愚痴ること
いろんな気持ちを吐き出せる場所。そんな場所が私には必要だなと思います。それがこのnoteであり、Xであり。だけど ただやみくもに書いてもいいとは思ってなくて、自分なりの基準もって書いています。そんなことを今回は書いてみようと思います。
愚痴
たまには愚痴を言いたい時があります。アパルトマンの大家さんに不当に家賃を値上げされそうになった時など。こういう時は吐き出したいのと、フランスではこんなこともあるよと言いたい気持ちと。ちゃんと外国人だからってナメられないよう抗議したよという気持ちと。
せっかく投稿を見てくれた人が「見たよ」って伝えやすいように(いいね、しやすいように)、最後を前向きに締めくくるようにはしたいなと思っています。
弱音
これもまた、吐き出すことが大事だと思っていいます。自分でも言いたいし、他の人が弱音を吐き出してるのも「見たよ」って伝えたい。「安心してこの場に書いてね」という気持ちで。時々、心が痛んでいいねするのに躊躇するような投稿もあるけれど、私としては「見たよ」って気持ちでいいねしてます。
眉をひそめる攻撃的な言葉
これは私の最も見たくない投稿かなぁ。誹謗中傷はこれに当たりますね。個人を攻撃する言葉。例えば芸能人が他の芸能人を悪く言うような投稿。たまにタイムラインに出てきてつい目に入って見ちゃったりするのです。その時はあまり自分に影響はなくても、後から思い出して嫌な気持ちになったり、一日そのことが頭に回ってしまったりして、「あー見なきゃよかった」と思うことがあります。
その時に見ない判断をできずに、後々思いもよらず頭に残るから対処が厄介です。
うなづける攻撃的な言葉
同じ攻撃的な言葉でも、受け入れられるものがあります。それは強くて大きな対象に向けての言葉。国の政策や政治家、公人、企業などに向けてのものでしょか。不誠実ではあってはならない程度が大きいから。例えば現状の政治には常に厳しい目を向けて 市民の生活をよくする動きは大切だと思っています。
「強くて大きな対象」と書いたのは、不誠実なことに対して反論するにはまずは個人的に直接言うのがいいと思うから。自分自身に対して起こったことなら、まず直接言うのがいいかな。相手個人の背景に社会を揺るがすようなことがあれば、表立って批判を向けることも必要かなと思います。例えば松本人志さんに対して、のような場合。
大きな相手に立ち向かっていくような鋭い言葉はいい思います。
反省を踏まえて
SNSが自分の生活に定着して、最初は使い方も不慣れで今振り返るとああすれば良かったな、とか。今だとあんな投稿しないなと思えるようなものがあります。どう表現するかどんな表現はしないか、などスタンスはそうは変わらないものの、細かい部分で修正してきた感。
大切にしていることは、拒絶しないことかなぁ。一見受け入れ難い相手でも、何かお互いにふれ合って化学変化が起きるかもしれないし、シャットアウトしてしまわない。何か実害が起きそうだとか、危険を感じない限りは風通しをよくしておきたいなと。
あとは自分の気持ちの内側では、攻撃というほどでもないけれど、不誠実な企業のことを言いたい時。そんな時もあるけれど それでも私としては叩くことをしたい訳ではないな。表現したいことは逆にいい取り組みをしている企業のことを伝えることかなと思っています。
今後も言葉で表現することは続けて行くからSNSを使い続ける生活の中で。時に自分が間違えたとしても、誰かの表現に違和感があっても、お互いに軌道修正して最適な使い方をしていければいいなと思います。
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文字数メモ : 1496字
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