見出し画像

私と書道のはなし ⑨

❋ばらかもんを見ながら習字や書道の話しをつらつらと書いていこうというnote

9話目の終盤は『先生』と呼ばれることの是非について。
個展の準備をしている書家の方にキョー和で買ってきた頼まれものを渡しにきた清舟クンとなる。その書家さんは「先生」と呼ばれることに抵抗があるらしい。が、清舟クンとなるの様子を見て「半田さんは一人でいる時は半田さんなのに、子どもといる時は半田先生って呼びたくなりますね」と言った。それに対して清舟クンは「そのほうがしっくりきますね」と返す。人に何かを教える人=先生ならば、島で子どもたちに習字を教えていた清舟クンは立派な先生だ。生徒であるなるに「先生」と呼ばれてもなんら抵抗はないのだろう。
「そういえば、東京では誰からも先生と呼ばれないなぁ」と清舟クンは言っていたが、東京には生徒はいないからね。生徒あっての先生なのだ。
ただ、お父さんである半田清明クラスの書家は教える教えないには関係なく「先生」と呼ばれる。個人レベルでの「先生」と社会レベルでの「先生」は明らかに違うのだ。そして清舟クンはどうやら前者の「先生」を選びそうな流れに。
なるのシャツに墨で書いた文字は、書道の雅号である「清舟」ではなく、本名の「清」であったからだ。
「俺、書道家やめます……俺は俺の道を決めました」

俺の道?
やっぱり島に戻って習字の先生になるのか?!

今夜の放送が楽しみだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?