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フレイムフェイス 第十話

猛撃のディープレッド (4)


幾つかの通路、幾つかの扉、幾つかの部屋。それらを抜けた先、唐突に開けた空間。
 じっくり見回しながら、フレイムフェイスは呟いた。

「これは、これは」

一歩、踏みしめる。感触も、反響音も、乾いたコンクリートそのもの。柱も、天井も、きっとその通りだろう。
 広く、何もない。工事中のようなビルフロアのような広間が、そこにはあったのだ。

無造作に進むフレイムフェイス。その背に随伴する防衛隊員達が油断なく続く。装備は五人とも概ね同じだが、最後尾から二人目の者だけはバックパックに奇妙な装備が追加されている。

大きな、貯水タンクに似た形状の何か。下部からは直径十センチはあろうかという太いケーブルが伸びており、それは入って来た扉の方へ続いてる。ケーブルは延々と伸びており、遡っていけばダンジョン入り口へ行きつくだろう。

どう見てもタンク容積を逸脱した長さと量。このケーブル自体が魔力で構成された代物である証だった。

この奇妙なケーブルを、しかし誰も気に留めない。素人のアンバーでさえもだ。今日のダンジョン攻略において、最も有名な道具アイテムであるからだ。
 だからアンバーは、索敵に集中していた。

「なんでしょう、ここ……建設中? それとも廃ビル? の中?」

正確には、それを模したダンジョンのフロア。当然、現実のそれとは異なる箇所が多々あった。

まず、窓の外。ガラスの無い枠の先、霞に沈む街並みの向こうに、青い線が切れ目を作っている。かつて輪海観測研究所の勤務だったアンバーは知っている。あれこそは空と海の境界。『水平線』と呼ばれるものである事を。

「……きれい」

呟いて、アンバーは首を振る。呆けている場合じゃあない。周囲の観察と索敵が、「ネイビーブルー」となった自分の役目なのだから。

改めて周囲を見回す。フロアは相当に広い。内壁などが一切存在しない事も手伝っているだろうが、それでもちょっとした学校の体育館くらいは広さがある。
 もっとも運動には向くまい。見渡す限りの打ちっぱなしコンクリートは埃と汚れにまみれ、中央には一際太い柱が堂々と聳えている。
 そこに、アンバーは反応を捉えた。

「フロア中央、柱から魔力反応を確認! 何らかの術式が発動します!」

言い終えるよりも先に、柱へ走る光の線。縦横に走るそれは大人よりも大きい長方形を描き出す。
 足を止めるフレイムフェイス。その左右へ、随伴員達は即座に横隊となる。アサルトライフルを構える。

「発砲は僕の合図を待って下さいね」

フレイムフェイスが言い含めるのと同時、柱の長方形は魔力光を放射。一枚の扉となって具現化を果たす。
 そして、その扉を開けて。無造作に出て来たのは。

「成程。多少は道理を弁えているか」

赤い短髪の偉丈夫、即ちギューオであった。
 その姿を見た、フレイムフェイスは。

「……。ようやく。ようやく対話を検討して頂けた訳ですね。『乗合馬車キャリッジ』の方」

感慨深く、そう口にした。
 対するギューオは、つまらなさそうに片眉を上げる。

「ふむ、流石に我々の名前は掴んでいるか。「こっちの世界」では百数年に渡る因縁だものなあ」

コンクリートを鳴らして歩きながら、けろりと言ってのける。何か、奇妙な事柄を。

「こっちの、世界……?」
「アンバーさん、魔力センサーを強めて下さい。この部屋の外、特に下方向を重点して」
「うぇっ!? あ、了解!」

頭部コクピット内のアンバーを誘導しつつ、フレイムフェイスも歩む。
 その時、背後から金属音。隊員の一人が銃を構え直したのだとアンバーが伝える。フレイムフェイスは手振りで改めて制する。

