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フレイムフェイス 第八話

猛撃のディープレッド (2)

「成程。状況は分かりました」

ホロモニタ中央。表示されるアイコンのフレイムフェイスは、サイアの詳細報告にそう答えた。それからぐるぐると回転開始。思考を巡らせているようだ。

「こうしちゃいられない、早く出発しましょう隊長!」

サイアの隣で意気込むカドシュ。更にその隣にアンバー。情報共有のため一旦降車したのだ。
 しかし、肝心のフレイムフェイスの反応は鈍い。

「……。さてさて。そうしたいのは山々なのですが」
「何か、懸念が?」
「ありますとも。サイア三尉、ティンチ飲料工場に発生したダンジョンの規模は、どれくらいですか」
「相当に巨大です。何せ大規模な工場が丸ごと一つ変わってしまったのですから……」
「さて、そこです」

フレイムフェイスが回転を止め、上を向く指のアイコンが追加表示。

「これ程大規模なダンジョンを一息に発生させる。その為には二つのものが必要となります。一つ目は、当然ながら大量の魔力です」
「あ、そのために刑事さんや防衛隊員さん達を?」
「いい着眼点ですねアンバーくん。概ねその通りでしょう」
「えへへ」

「二つ目は、核となる破壊獣です。過去二百余年間。敵はこれを輪海国エルガディアに持ち込み、発動させる事で様々なダンジョンと事件を引き起こして生きた」
「ですが今回は、過去の事件に比べて発生周期が恐ろしく短いですね。今までなら数十年から数年の間があった筈」
「そこもいい着眼点ですねカドシュ君。ですが問題の根本は、それら二つの先にあります」
「と言うと?」

「そもそも何故犯人は、場所がバレた時点で逃げ出さなかったのか、と言う事です」
「それは」

言葉に詰まるカドシュ。視線をさまよわせれば、隣のアンバーとサイアも答えを探しているようだった。
 やがておずおずと、アンバーが呟く。

「……逃げる気がなかったから、とか? でしょうか?」
「そうですね。そう考えるのが最も理に適っています。では彼らは僕に、僕達ネイビーブルーに勝つ自信があるのか?」
「それも、恐らくはイエスでしょう。そう考えなければここまで大規模なダンジョンを作ったり、自分達からセオリーを破ったりする理由がありません」

渋い顔で言った後、カドシュは小さく首を振る。

「最も、負ける気なんて全然ありませんけど」
「はっはっは。頼もしいですねえ。ですが、ここでどうにも奇妙な疑問が生じます」
「それは……?」

首を傾げつつ、思い返すアンバー。手がかりになりそうな事柄と言えば――。

「……あ! 時間稼ぎ!」
「……! そうか! そうだった本人が言ってた!」

丸くした目を見合わせるアンバーとカドシュ。一方で状況を知らないサイアは、眉をひそめながらフレイムフェイスへ問う。

「どういう事です?」
「ダンジョンの破壊獣が、正確には操っていた術者がですが、言っていたのですよ。「俺の仕事は時間稼ぎ」、とね。このように」

――悲しい、悲しいなあまったく。そりゃあ確かに俺の仕事は時間稼ぎで、見破られるのは織り込み済みだったけど。こんなに早くバレた上に雑談のタネになるばかりってのは、なかなか悲しいなあ。

追加表示されたホロモニタ内、流れる映像と音声。サイアも理解する。

「成程。となれば、工場に発生したダンジョンの目的は」
「「時間稼ぎ」の延長の可能性がある。もっとも僕を倒そうという気概も本物でしょうし、腹案として存在したそれを実行した、と見るのが最も可能性が高いでしょうねえ」

リピート再生が始まりかけた二枚目のホロモニタを、フレイムフェイスは消去する。

「では、何の為に時間を稼いでいるのか? ここで改めて、相手の目的に立ち返ってみましょう」
「それは……」

カドシュは思い出す。少年時代に見たロングアーム。つい今し方交戦したウォリアーとラージクロウ。それらの発生する場となったダンジョンを、敵は作り出した。

「エルガディアで破壊活動を行い、混乱をもたらす……」

口にして、眉を顰めるカドシュ。間違ってはいない。筈。
 だが、微妙な違和感を拭い切れない。何か見落としているような。

しかしそれを考えている間に、フレイムフェイスが続きを被せた。

「そうですね、今はそうしておきましょう。その為に用いられるのは?」
「ダンジョンと、破壊獣」
「そうです。そしてそれらは規模が大きくなればなるほど、必要な魔力量も比例して膨れ上がる。下準備も増える」
「なのに、敵は逃げる事なく新たなダンジョンを展開した」
「と、言う事は」
「そうしてでも時間を稼ぎたい理由がある」
「何の為に?」
「そりゃあ、例えば、もっともっと大規模なモノの用意、を」

言って、はたとアンバーは気付く。

「え、じゃあどこかにいる別動隊が、いま工場にあるでっかいダンジョンよりも、更にでっかいヤツをどこかに作ろうとしてる!? あるいはもっと厄介ななにかをやろうとしてる!?」
「うんうん、素晴らしい推察ですよアンバーくん。そう、僕が危惧しているのもそれなんです。何の策もないまま新たなダンジョンへ踏み込んでしまっては、相手の思う壺になってしまうのではないか、とね」
「しかし、手をこまねいている訳にも」
「ええ、それも当然です。そもそも、こうした状況に対応するために組織されたのが特殊部隊『ネイビーブルー』ですから」
「成程。して、具体的には?」
「分かれて行動します」

