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Climate Techとは何か?

一橋大学経済学部の横尾英史です。

2023年になって、Climate Tech(気候テック、クライメイトテック)というワードを目にすることが増えました。
環境省でも検討会が立ち上がり、岸田政権の実行計画骨太方針2023でも明記されています。

この記事では私なりにこのワードの解説と整理を試みてみます。
【注:下線が引かれた箇所はリンク付きです】


Climate Techとは?

Climate Techとは「2017年頃からVCの投資対象となった気候変動対策のテクノロジー」を指すと私は認識しています。

実は、「Climate Techとは?」を一言にまとめるのは一筋縄ではいかないです。
なぜならば、後述するように多様な技術を含むからです。
このワードについて、コンサルティング企業のレポートなど他にも定義や解説があります(例えばこちらなど)。
ですので、必ずしも私の認識だけが定義だとは考えていないのですが、今後の建設的な議論のためにも上記のように整理して出発してみたいと思います。

なお、省略してしまいましたが、上記の「VC」とはベンチャーキャピタルを指します。
また、「2017年」というのも断定的に過ぎるかもしれません。
本当は「近年」ぐらいにぼかして定義して進みたいところですが、それだと10年後に振り返った時には曖昧過ぎるので、後述の「経緯」を踏まえて「2017年」としてみました。

Climate Techの具体例を見てみる

本当ならば、技術面や法・制度面から(あるいは経済学理論的に)Climate Techを「ばしっと」定義したいところですが、このワードの場合は難しいなと感じているわけです。
そこで、「まずは具体例を見てみる」というアプローチを取りたいと思います。

Climate Techを把握するための第一歩として私がおすすめするのが、世界一のアクセラレーターとして知られる Y Combinatorが2022年末に公開した Request for Startups: Climate Tech という記事です。
ここに掲げられたテクノロジーを眺めてもらえると、イメージがつかめると考えます。
この記事を東京大学FoundXさんが和訳してくれていますので、ぜひ下記の日本語版をご覧ください。

上記のテクノロジー・リストはいかがだったでしょう。
もちろん、この他にもClimate Techの一覧的なまとめがあります。
ただ、私の理解では上記のY Combinator記事から入ると見通しがよくなると考えています。

Climate Techを分類してみる

次に、もう少し粗い解像度で、テクノロジーを分類してみたいと思います。
Climate Techに分類される技術はY Combinatorの記事に掲載された革新的なテクノロジーだけでもありません。
また、今後も新たなテクノロジーが増えていくでしょう。
今後の議論をしやすくするために、私なりに下記の13セクターにClimate Techを整理してみました。

Climate Tech Diagram
考案:横尾英史/作図・LAIMAN

まず、Climate Techに最初に分類したテクノロジーは電力関係です。
これを
01 発電
02 蓄電
03 送電・配電
04 節電・エネルギーマネジメント

と四つに分類してみました。
発電には再生可能エネルギーを筆頭に、原子力や核融合も含みます。
蓄電にはバッテリーだけでなく、重力や熱でエネルギーを長期貯蔵するテクノロジーも含みます。
これらの各セクターごとに、6年ほど前からVCの投資対象となったテクノロジーをClimate Techとして分類しようというアイデアです。

続いて、
05 燃料・エネルギー輸送
という分類を設けました。
ここには、自動車・航空機用の新しい燃料の製造技術を始め、水素やアンモニアでエネルギーを輸送するテクノロジーも含めています。
06 材料
という分類では素材産業の脱炭素に資するテクノロジーを含めます。
鉄鋼業やセメント産業の新テクノロジーが代表例です。
また、上記01から05に応用しうる材料に関するテクノロジーもここに分類してみます。

07から09はモビリティ領域です。
07 移動(陸) 自動車や鉄道関連
08 移動(空) 航空機や空飛ぶ自動車関連
09 移動(海) 船舶関連

でモビリティにおける脱化石燃料を実現するテクノロジーを分類します。

10 冷暖房・調理
では建物の空調関連と料理・給湯関連の温室効果ガス排出削減を実現するテクノロジーを分類します。
11 食料・飲料
では食品や飲料品の温室効果ガス排出削減を実現するテクノロジーを分類します。

12 炭素回収・貯留・除去
ではCCSと呼ばれる「二酸化炭素回収・貯留」テクノロジーを分類します。
また、二酸化炭素の大気直接回収(DAC)を始めとする二酸化炭素除去(CDR)テクノロジーもここに分類します。
そして最後に、
13 炭素利用・リサイクル
です。
上記12の炭素回収・貯留と炭素利用を合わせてCCUSと呼ぶことも多いのですが、別のテクノロジーと捉えて、敢えて別の分類としてみました。

なお、炭素利用・リサイクルの技術を使った結果として生産される製品が上記の燃料や材料になることもあるでしょう。
このあたり、私の分類は必ずしも排他的ではなく、一つのテクノロジーが複数のセクターに分類できることもあることを認めます。