やがて、二人は立ち止まる。
 フレイムフェイスとギューオは、相対する。

「で、か」

操縦桿を握りしめ、見上げるアンバー。カドシュを見た時もそうだったが、ギューオと名乗るこの男は更に大きい。フレイムフェイスより頭一つ以上の背丈があるのだ。

「そうだな、まずは自己紹介といこう。民間警備保障プライベートミリタリーコープス『乗合馬車キャリッジ』、主任のギューオ・カルハリだ」
「これはご丁寧に。僕はエルガディア防衛隊所属、特務部隊ネイビーブルー実働部隊長、フレイムフェイスと申します。申し訳ありませんが、名刺は切らしておりまして」
「気にするな。こちらとしてもそんなおぞましい事をするつもりはない」

明確な拒絶、及び失礼。それを裏打ちするのは彼自身の目的と、やはり相当な戦闘能力があるからこそだろう。

アンバーには分かる。簡易計測でも分かる程の高魔力。十中八九、彼自身がこのダンジョンの中枢。即ち『破壊獣』。計測リソースを更に割り振ればもっと細かい事も分かるのだろうが――先程フレイムフェイスに指示されたフロア外の魔力探知が、上手く進まないのだ。どうも魔力攪乱がかけられているらしい。不穏であった。

だがそれ以上に彼が、破壊獣がいきなり姿を現した事自体がそもそも不穏だった。彼が撃破されれば、このダンジョンは消滅してしまうというのに。
 そんなアンバーの疑問を、他でもないギューオ自身が口にした。

「何故。俺がこうやってノコノコ現れたと思う?」
「そうですね……アナタなりの、誠意の現れでしょうか」
「と、言うと?」
「ご存じの通り、ダンジョンの内外とは通信が通りにくいものです。そしてアナタは、ご自身で名乗られた通り主任でおられる」
「ああ」
「つまりアナタに命令を下した上の者が更に居るという事であり、輪海国エルガディアへの攻撃はそこから下されたものだ」
「ふむ」
「しかしアナタ自身はその命令に納得しておらず……どうにかそれを止められないのか、方法を探っていた。そして今日、ティンチ飲料工場のダンジョンを通信防壁の隠れ蓑として、ようやくエルガディアの交渉窓口になりうる相手と会う事が出来た。それが今この場、と言う事です」
「……」

ギューオは目を閉じる。ゆっくりと、腕を組む。
 そして。

「ふはっ。は、は! ぐはははははははははははは!!」

唐突に、爆発するように笑い出した。

「ははは! 表情どころか顔色さえ分からん男がどんな事を言い出すかと思えば! 中々に聞き応えのある冗談ではないか!」
「心外ですねえ。僕はいつでも概ね本気です」
「ならば猶更性質が悪いな! 救いようがない! そうまでして世界を滅ぼしたいか、『マット・ブラック』よ!」
「――」

一瞬。
 コクピット内のみならず、フレイムフェイスの全身に走った奇妙な魔力の乱れを、アンバーは感じた。

「――滑らかな黒色マットブラック? 何の話をされているんです? この戦鎧套メイルスーツはブラックでなくネイビーブルーなんですが」
「そんな話ではない。スティア達ならともかく、俺はお前の正体なぞどうでも良い。ただ反応を見たかっただけだ」

真顔で見下ろすギューオ。その表情に、先程までの爆笑は欠片も残っていない。

「では何故です? 何故ダンジョンをお作りに? 何故、エルガディアに害をもたらそうとするのです?」
「決まっている。正当な反撃と、正当なケジメだ」

二本。ギューオは指を立てる。

「輪海国エルガディア。この国は存在自体が罪であり、歪みであり、異常なのだ。存在そのものが世界を蝕むのだ。二年……いや、この世界に合わせるなら二百年か? かつてはこの国も、同じ地平線の上にあったと言うのにな。だから俺達は、乗合馬車キャリッジはそれを阻む。この国を破壊してな」
「な、にを」