◆ ◆ ◆

それから三十分後。
 アンバーは、高速道路を走る輸送車両内部に居た。

「ううー」

何度目かになる唸り声を上げるアンバー。まったく落ち着かない。何せ車内にはアンバー一人しか居ないのだ。
 窓の外を眺めても全然気晴らしにならない。流れていく街並みすらまるで異世界。『海の向こう』のよう。

「不安ですか」

車載スピーカーを通したフレイムフェイスの声。アンバーは頷く。

「不安、というか。緊張、というか……そう、ですね。不安です。私はカドシュちゃんと違って、観測所勤務でしたから。こういう状況全然慣れなくて」
「成程。ですがその観測所から送られたアナタのデータを見るに、基礎能力自体は中々良い線行っていますよ。特に魔力量。あとは訓練と経験です」
「え!? あ、あはは。そうなんだ恐縮です」

照れるアンバーは頭をかく。フレイムフェイスは車両を加速させる。

「それより、体調の方は大丈夫ですか? なかなか激しい装着変身オーバーライドだった上、状況が一変して結構話し込んでしまいましたからねえ」
「えっ」

言われて、アンバーはお腹を押さえる。途端、結構な勢いで空腹が襲って来た。

「あー。そうでした。おなかすいてたんでした」

装着変身に限らず、魔法の行使は魔力の消費を伴う。個人によって差はあれど、その消費が大きくなればなるほど人は消耗する。

端的に言えば。
 魔法を使いすぎると、腹が減るのである。

とは言え装着変身要員として抜擢されたアンバーは、生体魔力量が平均よりも多い。腹が減りにくい体質である筈なのだ。通常であれば。だが新装備フレイムウイングにオーバーライドバスター、更にはイレイザー・セイバーという大技まで使ったのだ。無理もない消耗である。

「この二百年間、燃費に関しては色々と改善をして来たんですけどねえ。装備の追加や威力向上で帳消しになる事も多くて中々……と、今そんな話をする状況ではありませんね」

ハンドルを切るフレイムフェイス。車体が僅かに傾ぐ。

「リンゴ、バナナ、オレンジ、パイナップル。どれがお好きですか?」
「え? じゃあ、えーと、オレンジで」
「分かりました。少々お待ちください」

言うなり、天井の一部が変形。延長アームがせり出し、アンバーの正面でぴたりと止まる。

「わっ」

アーム先端はA4紙サイズの板状になっており、表面には術式陣が描かれている。『海の向こう』で言う所の電子回路を思わせる幾何学模様。

「トランスポート実行します」

合成音声と共に、それは一瞬の光を発し。
 やがて収まると、術式陣上には一個の飲料が乗っていた。形状だけなら『海の向こう』でも存在するゼリー飲料パウチパックである。

「どうぞ。マジックゼリーオレンジ味です」
「あ、ありがとうございます」

アンバーは手に取り、しげしげと眺める。軍用レーションに似たシンプルなパッケージ。二百余年前はマジックポーションと呼ばれていた魔力回復薬の、現代版であった。

「じゃあ、失礼して、いただきます」

キャップを捻って開け、口をつけるアンバー。一口。で止まらずどんどん吸ってしまう。
 おいしい爽やかオレンジ味、だけではない。一緒に摂取出来る魔力成分。これが染みるのである。

「ふはぁ」

ようやく一息つくアンバー。それから我に返り、頬をかく。

「あ、あはは。なんか思ったよりグイグイ行っちゃいまして」
「不思議な事じゃありませんよ。それだけ消耗していたんです。体力と同じですね。鍛えれば楽になっていくでしょうが……ともあれ足りなかったらまた取り寄せますので、遠慮なく言って下さいね」

フレイムフェイスの言葉に合わせて畳まれるアーム。何気なく目で追いながら、アンバーはもう一度ゼリーに口をつける。
 それから、ふと思う。
 このゼリー、どこからどうやって転送されて来たんだろう、と。

◆ ◆ ◆

同時刻、タームハイツビル前。

玄関から出て来たカドシュは、医療車両の前で担架を下した。『海の向こう』のそれとは違い、エルガディアの担架は魔法で浮力を得ている。故に一人で運搬が可能なのだ。

担架の上には気を失った中年男性が一人、ぐったりと眠り続けている。彼はこのビルの住人。ラージクロウの作り出したダンジョンに囚われていた被害者の一人である。

「お願いします」

医療隊員に担架ごと男性を任せた後、カドシュはひとつ息をつく。
 バナナくさい。さっき飲んだゼリーパックのためだ。忙しく歩き回る隊員達とすれ違いながら、カドシュは辺りを見回す。現場の保全と記録。要救助者の捜索。セオリー通り、大きくその二つに分けて行動している。

中心となっているのは所轄の警官達だ。防衛隊員達もいるのだが、数が少ない。サイアの姿もない。ティンチ飲料工場のダンジョンへ大部分の隊員が移動したためだ。

現在、この現場の捜査は所轄警察が主導している。事後調査はそのようになるのが常だ。魔力計測にも異常は無く、脅威が再出現する可能性は低い。
 それでも、カドシュがここに残っていたのは。

「カドシュ君。読みが当たりましたよ」

この、フレイムフェイスの言葉を待っていたからである。

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