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錦糸卵という呪縛

「違う仕事がしたい」。地方公務員の友達は言った。

正月休みをとっているはずなのに、なんだかとても疲れていた。「中年の危機ってやつなのかな。私たち、なんだかいろいろな事に飽きてくる頃だよね。仕事、飽きちゃったの?」と聞いてみると、「う〜ん、なんだか、毎日余裕がない。ずっとこの生活が続くかと思うと、考えただけで疲れてしまう」と彼女は言った。

そこから彼女が話すままに日常のタイムスケジュールを聞いてみた。そして判明。彼女を苦しめていたのは、食べ盛り(運動部所属の中学生と高校生)の男の子2人のお弁当づくりだった。

「仕事を変えたい」とまで彼女に言わせた原因は、毎日のお弁当づくりだった。

「週に何日かはお金を渡してお弁当を買ってもらったら?」「冷凍食品で良い物が今はたくさんあるんでしょ?」など、彼女がお弁当づくりから解放されるであろう案を出してみたけれど、「つくるのが嫌いなわけじゃないから」「寒いから温かいものが食べたいと思うから」とポツリ。「そうか、今はスープジャーを中心に保温弁当箱なるものがあるものね……」と私。そういえば、彼女は昔から私の何十倍も家事全般が得意だったよな、というようなことを思い出す。

私は、さらに、いつかの「錦糸卵の呪縛」を思い出す。

柑橘の皮やハード系のチーズはもちろん、ショコラショーをつくるときのチョコレートまで、なんでも細かくおろすことができるグレーターの実力を料理研究家さんに教えてもらい大興奮したことがあった。中でも、茹で卵が、まるで黄色い粉雪のように細かく、しかもフワフワッにおろせるデモンストレーションを見て、「すごーい」と感動した逸品。

その時、横にいたスタッフが「これがあれば、ひな祭りのちらし寿司の錦糸卵をつくらなくても済む」と大興奮。それは確か2月の中旬頃だったと思うのだが、彼女は3月に迎える娘の友達を呼ぶホームパーティを想像し、思わず口からその言葉が出たらしい。「このグレーターさえあれば、錦糸卵をつくらずに、卵が散らせます! 錦糸卵つくるのって面倒くさいし、本当に苦手で気が重かった」と心底喜んでいる。

「そんなの止めればいいじゃない」とまわりから見れば簡単に思えることでも、本人たちにとってはそうもいかないことがある。きっと私にだって、人から見ればそう思えることがたくさんあるのだろう。

呪縛から解き放たれる前には、まず、呪縛に気がつかなくてはいけない。日常に数多溢れる自分の当たり前が当たり前じゃないと気がつくことは、その当たり前から解放されることよりずっと難しいことのようにも思う。

※グレーターはビクトリノックスのもの。

今日の一冊




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