03_魔狼11_ヘッダ

神影鎧装レツオウガ 第二十話

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Chapter03 魔狼 11

 光のカーテンが溶けていく。天来号、利英《りえい》の研究室から送られた転移術式の残光だ。
 風にさらわれ、かき消える光の淡雪。
 その中心に、風葉《かざは》はいた。バイク型霊力武装レックウにまたがる彼女は、改めてハンドルを握り直す。素早く、周囲を見回す。
 場所は、どこかの民家の屋根の上。見渡せば、同じような高さの民家が道なりにひしめいている。以前、辰巳《たつみ》が等身大の竜牙兵《ドラゴントゥースウォリアー》達と戦った住宅街の一角だ。
 利英が勝手に作ったいびつな転移術式は、それでも無事に機能を全うした訳だ。
 次いで、風葉は正面を見る。幻燈結界《げんとうけっかい》の薄墨に沈む、ごくごく平凡な町並み。
 その前方に、巨大な赤色が切り立っていた。
 ビルというべきか、山というべきか。縦幅も、横幅も、尋常で無く巨大な赤光のドーム――人造Rフィールド。
 見間違えようがない、現在進行形で凪守《なぎもり》を悩ませている、赤色の災厄。
 一見するとガラスじみてなめらかな表面。だが薄皮一枚下には、乱気流のような激しさを見せる霊力が、絶えず渦を巻いている。
「これは、すごいな」
 莫大な量だ。理屈でなく、直感で風葉は理解した。言わんや、フェンリルとの同調がもたらした感覚の賜物である。
 あの壁を正攻法で破るとなれば、なるほど確かに大変だろう。いかんせん竜巻に穴を開けるような所業だ。
 ――犬耳の方をすませば、聞こえて来る。Rフィールドを右手に回った、ずっと向こう側。苛立たしげに動き回っている、足音や人の声が。
 派遣された凪守の正規部隊が、陣形を展開しているのだ。
 遠からずエッケザックスから送られてくるだろう、風葉とは別のフェンリルを用いた術式。彼等はその到着を待っているのだ。
 Rフィールドを消し飛ばすために。
 オウガへ、自壊術式を送るために。
「……」
 だから風葉はそれに先んじて、辰巳に接触する。同調完了したフェンリルと、レックウの機動力を合わせれば、そう難しくはない。
 今こうして間近で見ても、風葉の目にはやはり紙細工のようなもろい壁にしか見えないのだ。
 ブチ破るのは、きっと障子戸より簡単だろう。
 だが。
「は、は」
 知らず、乾いた笑いが口からこぼれた。
 今更ながら、本当に今更ながら、風葉は少し後悔していた。
 いつもそうだ。日乃栄高校に進学を決めた時もそうだった。
 つい二年前まで通っていた光橋中学は進学校であり、どこへ行くかはおおむね決まっていた。
 だが風葉はそれを蹴り、他の皆が進む進学コースから、一人外れたのだ。
 無論、両親からは渋い目で見られた。担任の先生からも反対された。
 けれども風葉はそれを押し通し、日乃栄高校に入学したのだ。
 かつて見た自分の夢を、叶えるために。
 そうして届いた制服に初めて袖を通した日と、今の風葉は同じ心情であった。
「やらかしちゃった、かな」
 そう独りごちたのは、これで一体何度目だろう。
 要するに未練だ。もっと良い選択が他にあったんじゃないかという、もしもを探す後ろ髪。
「けど――」
 未練はあっても、後悔はない。するわけにはいかない。納得は、既に済ませているのだから。
「――ううん。だからこそ、ちゃんとやらなきゃ」
 始動キーを回す。ハンドルとフットレストを介し、霊力がレックウの車体に循環。鋼の心臓がにわかに脈を打つ。
 アクセルを吹かせば、猛るマフラーが息を荒げて風葉を急かす。
 そして、それ以上に。
 風葉の胸中。同調しているフェンリルが、声もなく言うのだ。
 戦え、と。食わせろ、と。
 それは闘争本能だ。神話の時代、神々の黄昏を終わらせた獣性が、風葉を突き動かすのだ。
 その声に、風葉は疑問を差し挟まない。
 辰巳を助けるために、風葉自身がその力を望んだのだから。
『よし、少し待っていてくれ。この準備が終わったら、僕も今から――』
