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私たちの「美味しい」の未来。食と安全とテクノロジーと。

海外に住む知人から「日本の食べ物大丈夫?」と言われることが多くなった。海外では禁止となっている添加物や農薬が日本では使われているというのがその主な理由。

3Dプリンターで食べ物をつくる

香港に住む知人は、「昔は高くても日本から輸入されている野菜を買っていたが、今は中国産を買っている」と言っていた。なんでも中国の富裕層に健康志向が生まれ、中国でもオーガニックや無農薬野菜が作られ始めるようになり、鮮度の高いものが入手しやすくなった。それも大きいが、「日本産というだけでは信用できない」というのが理由だと言う。

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先日、足を運んだ『未来と芸術展』でSUSHI SINGULARITYという展示はなかなかにインパクトがあった。

SSSB(ソルティ、スイート、サワー、ビター)という「食の4原色」という考え方を基に寿司がデータ化。このデータ化された食品は、米粉、寒天、大豆や海藻などが原材料のジェルを主素材とし、3Dプリンターやロボットアームで造形化されます。ハニカム構造やトラス構造などの建築的構造も取り入れ、これまでにない食感の作り出されます。

インターネット上でデータがシェアされ、新たな食の創出。また、DNAや腸内フローラ、栄養状態など体の健康データに基づく食のカスタマイズ化の可能性も示唆する。

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食料危機を救う培養肉

いずれ食の常識となるとも言われている「培養肉」のことも思い出される。

「培養肉」とは、動物の細胞を体外で人工培養することでつくられた肉のことで、「クリーンミート」「純肉」などとも呼ばれます。
地球規模で人口が増え続けている中での食料供給の持続性、家畜飼育による環境への負荷、食肉の衛生問題といった観点から、それらを解決するものとして注目を浴びています。

衛生的であるし、環境負荷も少ない。そして、何より冒頭に言ったような食の安心・安全を考えるのなら、そして人口増加にともなう数々の諸問題を解決するために、これらのテクノロジーは推奨されるべきである……と、瞬時に100%全肯定できない、この噛み切れない思いはいったい何であろうか?

おいしいって何だろう?

皆がそうでなかったとしても、自分は確信をもって美味しいと感じるものがある。たとえば、私にとっては、祖母が毎年つくっていた思いっきり酸っぱい梅干し。子供の頃は、そのあまりの酸っぱさに、考えるだけで唾液は出まくるし、口に入れる度に奇声を上げていたけれど、それから約30年経った今でも、どうしてもあの味を探してしまう。

人は舌や鼻だけで、つまり五感だけで味をとらえているのだろうか? 脳が無意識レベルの身体感覚で察知するものがあるのではないだろうか? テクノロジーがつくる食を、頭ではなく無意識レベルで「安心」と思えるようになるだろうか? それは人間にとっては進化なのだろうか?

今、私にできること

いろいろ書いてしまった。世界の食料生産量の3分の1にあたる約13億トンの食料が毎年廃棄されていると言われている。まず、自分ができることは、「必要なものを必要なだけ」という意識かな、と思っている。



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