なお、ご覧のように、この私の分類では気候変動「緩和」を目的としたテクノロジーにフォーカスしています。
現状のVCの投資対象として、気候変動「適応」を目的としたテクノロジーも射程となることもあるでしょう。
それらも含めてもよいのですが、下記の「経緯」でも述べる通り、私が近年の投資動向を見た上で、「緩和」テクノロジーへの投資が中心であると判断し、議論の発散を避けるためにここでは適応関連については含めませんでした。

また、太陽放射管理と呼ばれる、微粒子の成層圏への注入等で気温を工学的に低下させるテクノロジーをここに含めるかどうかも論点になると思います。
私の認識では、このテクノロジーを日本で議論するには時期尚早と考え、ここでは敢えて太陽放射管理は含めませんでした。

以上の方針で分類してみて、上記の図も作成してみました。
名付けて、Climate Tech Diagramです。

Climate Techが使われ始めた経緯

さて、このClimate Techというワードが話題となり使われ始めたのはどういった経緯からでしょうか?
これについて私見を提示してみます。

例えば、その名もずばりClimate Tech VC(CTVC)という記事を配信するチームがアメリカに登場しています。
このCTVCニュースレターは非常に有用で、Climate Techの世界的な潮流を把握するのに最適です。
さて、このCTVCニュースレターの配信は2020年に始まっていました。
つまり、その頃にはすでにClimate Techというワードが使われていたと言えます。
また、PwCさんも2021年にはその前年のClimate Techへの投資動向をまとめたレポートを公表しています。
従って、2020年にはすでにVCによるこの領域への投資が目立ち始めていたと言えるでしょう。

さてさて、上記のCTVCニュースレター初回でも「気候変動解決に投資するVC」としてClimate Tech VCsという「くくり」用語が使われています。
そして、そのランニング・リストが公開されているのですが、その筆頭に挙げられていたのがビル・ゲイツが立ち上げたVCファンドであるBreakthrough Energy Ventures (BEV)です。
この気候変動対策に投資するファンドの立ち上げをビル・ゲイツは2016年末に公表し、実際の投資は2017年から行ったとされています。(参考記事
なお、このBEVについてはANRIさんによるnote記事をどうぞ。

ちなみに、このBEVは基本的に気候変動「緩和」のテクノロジーに投資しているとの認識です。
これもあって、今回の私の記事でも「緩和」にフォーカスしています。

さらに、翌年の2018年にはLowercarbon CapitalというVCも立ち上がりました。
これはChris SaccaというTwitter, Instagram, Uberなどに初期投資したスターVCが気候危機に取り組むことを掲げて立ち上げたVCです。

このようにアメリカにおいて、2017年からVCによる気候変動緩和テクノロジーへの投資という古くて新しい潮流が再び始まり、それが2021年頃まで増加していたと考えます。
2023年になってこのワードを知った方からすると「6年も前!?」と意外に思われるかもしれませんが、上記の経緯を踏まえて、Climate Techを論じる上では「2017年頃から世界のVCが投資対象としている」という整理が適切ではと私は考えました。

この記事の狙い

最後に、この記事の意図を書いておきたいと思います。
Climate Techというワードの定義や分類は他にもやりようがあると思います。
特に、今回の私の議論は技術要件を厳密に定義したものでもなければ、環境経済学理論に基づくものでもありません。

それでも、今後の日本において

  • VCやエンジェル投資家によるClimate Techへの投資

  • Climate Techスタートアップの創業

  • 研究者・エンジニアの持つ気候変動対策技術の社会実装

  • 上記を踏まえた「Climate Tech関連政策」の立案

についての議論とアクションが広がるといいなと考えました。
その際に、「Climate Tech」という曖昧で極めて広い概念について、何かしらの指針や整理があった方が、建設的かつスムーズに他者との議論が進むのではと考えました。
その一助となればと思い、不完全であることを自覚しながらもこの記事を公開してみます。

2023年9月 横尾

参考資料:おすすめClimate Tech情報ソース

おすすめPodcast
まずは耳からの情報収集がおすすめです。
NewsPicksさんのGREEN BUSINESS
こちらが非常に有用な情報源です。入門者の方にもすでにある程度情報収集されている方にもぴったりです。

おすすめ動画
2023年6月25日に開催された
Climate Tech Day 2023@東京大学のYouTube動画
こちらもClimate Techの全貌をざっくり掴む上でおすすめです。
なお、このイベントの参加報告記事も以前に書きました。

おすすめ英語情報源
この後は海外の情報を英語で収集されるのがおすすめです。
Climatebaseの求人情報やSiftedなども投資と創業動向を把握する上で有用ですが、
上述の通り
CTVC Newsletter
にsubscribeして毎週目を通すのが一番のおすすめで、これにより世界の潮流を把握できます。

また、
SOSV Climate Tech Summit
のYouTube動画も有用です。最新は2022年回です。今月末に2023年回があります。

さらに上級者の方には
アメリカエネルギー省の
Liftoff Reports
で各論に進まれるのもおすすめです。

(2023年9月14日初稿版)


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