 通信機越しに巌《いわお》が何か言っている。だが胸の中の魔狼は、そんなものに耳を貸すなとせっつく。
「ごめんなさい」
 今は風葉もそれに同意見であり、小さく謝って通信機を切った。
 もう、一秒たりとも待っていたくないのだ。
「す、ぅ」
 一つ、息を吸う。
 胸の奥、霊力を司るもう一つの心臓。それを司る魔狼に任せて、風葉は吼えた。
 轟。
 膨大な圧力を伴う霊力の風が、辺りを薙ぎ払った。
 風葉としてはやけっぱちと気合い入れで「ぎゃおー」と叫んだつもりだった。しかし闘志を込められた魔狼の咆吼は、もはや一個の攻撃術式と化しており。
「はえっ」
 後にソニック・シャウトと名付けられる自分の叫びに、風葉は目を剥いた。加えて直撃を食らったRフィールドが表面を波打たせたので、更に目を丸めた。
 本当にフェンリルにとって、Rフィールドは紙細工なのだ。
「我ながら、すごいコトになっちゃったな――!」
 ともあれ気を取り直し、風葉はレックウを発進。
 民家の屋根を即席のジャンプ台とし、レックウは跳んだ。一直線に、Rフィールドへ向かって。
 轟音とともに空をかける二輪。時速は既に百キロを超え、Rフィールドの壁が数秒で目前に迫る。
 その最中、風葉はメーター上部のコンソールを操作し、武装の入力モードを起動。なんで音声入力なのかな、と少し疑問に思いつつ、迷いなく叫んだ。
「セット! セイバー!」
『Roger CircleSaber Etherealize』
 コンソールから響く電子音声。同時にレックウの前輪へ、術式の光がにわかに輝く。
 網目状に脈打つ銀色の光。フロントフォークを介して霊力を伝達するそれは、瞬く間にタイヤ中央へ霊力のラインを刻む。
 前輪を包み込むそれは、入力された術式をタイヤ上へ編み上げる。
 即ち、光のバズソーを。サメのような、乱杭歯の刃を。
 これこそ、レックウに組み込まれた術式の一つ。突撃戦用霊力武装、サークルセイバーだ。
 利英の趣味とヒラメキが遺憾なく組み込まれたこの武器は、見た目通りの回転ノコギリ術式以外に、もう一つの機能がある。
 それが今、回転する刃とともに、Rフィールドへ食い込んだ。
 間髪入れず、風葉はアクセルを全開。最大回転するサークルセイバーが、Rフィールド表面を噛み砕く。その勢いを推進力に変え、レックウの車体が逆ウィリー気味に赤色の壁を駆け上がった。
 これこそサークルセイバーのもう一つの役目、破砕走行機能である。
 霊力で造られた回転刃は、物体を斬り裂くバズソーとしてだけでなく、あらゆる地面を抉りながら突き進む無限軌道としても機能するのだ。コンマ数秒とはいえ対象の霊力と強引に結合する術式、インペイル・バスターの応用である。
 もっとも本来のライダーである冥《メイ》がこれを使っても、Rフィールドには傷ひとつつけられなかっただろう。
 レックウが今Rフィールドを駆け上がれているのは、ひとえにフェンリルから供給される霊力の、ラグナロクを終わらせる権能の賜物であるからだ。
 レックウは走る。凄まじい急斜面であるRフィールド表面を、爆砕しながら走破していく。
 つんざく轟音、爆ぜ飛ぶ欠片。もしここに凪守の関係者が居たなら、皆一様に目をむいた事だろう。
 何せあのRフィールドに、一直線の切れ込みが走っていくのだから。
 そんな切れ込みの先頭、気を抜けば転倒しかねないレックウを押さえ込みながら、風葉は目を凝らす。
 視線は下、Rフィールドの向こう側。
 相変わらず乱気流のような渦を巻いている赤色だが、それでもここまで近寄れば内部の様子もどうにか分かる。
 赤色の向こうで、町並みが流れていく。いつだったか、暇潰しにスマホのマップ機能で見た航空写真と同じ風景が、風葉の肉眼に映り出す。
「……いたっ!」
 程なく、風葉は捉えた。
 Rフィールドの中心地点。元凶であるオーディンが、霊力装甲を破壊されたオウガに向けて、グングニルを振り上げている光景を。
「ちょっ――」
 心臓が、熱く燃える。昂ぶる霊力が、フルスロットル以上の回転でRフィールドを斬り裂き、食い破る。
