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『コロナの時代の僕ら』。文学と数学のあいだ

発売を楽しみにしていた一冊が届いた。イタリアの作家が書いたエッセイ集『コロナ時代の僕ら』。期間限定で全文公開もされておりその際も目を通していたが、手元に置いておきたいと予約しておいた。

新刊が届くまでの間に作者の未読であった『素数たちの孤独』も読んだ。訳者の飯田亮介さんの言葉を借りれば、特殊な素数の組み合わせである「双子素数」をモチーフにして、限りなく近いのにひとつになれない男女の心情を見事に描いた恋愛小説だ。

私は理系の感性はほぼ持ち合わせていないけれど、「素数」というヘンテコリンな数字の存在を知った学生時代に、「きっとここに萌えを感じる人はいるのだろうな〜」と思い、そう感じられる人たちをなんとも羨ましい気分で眺めていた。理系の知人に「数学には答えがない。終わりがないの。昔の偉人たちの知恵を自分がつないでそれを後世に引き継ぐだけ。たとえるならサクラダファミリアを作る職人みたいなものかな。だから、尊い」と力説されたことも大きい。「答えが出るのが数学の醍醐味じゃん!」と考えていた自分は本当に目から鱗の驚きだった。

私は数学のもつロマンティックさへの憧れのようなものを昔から感じている。

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『素数たちの孤独』。もう、ここにすべてが詰まっているといっていいくらい素晴らしいタイトル。「素数」を恋愛小説にみたてたこの作品を通し、理系の方たちが持ち合わせている数字に対するもどかしい恋愛感情のようなものを追体験でき、とても大好きな一冊となった。

前置きが長くなってしまったが、その『素数たちの孤独』の作者パオロ・ジョルダーノの2020年2月29日から3月4日に紡がれたエッセイ。喜怒哀楽をともなう大袈裟な感情表現や形容詞が極力省かれた、抑制が効いた筆致。わかりやすい数字を使って目の前のことを語りながらも、その視点は私たちのこれまでの生活を超え、政治、経済……国際社会、人間の生態系、地球の環境問題へと想いが馳せられていく。

文章を書くことよりもずっと前から、数学が、不安を抑えるための僕の定番の策だった

と語るジョルダーノ氏は、「おたくの午後」という一節で以下のように語る。

数学とは実は数の科学などではなく、関係の科学だからだ。数学とは、実態が何でできているかは努めて忘れて、さまざまな実態のあいだの結びつきとやり取りを文字に関数、ベクトルに点、平面として抽象化しつつ、描写する科学なのだ。そして、感染症とは、僕らのさまざまな関係を侵す病だ。

数学と文学。どちらにも真摯に向き合う作者の言葉は、極めて平易でシンプル。「数学は関係の科学」と言い切る作者の優しく繊細な人柄がにじみ出ている。

新型コロナが人間に伝染したそもそものキッカケとは?

この一冊を読めば、きっと誰もが「この未曾有のできごとが発生した理由は、自分とは一切関係がない」と言い切ることができなくなる。私たちは「関係」の中でしか生きられない。ひとりひとりがそれを自覚しないかぎり、私たちはおそらくこの受難を繰り返すこととなる。

たくさんの方にジョルダーノ氏のメッセージが届きますように。

あとがきは引き続き公開されているので、この文章だけでも是非読んでいただきたい。

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個人的な病気との向き合い方や、病気のときに読むべき本などをエッセイに記し、パンデミックの記憶もまだ新しい当時の人々に提示しました。(編集部より)

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つながること

今日みたいな一瞬の遮断でさえ戸惑う私は、今までどれだけ多くのものたちと繋がって生きていたのだろうか。その数多くの繋がりがあったからこそ、完全に孤立する経験をせずに今まで生きることができたのだろう。

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