見出し画像

至福のヴァシュラン

私がフランスでの生活を始めたのは1998年だが、初めてのフランス旅行はその前に一ヶ月かけてパリからリヨン経由で南仏まで行き、その後トゥールーズ、ボルドーを通ってズーッと電車を利用してまた最後はパリに戻るというものであった。一つの町に最長2.3泊だし、お金もかかったと思うのだが、それまでに音楽講師として働いて貯めたお金をすべて使い果し、宿泊代もパリ以外は安く抑えた。

旅行の目的はと言うと、何か特にこれが見たいとか言うのではなく、フランスを少しでも良く知りたい、日本には無いものに触れたいといったところで、まだフランス人や文化についてもっと詳しく深く知りたいといったハイレヴェルのものではなかった。その頃フレンチのレストランで働いていて、その影響は大きかったと思うが、そういえば当時名の知れたソムリエにその話しをしたところ、「自分だったら出発前にしっかり細かいところまで調べて、それに関連したところだけに絞って行く。」と言う意見をもらった。彼は正しい。後頭部をトンカチで叩かれたような気がした。

しかしながら、私が同じ様にしたらいったい実現するまでに何年かかるのかと言う疑問が私を後押しし、この無謀かもしれない、また無駄かもしれない一人旅を決定させたのであった。フランスへの憧れは働いたレストランのシェフの影響であった。もともとシェフのように (料理人に自分がなれるだろうとはさすがに考えもしなかったが)なりたいと思ったからだ。私のフランス旅行が誰の役に立つのかと、勿論何度も考えたけれど、一人前にフード関係で自分にしかないもの、知識や経験を身につけたいと思った。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

パリに到着してからサン・ジェルマン・デ・プレのホテルに一泊、そこでスーツケースを預かってもらい、早速ストラスブールに向かった。まだ当時は電車でパリから4時間以上かかったので到着したのは午後。ホテルにチェックインして町散策開始。翌日 ケゼルスベールまでバスでいくつもりだったので乗り場チェックや時間の確認をして、観光局で情報収集してからさらに時間があったのでノートルダム大聖堂見学。天気が良かったので広場のカフェでビールを飲んだ。日本ではワインを飲む事が多かったので、ここでのビールは余計新鮮に感じられた。

その後夕食は行き当たりバッタリ、ガイドブックには載っていない普通のレストランの入口メニューを見て決めた。シュークルトはさすがに食べきれないと思って諦めた。タルトフランベ(大好物であり、今でもランチはピカールという冷凍食品専門店でミニサイズ2枚入をよく調達する位に)と、ワインは  ピノ・グリをチョイスした。やっぱり美味しく感じる、いや、美味しいのだ。ワインはグラスで頼んだのですぐなくなった。やはりゲヴュルツトラミネールを飲みたいではないか。薔薇やライチの香りが日本で飲む時より華やかな気がして、しかも抜栓してから丁度いいタイミングでサーヴィスされたみたいで、香りの開き具合いが半端でなく、もう少し時間をかけて楽しみたい気分に。でもチーズという雰囲気でもないので別腹ということで何かデザートでもとひらめいて、カルト(メニュー)をみせてもらった。

画像3

デザートはフルーツのタルトが多い中、気になったのが <ヴァシュラン>。名前は聞いたことがあったけれど、やはりフランスで食べるのは何か意味があるかもと、興味深々状態が爆発しそうであった。一応サーヴィス担当の男性にどんなものか確認したが、「メレンゲにラズベリーとパッションフルーツのシャーベット、その上にクレーム・シャンティ(ホイップクリーム)と赤い実ミックスのソースをかけたものですよ。」と説明してくれた。思った通り、もう迷いはない。

画像4

その時はこれがアルザス地方のスペシャリティのデザートかと思っていたが、のちにリヨンのスペシャリティ説を聞いた。調べてみたところ、ヴァシュランという、とくにヴァシュラン・モン・ドールという内側がトロンともったりしていて、スプーンてすくって食べるような美味しい牛のチーズがあるのだが、そもそも色や形がそのチーズのヴァシュランに似ているところから名付けられたそうで、元々は スイスのメレンゲケーキから始まって、ドイツからフランスのナンシー経由でリヨンに到着してスペシャリティとなったとか、ところが私は1998年に6ヶ月間リヨン滞在していたのにもかかわらず、一度もお目にかかる機会がなかったのが不思議。あまり納得がいかない。

画像2

が、後に私の大尊敬するポール・ボキューズの  <ル・ノール>というブラッスリー(レストランのようなもので、元々はビールを飲みながら気楽に食事が出来るようなところを意味していたが、最近ではこれらの差はあまりなさそうだ) でヴァシュランと偶然出会えたのはラッキーであった。何せこの <ブラッスリー ル・ノール>はその辺のレストランよりよっぽどゴージャスで落ち着いた雰囲気、客層もそれなりに、年齢層も高め。予約も取っておかないと確実に席があるかわからないといったところ。ボキューズのヴァシュランは見た目も味も、あのストラスブールのレストランのと似ている。メレンゲのサクッとした感じとシャーベットのフレッシュな酸味、クレーム・シャンティの甘みとフワッとした感触、そしてフルーツソースが全体を引き締める。シンプルなのにバランスの取れ方が何とも言えず、私のフランスでの皿盛りデザートのナンバー3の内に堂々と入る。