「――ちょっと待ったああああああああっ!!」
 そうして、風葉はRフィールド内部へ吶喊する。
 凶暴な牙を剥き出しに獲物へ飛びかかるその様は、まさに狼そのものであった。

◆ ◆ ◆

 轟。
 唐突に、獣の咆哮がつんざいた。外部から隔絶されているはずの、Rフィールドの只中に。
「「な」」
 同時に絶句し、上を見る辰巳とギノア。
 そうして両者は、一瞬霊力の制御すら忘れた。
 さもあらん。何せ、上空のRフィールドがガラスか何かのようにひび割れ、砕けていたのだから。
 クモの巣状に走る亀裂は、一体いつの間に刻まれたのだろう。断層はおおむね半径五十メートルくらいの範囲で収まっているが、南側に走る一本だけがやたら長い。地面の端に届きそうなくらいだ。
「な、んだ。なんだアレは?」
 ギノアはうろたえ、長い亀裂へ釘付けになっている。まぁ無理もない。絶対に破壊されないとサトウから聞かされていたRフィールドが、こうもたやすく突破されたとあっては。
 同様に辰巳も驚いていたが、こちらはすぐに気を取り直した。アレは恐らく凪守が、Rフィールドを消滅させるために送り込んだ擬似コアユニット、レックウだ。
 オウガの頭部と自分のバイザー、両方とも壊されたのでズーム確認は出来ない。だがそれでも、二輪のシルエットは遠目にもどうにか見えた。間違いない。
 車体にまたがる小柄な人影――恐らく冥は、一直線に落下しながら獣の咆哮をRフィールド内に響かせている。
「えっちょっ!? 風!? 風があああああああああ!?」
 ……実のところ、それはスカートがめくれ上がっているが故の絶叫であった。
 確かにレックウにもオウガのコクピット同様、風圧等から搭乗者を保護する重力、および慣性制御術式はある。今もきちんと機能している。
 が、それでも完全に打ち消せるわけではない。
 加えてレックウへの搭乗は、辰巳のような戦闘服の着用を前提としている。袖口やスカートのような、ヒラヒラした服装での運転は想定外なのだ。
 故に、中々あられもない姿になっているわけで。
「いいいいいいいやああああああああああああああああ!!??」
 なまじハンドルから手が離せないため、絶叫するしか無かったのだ。
 しかしてそんな事情など考えつきもしない辰巳は、新型の術式かなんかだろうと勘違いした。
「セット、ランチャー! 並びにジャンプ!」
『Roger LocketLauncher Rebounder Etherealize』
 どうあれ辰巳は動いた。ロケットランチャーとリバウンダーを生成し、即座に起動。
「っ!? やらせません!」
 すぐさま気付き、グングニルを振り下ろすギノア。だが遅い。弧を描く切っ先は、オウガの右上腕装甲を掠めるに留まった。
 構え直すオーディン。だがもう遠い。リバウンダーによってオウガはほぼ真横へ、大きく距離を開けていた。
 更にダメ押しとばかりにランチャーから霊力のミサイルが放たれ、オーディンの接近を的確に阻む。
「小癪、なぁっ!」
 グングニルを打ち払い、オーディンは衝撃波でミサイルをまとめて撃墜。
 それによって生じた爆風に乗り、オウガは更に加速。直に叩きつける爆煙と、リバウンダー自体からもたらされる突風を物ともせず、辰巳は落下中の二輪へ通信を繋ぐ。
「早くしろファントム3、長くは持たん!」
『ちょ、ちょっと待ってぇ!?』
 スピーカーから聞こえるファントム3の声は、なぜか非常にうろたえていた。
「……?」
 らしくない。声の調子もおかしい気がする。
 とは言え今それを気にする余裕は無い。一歩ごとに悲鳴を上げる制御系をなだめ、飛来する雹嵐《ハガラズ》を遮二無二に回避。更にその最中、辰巳はオウガにもインストールされていたプログラムを閲覧、瞬時に理解する。
「システム起動権限はコアのそっち持ちだ! キーワードを叫べ!」
『キーワード……?』
 凄まじい速度で落下しながら、レックウのライダーは記憶を探る。風圧のせいで起きた混乱をどうにか抑えこみ、フェンリルと再同調。