呟くアンバー。怒りと困惑が半々。背後の隊員達からも、うっすらそんな気配が伝わって来る。
 フレイムフェイスは、あえて続けさせる。

「成程。それが正当な反撃、ですか。では正当なケジメとは?」
「ふ、つまりは意趣返しよ。かつてエルガディアは、何の前触れもなく世界に巨大な楔を打った。汚らしい不意打ちをしたのだ」
「……ははあ、成程。この二百余年に渡るダンジョン犯罪。それらがアナタがたの言う不意打ち返しであらせられる、と」
「そんな、勝手なッ! 滅茶苦茶です! そもそも何なんですかそれ!」

いきり立つアンバーだが、その叫びは誰にも届かない。フレイムフェイスがコクピット内で止めているのだ。

「そう言う事だ。そしてそれは、今日遂に最終段階に至った。後はそれを待つだけでも、まあ良かったんだが……それはそれとして、やはり最大の障害は取り除いておきたくなってな」
「ほほう。それは?」
「ははは、今更シラを切るな」

にこやかに、ギューオは笑う。

「決まっているだろう――お前の、事だッ!」

一瞬で消える笑顔と入れ替わり、襲い来るは鮮烈な正拳突き。フレイムフェイスは切磋に上腕装甲でガード、したというのに腕の真芯が震える。戦鎧套の防御をしてこれ程とは。

「お、お、お、お、おおっ!!」

ギューオの攻撃は続く。ジャブ、ジャブ、足払い、回し蹴り、アッパー。巨体に相応しい威力と速度が両立するコンビネーション。
 その打突の全てをフレイムフェイスは受け、躱し、受け、躱す。その一方的な攻勢に、隊員の一人が叫んだ。

「隊長! 発砲の許可を! 援護させて下さい!」
「発砲は許可します。ただし援護は禁じます」
「何故です!?」
「そりゃあもちろん」

ガードを続けながら、フレイムフェイスは周囲を見る。床に幾何学的な光の線が走る。

「自分の身を守る事が優先だからです」
「GAAAAAAAッ!」「GAAAAAAAッ!」「GAAAAAAAッ!」

フレイムフェイスが言い終えるより早く、光の線から実体化するモンスターの群れ。ウォリアータイプ。数は八。現れたのはフレイムフェイスと防衛隊員達の間。分断目的、だけではない。このままでは防衛隊員の射線にフレイムフェイスが入っている。銃火器を封じられた格好だ。この布陣の為のタイミングを計っていたか。

「隊長!」
「なに、心配いりませんよ」

アンバーを諭しながら、フレイムフェイスはギューオの攻撃を凌ぎ続ける。反撃は未だにしない。

「その為の突入班《パーティ》なのですから」
「GAAAAAAAッ!」「GAAAAAAAッ!」「GAAAAAAAッ!」

吼え声と同時に腕部マシンガンを連射するウォリアーの群れ。しかしてその弾丸が殺到するよりも先に、突入班は対抗策の展開を終えていた。
 先程の隊列の後ろから二番目、奇妙なバックパックを背負っていた隊員が前に出、大型のシールドを構えたのだ。

『海の向こう』で言う所の機動隊が使うものに似ているそれは、表面に一瞬光を走らせる。光は床へと走り、左右へ広がり、立ち上がる。実体化を果たす。
 かくて完成したのは、頑健な壁。飲料工場で防衛隊員達が展開したものと同種のそれが、銃弾を受け止めたのである。

そして、フレイムフェイスも。

「ぬ、っ」

掌。
 受けて、止める。
 数十撃目になるギューオの拳撃を。

「はてさて。話したい事、ハッキリさせたい事、まだまだありますが――」

炎の中、浮かぶ仮面がギューオを見上げる。
 双眸が、ぎらと燃える。

「――不当な暴力には、相応の対応をさせて頂きますとも」


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