ところで話しは少々戻るが、ポール・ボキューズについて、私には特別の想い入れがある。

画像1

1998年、フランスに無事到着したものの、知り合いは一人もいなかったし、そもそもリヨンでワイナリー訪問でもと言うと一番近くはボジョレーが良いと勧められた。ボジョレーも良いけれど車がないと行きにくかったのと、個人的にコート・ロティが好きだったのでバスと歩きでそちら方面にはよく行った。それにしても何か物足りなく、考えた挙げ句閃いたのが、そうだ、リヨンならマルシェがあるということ。川沿いの大規模のマルシェや、現在ではポール・ボキューズマルシェという、その場で見ているだけでも楽しいマルシェもあるではないか。リヨン料理をつくってみよう。そこで本屋で見つけたのが、写真の本。全部フランス語だから語学の勉強にもなるし、写真もなし、カラーは表紙だけというので、実際に自分がレシピ通りにやっているのか不確かである。当時、友人を招いて料理の腕前を振るう機会は結構あったが、大抵は日本人か、和食に興味のある他の国からの留学生だったので、どうしても寿司っぽいものとか唐揚げとかになってしまうのであった。しかしながら、ボキューズのレシピはシンプルで、材料は特に日本では、手に入り難いものが多かったので様子を伺っては和食と合わせて友人達に味見してもらった。私の料理の先生があの偉大なるお方なんて…、と思うけれど書いてある通りにやってみると要するに誰でも上手く出来てしまうってことかな。

残念ながらボキューズの本の中にはヴァシュランは載っていなかったのだが、何故ならあまりにもつくるのが簡単、というか簡単に済ませようと思えばそれなりに出来てしまうのであった。

また、ヴァシュランによく似たデザートで、パヴロヴァというのもあるが、これはアイスクリームやシャーベットを使わずに、メレンゲにフルーツや、クリームをたっぷりあわせたものである。名前はロシアのバレエダンサーのアンナ・パヴロヴァから来たそうだ。料理、菓子のネーミングって適当な気もするが、それも楽しみのうちかなと思う。名前を口から発するだけで、まずは気分が明るくなるし。ヴァシュランとパヴロヴァ、どちらもメレンゲのサックリ感が決め手だが、組み合わせのフルーツなどの材料次第ですべて変わってくる。色々試してみる喜びも大事だし。

美味しくて、しかも作るのが簡単で、また予め準備しておけるのだったらお客様を招いての機会にデザートとしてもって来いだと思うけれど、ここで重要なのは視覚的にも味的にもプレゼンテーションのセンスである。ヴァシュランが誕生したのは19世紀らしいが、ここで21世紀のシェフのアイディアを見て学んでみよう。

クリストフ・ミシャラクという人気のシェフ・パティシエがヴァシュランのアレンジスタイルをいくつか発表している。その名も <ヴァシュラン・ミニュット>、写真が掲載出来なくて残念だが、私のオススメは <ヴェリーヌ>という、硝子のコップなどの脚の無い器に入れて料理やデザートをサーヴィスするスタイル。中身がくずれなくて横から層か綺麗に見えるので食欲が更に湧く。

ここではまず、

①器の一番下はココナッツのシャーベット    ②その上にパッションフルーツのシャーベット  ③その上にパイナップルをローストしてつくったコンポートに青林檎の細かく切ったものを散らしたもの                      ④その上に大粒に砕いたメレンゲの層      ⑤その上にクレーム・シャンティ        ⑥最後に余った林檎やパイナップルの葉などを使ってオリジナルなデコレーション。

ユニークなのはクレーム・シャンティで、生クリームにマスカルポーネやラム酒、カソナード(ブラウンシュガー)、ヴァニラ・ビーンズを加えて、泡立ててつくるところ。仕上がりのイメージと味は想像していただきたいが、これは美味しくて、大好評に決まっている。

こんな感じでトロピカルなヴァシュランも良いのではないかと思う。私個人的には甘いメレンゲやクレーム・シャンティには酸味のきいたフルーツが合うと思うので今度自分がお客様を自宅に招くなら、このミシャラクのレシピいただき!とたくらんでいる。メレンゲをつくると卵黄が余るので、その際はやはりフランスはボルドー名物のカヌレをつくり、(これもオーヴンと、出来ればミニサイズの型さえあれば簡単に出来てしまう)ヴァシュランの後にコーヒーと一緒に出せばデザート部門は完璧なフレンチスタイルのおもてなしとなる。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

また、本場でヴァシュランを食べたかったら、リヨンまで行っても良いが、パリのルーヴル美術館すぐ近くのオテル・ドュ・ルーヴルのブラッスリー・ボキューズでもヴァシュランはお試しいただけるはずなので是非!





この記事が参加している募集

#至福のスイーツ

16,244件

よろしければサポートお願いします。これからもフランスの魅力を皆様に伝え続けて行きたいです!