 改めて確認した知識と闘争心のまま、彼女はキーワードを反射的に叫んだ。
『オーバー・エミュレートモード起動! 神影合体!!』
 そして、改めて今自分が叫んだ内容を反芻する。
『……ええっ!? 合体!?』
 目を剥く搭乗者を他所に、指令を受諾したレックウが合体モードを起動。
『Roger Immortal Silhouette Frame Mode Ready』
 鳴り響く新たな電子音声。オウガがレックウのコマンドを受諾したのだ。
 まず辰巳の背後、新造されたシャッターのロックが解除され、展開。内部からコネクタがせり出す。
 ちら、と背後を見る辰巳。利英謹製のコネクタは、一見すると駐輪場の輪止めにも似ていた。ここにレックウを誘導すればいい訳だ。
「ガイドレールビーム、照射!」
 叩きつけるような辰巳の指令。それを受諾し、コネクタ部から伸びるは青色の光。
 以前風葉をコクピットへ招いた牽引ビームと同種のそれは、一直線にレックウへ伸長、二輪をサークルセイバーごと捉えた。霊力による道の完成である。
『おぉ道だ! 落ちない!』
 獣の咆哮が止まり、代わりにエンジンの爆音が轟いた。アクセルが全開になり、レックウがコネクタ目がけて一直線に駆け下りる。
「やらせませんと、言いましたよねぇっ!」
当然、その接続を悠長に待つギノアではない。ましてや今のレックウは、ガイドレールにそってしか動けないのだ。
「ハガラズッ!」
 レックウとガイドレールめがけ、放たれる雹の弾幕。一発でも被弾すれば、レックウは搭乗者ごと潰れてしまうだろう。何せオウガの装甲すら粉砕した弾丸だ。そうでなくともガイドレールを破壊されれば、その時点で神影合体は中断されてしまう。
 そんな危機的状況に、辰巳は慌てない。
「ちょいと揺れるぞ、しっかり捕まってろ」
『ふぇ?』
 言うなり、辰巳はガイドレールの投射角度を水平に変更。レックウはレールごとオウガの後方へ倒れこみ、ターゲットを失った雹弾が空を切る。
『ふええええええっ!?』
 同時に、レックウの搭乗者がまたしても悲鳴を上げた。まぁグングニルよろしく振り回されれば、無理もあるまい。
 かくして半分目を回しながらも、レックウはどうにかガイドレールを走破、フロントフォーク部のコネクタが接続。欠けていたオウガのプログラムがレックウによって補完され、Eマテリアルの機能が拡張開始。
 二年前、コアユニットごと破壊された本来の機能――霊脈をかき乱した謎の術式。それ自体は未だ解析の目処すら立っていないが、それでも接続されていた霊力制御機関、Eマテリアルの運用方法については、利英がある程度の解を出した。
 レックウはそれを実証するために造られた擬似コアユニットであり、本来ならその操縦と制御を冥が担当する筈だったのだ。
 そんな擬似コアユニットから霊力が供給され、オウガの躯体を満たしていく。新たな術式が、新たな武装が、辰巳の脳裏に刻まれていく。
「よし。それで、自壊術式の準備は――」
 この時、辰巳はようやくレックウの搭乗者の姿を見た。
 そして、絶句した。
 さもあらん。そこに居たのは、冥・ローウェルことファントム3ではない。
「や、やっほう」
 半分目を回しながらも、片手を上げる銀髪犬耳の同級生。
 暫定ファントム5こと、霧宮風葉だったのだから。
「な、え、はっ、はぁ!?」
 想定外にも程があるこの状況に、辰巳はわかりやすくうろたえた。左手がコンソールから外せたなら、風葉に詰め寄っていた事だろう。
「な、なんで――」
「ストーップ! 気持ちは分かるけどその前に聞かせて!」
 両手を突き出し、風葉は辰巳を強引に遮る。
「その、ええと……落ちて来るまでの間、私のコト見えてた? このバイクの運転手だって分かってた?」
「そんなわけないだろ!?」
「そう。ならいいんだ」
 乱れたスカートを手直しし、念のため尻尾で腰回りを覆い隠して、風葉は一息つく。
 が、辰巳の方は一息つく暇なんてない。
「良くない。まったくもって良くない。何で霧宮さんがここに居るんだ? 冥はどうしたんだ? それにその耳と尻尾は!?」
