとあれば。
『はは、はははハハ! イイね! 久し振りじゃァないか虚空領域よ!』
 そんな沈黙を破ったのは、やはりというか首謀者たる無貌の男。手摺を叩きながら、心底楽しげにレツオウガを見守っている。
 そのレツオウガは、立ち上る霊力光を全身に纏いながら立ち尽くしていた。天地逆さの滝とでも言うべき勢いで、全身のEマテリアルから放射され続ける莫大な霊力。
 それが上空の円陣の、虚空領域への孔を維持するために使われているものなのだと、今の風葉には直感的に理解出来た。そしてその為に、霊地や霊脈、引いては濾過術式の人柱となった魔術師達へ、莫大な負担を強いているのだと言う事も。
「これじゃあ、大騒ぎにもなるなぁ」
 自分に犬耳《フェンリル》が憑依した遠因を、他人事のように眺める風葉。それと同じぐらいに冷えた目で、画面内《かこ》のヘルガもこの状況を俯瞰していた。
 目の前に居るこの無貌の男は、よくわからないが、とにかくロクでも無い事をしでかそうとしている。だがそれは大した問題では無い。
 外の仲間達は異様な状況とシャドーとかいう妙な大鎧装への対応にかかりっきりで、現状を打破出来そうなのは自分しかいない。だがそれも大した問題では無い。
 問題なのは。
 この無貌の男が、何故一向にこちらを攻撃してこないのか、という一点に尽きる。
『……』
 数秒の逡巡の後、ヘルガは階下の魔術師達を未だ拘束していた捕縛術式の一つを操作し、鎖を解く。そして先端を外の景色が映る壁へ静かに、しかし手早く伸ばす。
 蛇のようにのたうちながら移動する鎖の先端は、程なく壁際へと到達。ヘルガは更に鎖を操作し、鎖を壁へ触れさせる。
 先端は、音も無く向こう側へ通り抜けた。
 それで、ヘルガの腹は決まった。
『アンタが何者なのか。何をたくらんでるのか。そもそも今、何をしでかしてるのか。アタシには何もわからない』
 淡々と。改めてグレイブメイカーを構えながら、ヘルガは無貌の男を見据える。
 ――現状、この男は間違いなくこの地下室を支配している。その気になればヘルガなぞ、容易く捻り潰せる筈だ。フィルタにされてしまった魔術師達のように。
 だが、無貌の男はそれをしない。
 何故か。恐らくだが、この男はヘルガの隙を伺っているのだ。
 今もヘルガが狙いを付けている特殊大型ライフル、グレイブメイカー。レツオウガにこそダメージを与える事は出来無かったが、それでも大鎧装を容易く損傷せしめるこのライフルをもってすれば、無貌の男なぞ一発で消し飛ばしてしまうだろう。
 しかし、ヘルガはそれをしない。
 何故か。決まっている。無貌の男がそれを望んでいるからだ。
 これまで無貌の男が見せた一連の言動は、控えめに言っても無茶苦茶だ。だがよくよく考えれば、その無茶苦茶を狡猾な思考が裏打ちしていた箇所も見て取れる。
 そもそも無貌の男は、凪守強襲部隊の裏をかいて大半の機体を行動不能に追い込んだ。更に仲間とはいえ優秀な魔術師達の隙を容易く突き、生けるフィルタに仕立て上げた。あまつさえシャドーなる伏兵を投入する事で、レツオウガと連動する装置の術式を万全に起動させた。
 どれもこれも、単なる狂人には到底出来ない手際の良さだ。
 そんな手際の良さを保つ無貌の男が、わざとヘルガを呷ってグレイブメイカーを自分へ撃たせようとしている。
 何故か。画面内《かつて》のヘルガには、その理由は一つしか見つけられなかった。
 即ち。無貌の男は、ヘルガにグレイブメイカーを無駄撃ちさせようとしているのだ、と。
「ま、違ったんだけどネ」
 画面外《いま》のヘルガのぼやきなぞ当然聞く耳持たず、画面内のヘルガは思考を重ねていく。
 グレイブメイカーは大鎧装すら破壊する威力がある。それを撃たれると困る場所があるから、無貌の男はあえて自分へ照準が向くように、言動と行動を重ねている。そんな相手を狙うのは、成程確かに簡単だ。
 だが。
 無貌の男へ向けて引金を絞ったところで、銃撃は絶対に当たらない事を、ヘルガは確信していた。
 ヘルガは思い出す。そもそも最初にこの地下室へ突入したあの時、無貌の男は術式による音波探知に、影も形も引っかからなかった事を。
 そしてその理由は、一つしか考えられない。
『けどね――コレ以上、アンタの思惑通りに動く気にはならないね!』
 キャットウォークから、ヘルガは一息に身を躍らせる。幻燈結界《げんとうけっかい》の効力で手摺をすり抜けながら、捕縛術式をもう一度操作。壁を調査していた鎖が鎌首をもたげ、先端の輪が分解、光弾となって射出。
 落下するヘルガの腕を掠めながら交錯する弾丸は、狙い違わず無貌の男の眉間へと着弾、しない。
 風切り音だけを残した弾丸は、壁へ突き当たって虚しく霧散。その一部始終に、ヘルガは動じない。予想通り、あの無貌の男は精度の高い立体映像だったのだ。音波探査に引っかからなかったのも道理である。
 だが、ならば。
 その映像は、一体どこから投影されているのか――その答えに向けて、ヘルガはグレイブメイカーの銃口を突き付ける。
 即ち、キャットウォークの向こう。今も轟然と唸りを上げている、巨大装置の中央へと。
『何だか知らないけど! ソイツを壊せば! アンタの企みも御破算でしょ!』
 劈く銃声。迸る銃弾。
 大鎧装どころかろくな防御設備すら持っていなかった巨大装置は、濡れた紙切れのように呆気なく破れ弾けた。

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【神影鎧装レツオウガ 用語解説】
シャドー

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