 まくし立てる辰巳。あまりの状況にギノアすら動きを止めていたが、風葉は意に介さない。
「ああ、これ? フェンリルと同調したんだよ。私が、私の意志で」
「どうしてそんな事を!?」
 苛立つ辰巳。割れたバイザーから覗く怒りと困惑を、風葉はまっすぐに見据えた。
「自爆」
 一息。
 放たれた一言に、辰巳の表情が消えた。
「するつもり、だったんでしょ」
 言いつつ、風葉はレックウのシートから降りた。
「そういうの、何て言うか、困る」
 二歩、三歩。風葉は風葉の後ろから、真横に移動する。
「うん、すごい困る。大体私、五辻くんに言いたいことがあるもの」
「言いたい事……?」
「そ。さっき、寮の玄関先で言いそびれたこと」
 風葉が頷いたのと同時に、オウガのEマテリアルへ光が灯る。
 足首。膝。手首。肩。そして胸部。未だ最適化が終わらぬ辰巳の左手首に先駆け、新たな術式が銀色の息吹に輝く。
「私はね、五辻くん」
 そんな銀色に照らされながら、風葉はまっすぐに辰巳を見た。
 近い。あと一歩で互いの息がかかりかねない至近距離から、金色の双眸が辰巳を見据える。
 そして、言った。
「キミの事が、嫌いなんだよ」
「…………あ?」
 辰巳は目をむいた。
 今まで潜ったどんな修羅場より、それこそ神影鎧装オーディンを初めて見た時よりも、辰巳は目をむいた。
「正確には、その生き方が嫌いなんだよ。昔の私に似てるから」
 粛々と言い放つ風葉の横顔を、銀色の光が照らし出す。光源は辰巳の左手首に装着されたEマテリアルである。最適化が完了したのだ。
「――、ええい!」
 言い返したい事は色々あるが、まずやらねばならない事がある。
 まっすぐな風葉の双眸から目を逸らし、辰巳は叫んだ。
「神影鎧装、展開ッ!」
 瞬間。
 爆発にも似た光の洪水が、Rフィールド全体を薙ぎ払った。
 光の彼方に消える敵の姿。暴力的なまでに視界を埋める閃光に、ギノアはようやく我に返る。
「ちい、ぃっ!」
 想定外すぎる状況に流されてしまったが、そもそもオウガの能力開放を見過ごす理由など、あるはずがないのだ。
「やァら、せる、かァッ!」
 構え、踏み込み、刺突。
 風を斬る切っ先、唸りを上げる衝撃波。
 ほぼ同時に襲い来る致命打を、しかし辰巳は既に見切っていた。
「遅、い――っ!?」
 小さなサイドステップ。それで収めるつもりだった回避行動は、しかしニ十メートル以上の距離を一気に跳んだ。
 校舎の上に着地しつつ、辰巳は立体映像モニタを起動。改めて機体の状況を確認すれば、運動性能だけでなくあらゆる能力の向上が見て取れた。
 レックウからもたらされた新たな術式の賜物である。
「成程。やろうと思えば、リバウンダーくらいのジャンプが普通に出来そうだな」
 感心する辰巳、収まっていく余剰霊力の白光。
 その光源を、オーディンは見上げる。
 校舎の中央、時計の真上。そこに立つオウガのいでたちは、今までと全く変わっていた。
 胸。背中。両肩。両手首。両膝。両足首。身体各所に組み込まれたEマテリアルが、今は見えない。
 霊力で編まれた鎧が、そこに接続されているからだ。
 色は銀。とは言っても、オーディンのような純白ではない。やや灰色がかったその輝きは、風葉越しに接続しているフェンリルの影響だろうか。
 ともあれ、オウガは塗り替わった。青一色だった躯体に灯る灰銀色が、新たなコントラストをRフィールドに映し出す。
 直線主体でいかにも武骨なオウガ本体とは対照的に、流麗な曲線主体で構築された灰銀色のプロテクター。身体各所に装着されたそれは、オウガの機体を一回り大きく演出する。
 胸部と頭部は、まだ無い。剥き出しになっているコクピットの上、辰巳は無表情にオーディンを見下ろす。
 ――性能は予想以上に向上している。新たに展開された霊力のプロテクターと、何より拡張された霊力経路の運動性を合わせれば、撤退することは容易だろう。辰巳はそう算段していた。
 そう、撤退だ。辰巳は今、新たにもたらされた能力の全てを、逃走へ注ぎ込むことに決めていた。
 理由は勿論、風葉の存在だ。いくらフェンリルの同調があるとはいえ、一般人を乗せたまま戦闘に移れるはずがない。どうにかして、それこそフェンリルの力を使ってでも、このRフィールドから撤収しなければならない。
 自分ではなく。風葉の命を、守るために。
 ――要するに、風葉は人質なのだ。辰巳に自爆を断念させるための。
 巌はそれを狙って風葉を送り出したのであり、事実それはおおむね成功した。
 したのだが、しかし。
 ここに一つの誤算が生じた。
「ねえ五辻くん。ひょっとして、逃げようと思ってる?」
 先の自己申告通り、風葉は辰巳の生き方を嫌っているのだ。
「……それが?」
 端的な、有無を言わせぬ肯定。まぁ当たり前だ。風葉の安全を守るために行う撤退なのだから。
 理解している。ありがたく感じてもいる。だが、だからこそ気に入らないのだ。
 風葉の知らぬところで、辰巳は戦っていた。命令のままに、きっと無表情に。
 それ自体が悪しとは言わない。だが、辰巳はそれ以外に何もないのだ。
 最初に見たあの日、リザードマンと戦っていたあの時。辰巳がプラスチックのような顔をしていた理由が、今なら分かる。
 されるがまま。言われるがまま。ただひたすら周囲の声に応え続ける、からっぽの人生。
 同じだ、昔の自分と。
 苦しいはずだ、痛いくらいに良く知っている。
「悪いが部外者は黙っててくれ」
「そうはいかないよ」
 だから、風葉は即答していた。
「――」
 割れたバイザーの向こうから、辰巳の双眸が風葉を見下ろす。
 無表情に、けれども雄弁に。
 同情のつもりなのか、と。
 流石に風葉もそこまで傲慢ではない。小さく首を振る。
 ただ風葉は、辰巳に気付いて欲しいのだ。
 頑張れば、明日はそれなりに変えられるのだと言う事を。
「要するに、さ。このRフィールドとか言うのを壊して、あの白い巨人も倒せばいいんでしょ?」
「……それは」
 しばし、辰巳は言葉を失う。
 凪守や巌に課せられた規約を、それ以上の功績で塗り替える。奇しくもそれは、今しがた挑んだ全力勝負のリベンジだ。
 だがもし仮にうまくいったとしても、謹慎では済まないだろう。
 しかして仮にうまくいったとすれば、きっと、すごく痛快だろう。
「けど、そんな事が」
「出来るよ。私と、五辻くんなら」
 神影鎧装と、フェンリルの合わせ技なら。
 力強く、風葉は断言した。心の中の魔狼が、その決断を後押しする。
「だから、がんばってみようよ」
 コンソールに固定された辰巳の手をそっと握り、まっすぐに見上げてくる風葉の瞳。フェンリルの同調で金色に染まっている双眸を見据えながら、辰巳は気付いた。
 手が、震えている。
 怖いのだ。いくら魔狼の後押しがあったとしても。
 風葉は、やはり一般人なのだ。
 そんな風葉に、ここまで言わせてしまった自分は――。
「――はぁ」
 一つ、辰巳は息をつく。見下ろせば、オーディンはこちらを見たまま一歩も動いていない。見た目も性能も、明らかに変わったこちらを警戒しているのか。
「後ろに戻ってくれ。ブチかますからな」
「――! うん!」
 大きく頷き、すぐさまレックウのシートに戻る風葉。
 辰巳は振り返らない。だがフロントカウル越しに見えるその背中は、少し楽しそうに見えた。
「後悔、するなよ」
「ん。それは多分無理」
 いたって正直な風葉に、辰巳は肩をすくめる。
「……勢いで行動するタイプなんだな、霧宮さんは」
「ん。よく言われる」
 笑い合う二人。腹は、既に決まった。
 故に、辰巳は叫ぶ。
「――ウェイクアップ! レツオウガ、エミュレート!」
 コクピットの四隅から立ち上る霊力の柱。瞬く間に編み上がる光のワイヤーフレーム。
 かくしてこの日、この場所に。
 二年前、全ての引鉄を引いた神影鎧装――レツオウガが、復活した。

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【神影鎧装レツオウガ メカニック解説】
レックウ

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